第3話

 昨日の内に発表された新元号は、私の知っている「平成」ではなかった。「修文」は確か、新元号の候補として平成と共に挙げられたうちの一つだったはずだ。

 昨晩確かめた教科書の中身は、私の知っているものと特に違いはないようだった。植物に必要なのは水と温度と栄養、速さを求めるには道のりを時間で割ればよく、『右』の書き順ははらいが最初だ。平城京の次は平安京、関が原の戦いは東軍の勝ち。鎌倉幕府を開いたのも一一九二年のまま、後年の修正は反映されていなかった。ネット環境のない時代ではこれが限界だが、つまり新元号発表までは、小学校の教科書で確認できるような大異変は起きていなかったのだ。

 おそらくは、知っている私が口にしたから逸れたのだろう。なぜそんな変化が生じたのか、力学的な理屈は分からない。聖書的に言えば偽予言者化を防ぐ力が働くのか。どちらにしろ、歴史の大改変を望まないのであれば口に出さない方がいい事柄がある、と弁えるには十分な出来事だった。十分過ぎて、二日ほど寝込むことになった。十二歳の器には受け止め切れない衝撃だったのだろう。

 心と体は密接に繋がり作用しあう。脆さを補いつつうまく舵を取らなければ、目的を達成する前に潰れてしまう。思春期の私はけんかも反抗期もない良い子だったが、内実を知る身からすれば決してそうではなかった。自分に非があると分かっていても「ムカつくから走ってくる」と家を飛び出せる千顕の方がよほど健全だ。

 走り始めたのはいつ頃だったか、言葉の通じない頃は一時も目を離せなくて苦労した。幼稚園でも走る遊びが大好きで、休日の行き先はほぼ運動公園だった。動き足りない日に寝ぐずりするのを見た夫が、早朝ランニングを提案したのは年長の頃だ。以来、朝の習慣としてずっと続いていた。もう速さも持久力も逆転して、夫の方が膝に負担のない走り方を教えられる立場になっていた。夢は箱根で、既に幾つかの高校からスカウトの声が掛かり始めていた。あんな事件が起きなければ、順調に夢を叶えていただろう。

 午睡の余韻を断ち切り、体を起こす。傍らで赤々とストーブは燃え、やかんは音を立てながら湯気を噴き出していた。一つ伸びをして欠伸を散らす。そのまま後ろへやった腕は痛みもなく回転して元に戻った。端々に残っていた怠さも抜けた様子で、重さはない。涙の残る目尻を拭い、ベッドから出てトイレへ向かった。

 これ以上つらい思いをさせずに済んだ、とは親のエゴで、本人はそれでも走りたかったかもしれない。華々しい活躍はできなくても夫と二人、息をひそめながらでも走っていたかったかもしれない。これは実態のない無理心中のようなものだ。私は、私以外の記憶や記録から、千顕を消してしまったのだ。子供を殺し、親を殺す。私に救いはいらない。

 使用を許された客用トイレを出て、廊下を戻る。雪深い中庭にちらりと動く影が見えて足を止めた。ああ、そうだ。ガラス戸を開けて声を掛けると、山茶花の陰から駆け出した塊はためらいなく廊下へ飛び込む。戸を閉じ振り向いた先で、ミケは一心不乱に毛づくろいを始めていた。三毛猫だからミケと、まあ分かりやすい名だ。もう五、六年の付き合いだが、それほど老いたようにも見えない。ミケも私と同じくどこで産まれたのか、正確な年齢も分からないノラ猫だ。いつもこうして気の向いた時に現れ、知らないうちに出て行く。暖かい場所で過ごせればいいようで、特に誰に懐くわけでもない。ミケ、と呼ぶと目を細めたまま擡げた顔がふてぶてしい。八割れとの雑種なのか、右が黒、左が茶色と綺麗に分かれた色が暖簾のように垂れているのが特徴だ。うち以外にもあちこちの家を転々としているのだろう、冬毛の流れは色艶よく体はそれなりに肥えて顔も綺麗だった。

 以前、どこかから着けてきた既製の首輪を祖母が嫌って捨てたことがある。代わりに象牙に真珠を埋め込んだ帯留めを結んだが、当然のように次に来た時は着けていなかった。

 ひとまずの毛づくろいを終えたミケはおもむろに起き上がり、居間へ向かう。ここからなら私の部屋の方が近いが、気分ではないのだろう。悠然と行く後ろ姿を見送って、部屋に戻った。


