第2話

 がくりと落ちた頭に気づいて目を覚ます。いつの間に眠ったのか、欠伸を噛み殺しつつ重い瞼の縁を拭った。つんと沁みた鼻が不意に懐かしい臭いを嗅ぎ取って、振り向く。そこに、石油ストーブがあった。薄青で円筒形で下の方が膨らんでいる、私の部屋にあったのと同じストーブだ。ストーブだけではない、和布団を載せただけのベッドも、襖の柄もまるで同じだ。慌てて向き直った前には問題集と鉛筆、消しゴム。傍らには昔使っていたキャラクター柄の缶ペンケースが置かれていた。正面に整然と並ぶ参考書の背には『中学受験対策』とある。その瞬間、喉が干上がるように乾いた。

 しばらくの空白のあと唾を飲み、ゆっくりと視線を落とす。開かれた問題集の上で中途半端な拳を作る両手は、私の知る「今」の大きさではなかった。親指の爪はラウンドでもスクエアオフでもなく、長さも艶もない。短く整えられた、素っ気ない爪だ。大きさもまるで違う。おもむろに開いた手の左には、見覚えのある指輪が握られていた。十五年前からさっきまで、確かに嵌めていたはずの指輪だった。

 ということは、なんだ。だとしたら、今は、今の私は。

 勢いよく引いた引き出しには、まだ新しい手鏡が入っていた。修学旅行先の京都で買った、友禅ちりめんのカバー付きのものだ。仲の良い友達二人と同じものを買って、それで。

 目眩に視界が揺れ、頭の位置も定まらず覚束ない。噴き出す汗を拭う手も早鐘を打つ胸を押さえる手も、私が私でないことばかり伝えてくる。振り払った手に触れたおさげを見た途端、吐き気が湧く。手遅れになる前に腰を上げた。

 私のいた部屋は記憶にあるとおり、右棟の一番奥にある八畳の座敷だった。トイレへ行くにはまず廻り縁に沿って曲がり、次に居間と仏間の間を抜けて玄関脇へと進む。玄関の隣には客間と新しい水洗トイレがあるが日中は客専用で、家族は夜間しか使えない。だから私も更に奥へ進み、女中部屋を右手に土間へ下りて雪下駄を履く。

 格子窓の際に並ぶ竈は四つ、私が中学の頃までは餅つきや祭りの時には全て稼働していた。実際にはいつから斜陽を迎えていたのか、祖父は一切口にしなかった。まだ向かう背がないところを見ると、三時くらいだろうか。雪明かりのせいでよく分からない。

 ソックスの爪先に鼻緒をねじ込み、勝手口の木戸を引く。途端に吹き込む寒風に思わず首を竦めた。そう言えば、半纏もジャンパーも着ていない。プリーツスカートから伸びた棒きれのような脚は、タイツすら履いていなかった。

 雪を掻かれた道にはまた薄く雪が積もっている。下駄の跡も幾つか、誰のものかは分からない。堆く積まれた雪の更に奥を見やれば、雪を纏う木々の連なりが山の上まで続いている。そこもその隣も奥も向こうも、この辺りの山林は全て我が家のものだ。

 外のトイレは二つ、簡易水洗にリフォームをする前は全てボットン便所だった。蓋を開けた奥に広がる暗闇は子供心に恐ろしかった。田舎の代名詞のようで恥ずかしくもあって、友達には黙っていた。ばれなかったのはここが遠く、誰一人として遊びに来たことがなかったからだ。

 腕をさすりながら冷えた便座へ腰を下ろし、用を足す。吐き気は既に収まっていたが、胃もたれのような感覚はまだちゃんとあった。それだけではない。色褪せた雪下駄の爪先も肌を刺すような寒さも、頼りない木戸を叩く風の音も沁みついたアンモニア臭も、どれも確かに感じ取れるものばかりだ。夢にしてはあまりに鮮明で、正確過ぎる。黒ずくめの男が突然追い掛けてきたり、座敷を抜けたら教室だったりもしなかった。

 じゃあこれは、なんなのだろう。私に何が起こったのか。ここにいない夫や息子は、父の事件はどうなったのか。

 思い出してスカートのポケットをまさぐり、指輪を取り出す。少し翳すようにして確かめた裏には、未来に転じたらしい日付と二人のイニシャルが刻まれていた。

 間違っていたと何度も思ったから、過ちを悔いたから戻されたのだろうか。今度は間違えないように、間違いが起きる前に糺すように。これが恩寵なのか、信じたこともない存在に触れる日が来るとは思わなかった。それでも私はまだ頭を垂れ、素直に名前を呟けるほど虚心にはなれない。改心も感謝も、まだ先のことだ。すっかり冷えた銀が、指先で鈍く照った。

