第3話


 待ち合わせ場所から移動し――近くのドームへ向かった。

 中に入ると、当然ながら広々とした空間で、スーパーバスケット――試合中の観戦ができるようになっている(まるで野球場だった……あ、あれもドームか)。


 一応、補足しておくと、ドームに入る時に観戦したい試合を選ぶことで、ドームの中身が切り替わる仕組みだ。

 じゃないと、同時にやっている試合の数と同じドーム数を準備する必要があるし(と言ってもゲーム世界だし作れるとは思うけど)。

 敷地を増やすことを考えたら、ひとつのドームの中身を切り替える方が楽だ。だよね? 作ってる側の苦労はさすがに分からないけど。


 試合を観戦する。

 座席の一番前へ。人は多いけど、満席ではなかった。

 だから前で立っていても人の邪魔にはならない。


「え、ゴールリングがたくさんあるんだね……」

「しかも動いてるよ」


 壁と壁を跳ねまわるひとつのボールを奪い合い、まるで魔法使いが喧嘩しているみたいに炎や雷、土でできたゴーレムがコートの中で暴れている。

 もちろん、魔法は観客には届かない。直前で透明なバリアに弾かれていた。

 まさに今、目の前に飛んできた雷が、ばしゅッ、とバリアに弾かれていた。


「なにこれ……っ、もうバスケじゃないじゃん!!」


「でもバスケだよ。ボールをゴールリングに通すの。すると、新しいボールが勢いよく射出されて……、三百六十度、全方位がコートになる。

 ボールが外に出ることもなくて、なんでもあり。ほら見て……プレイヤーのHPバーが0になれば途中離脱、それから復活までは時間がかかるの」


 五対五のはずなのに数人少ないのはスキルカード……、いま見えている魔法によって、だろうね。激しく魔法が飛び交えば、当たらない方が難しい。


「……超能力バスケね……っ」


「あ、そっち? 魔法っぽいと思ったけど……ともかく、これが新時代のスーパーバスケットだよ。ね? バスケ経験者とか関係ないでしょ? 逆に、経験があるからこそ足を引っ張ることもある。スキルを使うべきところで普通にドリブルしたら、盾を出すのが遅れるし……、現実のバスケのことは一旦忘れた方がいいと思うよ」


「バスケの要素ってゴールリングぐらいじゃないの?」


 ボールのデザインも違うから、まあ確かに……。

 雑談をしていると、あと数分で試合が終わるところだったらしい。


 ビーーッッ、とブザーが鳴り、試合終了。

 選手プレイヤーたちが控室に戻っていった。


 どうやら、次の試合までは数十分の空き時間があるみたいだ。

 今なら、コートに入るのは自由。練習をするのも、交流をするのもプレイヤー次第だ。


「いこ、万里奈」

「え、ちょっと待って初心者が勝手に入っていい、っ!?」


 観客席から万里奈を連れて飛び降りる。

 バリアは魔法を弾くだけで、人体を弾くわけではない。まあ試合中は人体も通れなくなるだろうけど、今は自由時間だ。実際、あたしと万里奈はすり抜けることができた。


 ゲーム世界だからできること。

 たぶん四階くらい? の高さから飛び降りても、足に痛みはなかった。

 ただ、次に動けるまでの硬直時間はあったけどね。


 コートを使っていた男子たちがあたしを見た。

 複数のチームが、あたしという美人に目を引かれたんだろうねっ。


「なに言ってんのばか」


 ぱす、と後頭部が叩かれた。

 服装はぴったりコスチュームで、露出の少ないキャバ嬢である。……変な感じ。万里奈はむすっとしながら……、えっと、高い所、苦手だった? それはごめんだけど……。


 それは後で謝るとして……今は、とりあえずかましておく必要がある。

 コートにいる男子、全員に聞こえるように。



「――ねえ、一番強いの、だれ?」



「ちょっと舞夏!?」


 あたしを羽交い絞めにする万里奈を肘で小突きながら――

 すると、ダムッ、という強いバウンド音を響かせ、ひとりの男子が近づいてきた。


「珍しく活きのいいガキだな。男女無関係の競技とは言え、男だらけのこの場にきて挑発するかよ。……って、初心者じゃねえか。あー、萎えたぜ。痛い目を見る前に帰れ。ゲーム世界とは言え、女に泣かれるとこっちも迷惑なんだよ」


 負けたら泣くと思われてるらしい。

 ごめんね、あたし、そこまで入れ込んでるわけじゃないんだ。


「いいよ、あたし、負けにきたんだから。だから遠慮なくやっちゃってよ――試合しよう。ワンオンワンでもいいからさ!」

「……負けにきた? なんだそれ。負けを知りてぇ天才さまってことかよ!!」


 ――天才。

 その言葉に反応してしまう。

 あたしは天才じゃないよ……でも、ずっと間近で見続けてきたんだから、よく知ってる。


 兄貴は負けを知らなかった。

 そんな兄貴でも負けは怖いって言っていた。負けたくないって――ずっと。

 兄貴は、ずっと挑戦者だった。

 どれだけ才能を認められても、兄貴は自分の強さで、驕ったりはしなかったっ!


 負けを知りたい天才? そんなの、天才じゃないし。


「ねえ、のらりくらりと躱してないで早くやろうよ。それとも、あたしに負けるかもしれないからって、びびってる?」


 月並みの挑発だ。

 乗らないこともできただろうけど、男の子は、やっぱり乗っちゃうでしょ?

 しかも女子から言われたら、乗らないのは男じゃない。


 ――彼は乗ってくれた。


 金髪アバターの、年上のお兄さんが、苛立ちを隠さずに言った。


「いいぜ。そのなめた口をぶっ潰してやる」


 うん。

 あたしは、負けにきたんだから。



「…………」

「ほら、負かしてやったぞ、負けた感想はどうだよ」


 雷句(らいく)せんぱい――と、そう呼ばせてもらおう。


 スーパーバスケットを熟知した戦術は、あたしが目指すべき場所だった。

 理想だった。

 この人の、全てが欲しかった。



「雷句せんぱい! あたしに、スーパーバスケットの全てを教えてください!! 強くなりたいんです……! どうしても!!」


 あぁ? と呆気に取られたせんぱいは、すぐにあたしの意図に気づいたらしい。

 あの挑発も、試合も、全てはこのためだったのだと――そりゃ分かるよね。


「お前なぁ……最初から――――チッ、師匠探しのためかよ。まんまとはまっちまったわけだ。……嫌だよ、めんどくせえ」

「お願いします!!」


「あのな、弟子は取らねえ主義だ。周りを見ろ、コイツらだってオレに教えてほしいと言ってやってきたんだ……。だが取ってねえ。結果、チームに入れることで解決してる。お前だけを特別にはできねえよ――ただし」


 土下座しかけたあたしの手を取ったせんぱい。

 本気で嫌そうな顔をしたので、あたしはすぐに真っ直ぐ立つ。


「……チームには入れてやる。あとは……技術は自分で盗め。強くなりてぇなら、ひたすら戦うことだ――それ以外に教えることはなにもねえよ」


「戦う……、雷句師匠と?」


「オレじゃね……、いや、いいか。オレだけと、じゃねえぞ? チーム内にたくさんいんだろ。盗みたい技術を持ったヤツを探して勝負を挑んでみろ。人から教えてもらうだけじゃ進歩はしねえ。……分かったか? 土下座なんかすんな。んなもん、見たくねえ」


「……はいっ。よろしくお願いします、師匠!!」




 ――そして、あたしは雷句師匠の、チームメイトになった。





 … つづく

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