 世の中の流れには極力触れないとしても、触れなければ変えられない流れもある。決心を祖父に告げたのは、その夜だった。本当は学校生活を含めた周囲の環境をもっと探ってからにしたかったが、受験は刻一刻と近づいている。明日には新幹線と旅館の予約をされてしまう状況に、話すことを選んだ。

 校区中への進学を希望した私に、祖父は驚いた表情を浮かべる。

「おじいちゃんが私のために、お父さんに関わらんで済むように遠くへやろうとしとるのは分かっとる。でもこの先もずっとそうやって過ごすのがいいとは、どうしても思えんようになって」

 どの口が、と自嘲したくなるような言葉だった。

 一度目の人生は、私自身も積極的に距離を置く道を選んだ。父は私の人生に暗雲を落とす元凶であり、疫病神でしかなかった。友達との会話で「お父さん」が出る度に冷や汗が滲み、テレビで立派な父親が映る度に胸がざわついた。ささめきあう女子の群れを見ると、父のことがばれたのではと疑心暗鬼で震え上がった。恋をしても、知られるのが恐ろしくて深入りできなかった。就職試験は殆どが最終面接で落とされ、一つだけ得た内定も突然取り消しになった。氷河期の時勢を加味しても、不自然な落ち方だった。

 恨みと無関心の間を行きつ戻りつ、生きていた。最後には疲れ果て、私の領域に足を踏み入れなければ、私の世界に迷惑を掛けなければいいと割り切るようになっていた。どんな風に死んでも殺されても、知らされないことを望んでいた。

「でもな、書子。こっちの学校に行ったら、しんどうなるのは目に見えとる。そばにずうとついて一個一個払ってやりたあても、そういうわけにはいかん。お前にだけは、『あれ』のせいでしんどい思いをさせたあないんじゃ」

 祖父は椅子をきちんと回して向き合い、私を諭す。行儀良くハの字に膝へ置かれた手は、手の甲より指が長かった。

 「あれ」と呼ぶことすら初めてかもしれない。祖父は昔から、父の存在を匂わすことすらしなかった。会わせるなど言語道断で、一瞬たりとも考えさせたくないのではと思うほどに徹底して私を父の気配から遠ざけてきた。片道一時間の運転をしてまで、私を隣県の私立小学校へ通わせ続けた人だ。平成ではそれで、「遠ざけたい祖父」と「遠ざかりたい私」でうまく噛み合っていた。でも噛み合ってはいけなかった。間違っていたのだ。

「私だってお父さんを止めたいんよ。もう悪いことはして欲しゅうない。ひどいことする前に、どうにかして止めさせんと」

 嘘と本音が混じる台詞は気持ちが悪いが、今はそんなことに構っている場合ではない。ここで挫折したら、父に関わるのが難しくなってしまう。

「そんな風に思うとったんか」

 切実さは伝わったらしい。祖父は視線を伏せ、深い溜め息をつく。小さく痛んだ胸をごまかすように頷いて、私も俯く。握り締めたスカートから、黒いタイツに包まれた細い脚が伸びていた。

「気持ちはよう分かった。ほんに優しい、ええ子になってくれたな」

 罪悪感を真正面から突かれて、思わず頭を横に振る。忘れていたわけではないが、祖父は碌に疑いもせず私を信じてしまう癖があった。嘘をついてもごまかしても、祖父にはそれが真実になってしまう。事業家として散々他人の腹を探ってきただろうに、私の腹はまるで探らなかった。父に対しても多分、そうだったのだろう。ただ育てられた私達の質の違いが、道を分けたのだ。

「ほんでも、それは親のわしらがせなならんことだ。子供が親を背負うようなことはせんでええ。書子には書子のせなならんことがある」

 祖父は私の頭を撫でながら穏やかな声で続ける。枯れた手が動く度、乾いた音がした。顔を上げると、眉尻も目尻も下げた慈しむような微笑が応える。何もかも、私のよく知る祖父だった。

「勉強なら、こっちの中学に行ってもちゃんとする」

「いや、勉強は二番や三番でええ。今はまだ色んなもんを見たり聞いたり読んだり、仲のええ友達と遊んだりして自分の裾野を広げる時期だ。色んなことを経験して吸収してな。でもここでは肩身の狭さが先に立って、そういうことが自由に、思うままにできん」

 祖父が何を思って私を遠隔地へやったのか、朧げには分かって感謝していたつもりだった。しかし初めて聞いた胸裏は、孝行できないまま見送った身には堪えるものだった。どうしてちゃんと、礼を言っておかなかったのか。