 指輪を戻して腰を上げ、野暮ったい綿のショーツを引き上げる。小枝のような指も肉の薄い太腿も懐かしいが、今は娘を見るような心地でもある。この私は「人生を巻き戻して辿り着いた私」なのか「この時代の私を乗っ取った私」なのか、あっちの私は消えたのか、「私ではない私」が成り代わっているのか、疑問は際限なく浮かぶ。恩寵も受け入れ難いが、科学にはもっと疎い。

 まずするべきことは、今がいつなのかを正しく把握すること。そして、私の記憶との差異を探すことだ。

 トイレを出て、吹き荒ぶ雪混じりの寒風に身を小さくしながら来た道を戻る。門の方を見ると、蔵前の置き場に動く人影があった。足を止めて目を細めるが、顔までは判別できない。おそらく下男の吾郎ごろうか誰かが雪掻きをしているのだろう。冬場の仕事だ。昔は炭焼きが冬期の一大収入源となっていたらしいが、時代は変わっていく。この頃にはもう、山の手入れだけでは冬場を凌げなくなっていた。代わりに重機を使っての雪掻きと提携先での出稼ぎが、男達の生活を支えていた。それはおそらくあと数年、祖父の遺言に従い事業を譲渡するまで続く。父はとても継げる状態ではなかったし、伯母には荷が重く、私は若過ぎた。それに相続税を払えるだけの現金も、もう残っていなかった。

 最盛期には山林五千町歩、水田百町歩を有した有鮒あんぶ本家は、地方随一の山林王だった。もっとも現在継いでいるであろう祖父は、同じ有鮒でも市の方で造り酒屋を営む分家の三男だ。本家にも二人の息子がいたが、長男は病死し次男は戦死した。分家は三人、次男は出兵したが祖父は病弱なため一度は徴兵を逃れていた。結局は末期に徴兵されて横須賀へ向かったものの、手続きをしている間に終戦を迎えたらしい。生き延びた次男が戻るまでは家業を支えていたが、その帰還により本家の娘である祖母と結婚、婿入りして後を継いだ。以後事業家として辣腕を振るい続けているが、家庭には及ばなかった。

 伯母と父の年齢差は十三。甘やかし過ぎたと悔いながらも結局、最期まで見放さなかった。でもそんな人でなければ、どこの女が産んだ子供かも分からない私を我が養女として受け入れることもなかっただろう。だから、私がするのだ。

 人に磨かれ真ん中だけ光る廊下、飾り障子の嵌まる客間、くすんだ板目の天井、廻り縁のガラス戸が風に震える音まで記憶と等しい。でも障子はまだ緩みなく張っていて、青白かった。正月を迎えたあと、鴨居にお飾りがないから松の内を過ぎた頃か。

 周囲を隈なく観察しながら角を曲がる。さっきは素早く通り抜けた居間の前で立ち止まり、障子向こうの気配を窺った。

書子ふみこか」

 影が滲んでいたのだろう。すぐ暴かれた杜撰な企みに、諦めて障子を引く。

「どうした、お腹空いたか」

 尋ねる声は紛れもなく祖父の声なのに、顔を上げられない。懐かしさに湧く涙を押し込め、ぎこちなく頭を横に振った。現状を把握するまでは、迂闊なことはできない。

「新聞、読みたくて」

 こうなって初めて発した声は、高くて細い。久しく落ち着いた声だと言われていたから忘れていたが、この頃はまだソプラノの旋律を歌えていた。

「勉強もええけど、お菓子があるけえ三時になさいな」

 もう一つの懐かしい声は祖母のものだ。角のない丸い声で、この頃はまだ艶がある。

 祖父を突然亡くしたあとは花が萎れるように衰えていき、やがて私や伯母のことも分からなくなった。そろそろ危ないと伯母に聞いて一度だけ、五歳になった千顕を連れて里帰りをした。しかし祖母は孫との紹介にも耳を貸さず、枯れた手で千顕を撫でながら嬉しそうに父の名で呼んだ。そして、あなた舟を出してやんなさいな、船頭はあの人がええわ、と下女と化した私達に命じた。もちろんその頃にはもう舟どころか川も、山林もほぼ残ってはいなかった。伯母は、一番豊かで幸せだった時代に戻っているのだろうと言った。だからつらいことは全て忘れているのだと。亡くなったのは、その五日後だった。しかし恋をするような甘い声と眼差しで求められていた本人は、何度目か分からない罪で服役中だった。

 父のことを考えた途端、潮が引くように元に戻る。泣くまいと噛み締めていた奥歯もすぐに緩んだ。顔を上げると懐かしい光景と共に、ブラウン管テレビが目に入る。喪服で話すアナウンサーの姿には見覚えがあった。祖父母との再会を懐かしむより先に、確かめなければならなかったことだ。

 座卓へ向かうと、祖父は座布団を自分のすぐ傍に寄せて招く。正直なところ、この頃の私はそういう対応を少し恥ずかしく、疎ましく感じ始めていた。それが思春期なのだろうが、距離を置きたくて素っ気ない態度をとってしまったことも少なからずあった。どれほど愛されていたのかを理解できたのは、お決まりのようだが親になってからだ。礼を言えなかった悔いは以来一層、燻り続けていた。

 ためらいなく隣へ座り、少し渋みのある祖父の臭いを嗅ぎながら新聞を手に取る。もっとも、確かめなくても答え合わせは済んでいた。テレビが繰り返し伝えているのは、昭和天皇の崩御だ。新聞の日付は昭和六十四年一月七日土曜日。今日は父があの事件を起こす、ちょうど二十七年前だった。

「これで、昭和も終わりか」

 呟くように零した祖父に、新聞から視線を移す。祖父は鼈甲の眼鏡を外し、細くなった目を更に細めて少し寂しそうに笑った。私が十二歳だから、祖父は七十二歳か。殆ど白くなった髪をきっちりと七三に分けて、丁寧に撫でつけている。色白の肌は隙間なくシミとそばかすに覆われているが、頬の辺りはぴんと張って健康そうな色艶があった。彫りの浅い造作のせいか、涼やかな目鼻立ちは清廉として若々しい。骨の分かる顎を辿れば喉元に漣立つような衰えはあったが、それでも端々から滲み出る品はそれを凌いで余りあるものだ。子供時分には到底分かり得なかった格の差に、新聞を掴んだいじましい指先を密かに揃えた。

「書子は、次はどんな元号だと思う?」

 肌理の消えた薄い手の甲をさすりながら、祖父は尋ねる。乾いた音を立てる枯れ枝のような薬指には、煤けた金の太い指輪が嵌っていた。長い女爪は指先を包むように湾曲した不思議な形で、思い出して尋ねたネイリストは卵殻爪だと答えた。栄養不足や内臓疾患から起こるらしいが、どちらだったのだろう。

「『平成』」

 シガレットケースへ向かう手に気を取られて、馬鹿なことを答えてしまった。

「『へいせい』か、ええなあ」

 失言にはすぐ気づいたが、一度出てしまったものはどうしようもない。一気に顔が紅潮していくのが分かった。

「漢字は分からんけど」

 慌てて付け足した言葉を照れ隠しと受け止めたのか、祖父は一層好ましいような笑みで頷きながら葉巻の先を切る。それを火鉢の炭へ向けるのが、冬場の点け方だった。

 夫は葉巻どころか煙草も嗜まず、副流煙だの分煙だの騒がれている時代にはちょうど良い人だった。ただ、葉巻ならいいのにと少し残念でもあった。キューバの土を感じる太さには洒脱な手より無骨な手の方が馴染んで味も色気も出ただろうと、そんなことばかり考えて暮らしていた。

「ほら、おあがんなさい」

 斜向いから菓子器を差し出す祖母に応え、積まれた山から花びら餅を一つ取る。求肥に薄く透ける薄紅色も牛蒡も私の知っているものとそっくりだが、同じ味なのだろうか。最初の一口を小さく齧った時、障子の向こうから下女の美代みよが顔を出した。吾郎とは夫婦で、祖父が亡くなるまで住み込みで働いていた人だ。と言っても、祖父の死を理由に辞めさせたわけではない。通院費などの支払いにと祖母が預けていた通帳と印鑑を持って、夫婦揃って消えてしまったのだ。銀行から、半年で九百万が数万になっていると伝えられた。持ち逃げではなく、使い込みだった。祖父の死去による財産整理で発覚するのを恐れたのだろう。

 銀行は告訴を勧めたが、祖母は頭を横に振って頑なに受け入れなかった。報告の文書を畳みながら「退職金には安すぎるわ」とか細い声で零し、肩を落とした。確かにそうだろう。二人共、祖父が婿に入る前から勤めていた。正直に告白しても、祖母なら咎めず更に数百万を払っていたはずだ。