「でも、やっぱり行かれん。お父さんとも会わせて欲しい。私がそばにおったら、お父さんも変わるかもしれん。私がおるならちゃんとせんといけん、て思うかもしれん。だけえ、ここにおる。お願い、遠くにやらんといて」

 涙ぐんだのは、決して父を思ってのものではなかった。しかし芝居とは疑いもしない祖父は、純粋な訴えだと受け止めたのだろう。揺さぶられたのは明らかだった。ほんでも、と小さく返して黙り、弱り果てた様子で額をさすった。

 答えを待たず書斎を出たが、聞き届けられる自信はあった。祖父は最期まで私を叱れない、悪役になりきれない人だった。さっきだって一喝すれば引き下がったかもしれないのに、できなかった。

 祖父とのやり取りを報告するため、祖母を探す。同じように訴えれば、祖母はおそらくすぐ味方になって援護射撃をするだろう。祖母が祖父以上に父に甘かったのは、伯母に聞いて知っていた。伯母自身も一回り以上違う弟はかわいかったらしいが、一方で自分とはあまりに違う過保護ぶりに度々祖母と衝突していたらしい。父が犯罪者に転落したことで険悪になったのは、想像に難くない。

 伯母は、私より早く父のとばっちりで苦しんだ人だ。父が初犯で捕まった時、婚家から追い出されて最初の離婚をした。勤め先の上司と再婚して市内へ嫁いだのは三十を過ぎた頃だ。父のことを知らせた上での再婚だったが、私が中学の時に二度目の離婚をして戻って来た。理由は私だった。伯母は、祖父が私を養女にしていることや金を掛け過ぎることを常々責められていたらしい。要は、財産目当ての結婚だったのだ。お嬢さんはなんも知らんとほんにええご身分ですわねえ、と言いながら蚊帳を吊った美代の姿は、今も鮮明に思い出せた。

 私が歴史どおり向こうへ行かなければ、伯母も離婚せずに済むかもしれない。もっともそれを改善だと言うつもりはない。離婚が救いになる夫婦は少なからずいる。どちらの道が幸せなのかは、「人生のやり直し」でもしなければ分かりようはない。

 障子を引く前から嗅ぎ取れる濃密な沈香は、祖母の夜の愉しみだ。風呂上がりにこの香りの中で身繕いをするのが若い頃からの日課で、そのために集めた香炉は納戸で一財産を築いている。中でも特に気に入っているのは、象牙色の肌に細かな細工と金彩を施した沈寿官の虫籠だ。うっとりと愛でながら、私が死んでもこれだけは売らんといてね、と口癖のように繰り返していた。

 座敷の中では鏡台へ向かう祖母と、その襟足へ剃刀を当てている美代の姿があった。

「あらあ、まだお風呂に入っとらんの」

「入るけど、話がしたくて」

 控えめに切り出した私に祖母は首を傾けたまま、そうねえ、と手応えのない答えを返す。美代も気遣って剃刀を止める様子はなく、霜焼けで膨れた赤い指を器用に動かし続けた。

 美代の方が二つ三つ若いはずだが、そう見えないのも仕方ない。祖母は労働らしい労働をしたことがないのだ。吹き荒ぶ寒風の中を歩き続けたことも、冷たい井戸水で指先を凍らせたことも、豆ができるようなものを持ち運んだこともない。美代の持つ土っぽい逞しさやある種のふてぶてしさを、祖母からは微塵も感じ取れなかった。

「先にお風呂に入ってらっしゃい、待っとるから。それまでに終わるわね」

「どうしましょう、お口周りもちいとするつもりですけど」

「あら、ほんに。やあね、もうそんなことになってしもうたの」

「ちいとですよ、ほら、この辺」

 美代の差し出した手鏡に応え、祖母は口元を確かめるように映した。生まれも育ちも違うが、十代の頃から一緒に暮らしているせいか二人の会話は未だに女学生同士のようだ。

 祖母は身分差に頓着しない人で、まあそれは世間知らずに拠るものが大きかったが、結果として有鮒の体を保つのに大いに役立ってはいた。祖母にとって「人類皆平等」は綺麗事ではない。美代のように私に流れるもう一つの血を蔑まないのもそのせいだろう。