 美代は祖父に来客を告げ、祖母から茶を頼まれて一旦下がる。

 真っ黒に染められた髪は、今日も乱れなくまとめ上げられていた。化粧も派手すぎず、服も地味だが清潔感があった。美人ではないものの、受け答えが良く愛嬌もあると周囲の評判は芳しかった。でも私を見下す眼差しは常に昏く、ぞっとするほど冷ややかなものだった。

 祖父母が時機を見ていたであろう出自を詳らかに語って聞かせたり、机の中を勝手に探って手紙や交換日記を読んだり、服や雑貨を私が気に入らなかったことにして勝手に自分の孫へ送ったりもした。少しでも抗議しようものなら、こんくらいええでしょう、まあほんにわがままで意地悪うにお育ちで、どこの腹だかよっぽど良うないとこからお産まれよ、旦那様もお見限りになられたらええのに、と何も返せなくなるほどの侮蔑を嘲笑と共に返した。祖父母には言えなかった。むしろそんな日は普段より明るく、抱えた秘密のどこにも綻びがないように振る舞った。

 美代は打ち拉がれる無力な私を見る度に暗い愉悦に浸っていたが、一方で私がいずれ大人になることを分かっていなかった。今なら、なぜ逃げ出したのかを理解できる。

 茶の仕度を整えて戻って来た美代は、祖母と話しながら二人分の茶を淹れて戻って行った。鼻腔を掠めた粉っぽい化粧の臭いに、じわりと苦いものが胸へ蘇る。これは追体験となるのだろうか、処理の仕方が分からない。器は十二歳でも、中の私は三十九年分の記憶や経験を持っている。単純に考えても二十七年の成長差だ。蓄積された負荷に、発達途上の体は耐えられるのだろうか。

「お勉強はどう、進んどるの?」

 祖母は懐紙を取り出して皿の上に敷き、花びら餅を載せる。例年ならまだ新年らしい色柄を着ている頃だが、今日は袷も帯も大人しい。そう言えば、崩御からしばらくは門にも弔旗を掲げていた。昔は大して気に留めなかった時代の終わりだ。

「まあまあ、かな」

 ここしばらくはずっと問う立場だったから、問われる立場の妙な答えにくさを忘れていた。勉強してはいるが合格を保証できる程ではない、あの感覚だ。

「そう。でもほんに、寂しゅうなるわねえ」

 包むように湯呑みを持ちながら、祖母はこちらを見ないまま零す。

 私は今月末、遠く離れたミッション系の中高一貫私立を受験する予定なのだ。女子校ながら中等部にも寄宿舎があって、平成の私は六年間をそこで過ごした。私の環境を案じた祖父の勧めだった。

「まだ受けてもないのに」

 苦笑しつつ、私も牛蒡の残る口を茶で流す。華やかな千代紙が貼られた茶筒は、年末になるといつも京都から送られてくるものだ。曾祖母が茶問屋の娘だったらしい。ただ祖父はその縁に縋られたのか、かなりの金を貸していた。祖父の亡きあと貸金債権は祖母が一括相続したが、返済されることなく会社は倒産、代表は自殺した。

 祖父は連帯保証人にこそなっていなかったものの、親類縁者への個人的な貸金が異常に多かった。もし貸していなければ、相続税を払えるだけの現金はあっただろう。当然のように湧いた疑問に、伯母は罪滅ぼしだと答えた。祖父は生前、金を払うほかに償う術がないと零していたらしい。

 舌に残る懐かしい味がまた、胸の奥を掘り起こす。蘇る痛みは重く鈍いが、今回はまだ鮮やかな痛みも重なる。祖父も私と同じだ。金を払うほかに、できることがなかったのだ。

「ごちそうさまでした」

 残りを押し込み、腰を上げる。祖母の顔は見ないまま、自室へ向かった。

 まっすぐ机へ向かう気にはなれず、ベッドへ寝転がる。

 父が事件を起こしたのは平成二十八年一月七日。登校中の小学生の列へトラックで突っ込み三人を殺害、二人を重体にした。本人は薬物中毒による心不全で、突っ込む前に既に死亡。助手席の下からは百グラム以上の覚醒剤が見つかった。離れて暮らしている間に、前科は七まで膨らんでいた。

 このまま私の知る道をなぞれば、未来は同じ結果になってしまう。今度は父と距離を置かない選択をしなければならない。事件が起きるより早く父を殺せば、未来は書き換えられるはずだ。

 ポケットから取り出した指輪を掲げ、輪の向こうに古びた蛍光灯を眺める。犯罪者となるこの人生で嵌めることはない。千顕を抱くこともないだろう。これが代償か。私が取引したのは、神ではなく悪魔だったのかもしれない。



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※本日は、あと一話更新しています。

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