「なら、おじいちゃんに聞いて。おじいちゃんには言うてある」

「そう、じゃあそうするわ。ごめんなさいね」

 ようやくこちらを見た祖母は、申し訳なさそうに眉尻を下げて詫びる。片方へ寄せた髪はまだ豊かで、生え際まで綺麗に染めてあった。瓜実顔はまだつるりとして、色艶もいい。六十半ばにして衰えはほぼ見えず、強いて言えば目が少し落ち窪んでいるくらいだろう。ぱっと人目を惹くような華やかさはないが、楚々とした造作は育ちを物語っている。若い頃には、一目見ようと若い男が裏手から忍び込んで来たこともあったらしい。

 小さく頭を下げて座敷を退き、自室へ向かう。背後から聞こえた明るい笑い声に、暗澹としたものが胸に湧いた。この頃、確か父は三度目の罪で服役中だったはずだ。おそらくは覚醒剤での自滅だろうから、誰かを傷つけた罪ではない。それでも、かわいくて仕方ないはずの息子が法を犯して今も二度目の刑務所に入っているのだ。

 当たり前のように焚かれる沈香に、山一つ買えるかもしれない値段の香炉。翳りのない表情やくすむでもない顔色に、祖父に感じた痛苦は見て取れない。別に絶えず俯いて暮らせとは思わないが、というより、我が子が罪を犯せば自責の念で自ずと上げられなくなるものではないだろうか。私なら自分の育て方を悔いてどん底まで凹むだろうし、逃避のあまり出家を考えるかもしれない。子供と同級生のお母さん達を見掛けたら、見つかる前に隠れて逃げ出すだろう。鬱々と沈んで、夫に励まされてもカウンセリングを受けても前向きにはなれないかもしれない。

 ――あの人はね、理解できないのよ。上の上で他人と比べられたこともなく好きなように育ったから、劣等感や嫉妬が全部お芝居に見えるの。

 祖母とぶつかる度に、伯母はそんな愚痴を零した。確かにそうかもしれない。そしてそれは、祖父が死に美代が行方をくらまして独りになるまで続くのだ。認知症の発症は、祖母には救いだったのかもしれない。看取った伯母はどうだったのか、葬式で見せた表情から察するのは下世話だ。

 親子愛は美しいなどと、誰がほざいたのだろう。世の中には、切れない有刺鉄線で繋がれた親子が山のようにいる。戸籍を分けても苗字を変えても、他人のように暮らしていても、何かあれば芋づるのように引きずり出されて問い質される。同じ血が流れ遺伝子が受け継がれた、ただそれだけなのに、それだけが必要十分を満たしてしまうのだ。

 箪笥の引き出しから素っ気ない綿のショーツとキャミソールを取り出し、パジャマの間に挟んで風呂へ向かう。引き出しの端には一年以上前から来るべき日に備えてナプキンやショーツ、ブラが用意されていたが、使うようになるのは確か来年だ。自分から流れ出る夥しい血に救われないような気分になって、産まないと決めたのを覚えている。大人になっても揺がない自信はあったが念のため神に祈り、聖人にも祈った。あの聖人は誰だったか。忘れるくらいだから、届かなかったのかもしれない。

 夫は私の家も育ちも知っていたから、決意を受け入れてくれた。しかし手術には反対で、私はピルを経て避妊器具を入れた。避妊確率は九十九パーセントに近いと言われて安心していたのに、結婚後一年も経たない内に妊娠した。着床を告げられた時はただ恐ろしく、医師の説明を聞き取ることができなかった。返答の覚束ない私に代わり夫が適切な受け答えをして、うどんを食べて帰った。

 出産するにしてもしないにしても器具を入れている以上なんらかの処置をせねばならず、しかし人生最大の問題なのに決断までの猶予は短かった。産まない、持たないと決めていたはずなのに、どうしようもなく惑った。自分の中に産みたい気持ちが湧いたのが許せず、手術に反対した夫を泣き喚きながら詰りもした。

 話し合いを繰り返しても出せない答えに疲れ果てた日、全てを諦めたくなってマンションの屋上を目指した。しかし屋上へは最上階のスカイラウンジを通る必要があり、その途中にはキッズスペースがあった。その日は久し振りに天気も良く、春を感じさせる陽光が遊ぶ幼い子供達を照らしていた。肉づきの良い小さな手や茶色く透けて輝く柔らかそうな髪に、どうしても諦められなくなった。

 産むのもエゴだが、消すのはもっとエゴだ。それでも、同じ道は選ばない。

 三つ編みを解きブラウスを脱ぐ。粟立った肌を撫でながら、沁みた洟を啜った。

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