第6話:四次元ストア ―終章―
第1道:継承者との出会い
四次元ストアの店内は、暖白の光に満たされ、埃が金色に浮いていた。老主人は帳簿にインクを落としながら、ランプの芯を整える。
「今日で、灯を渡す」
彼は棚を一巡りする。
小さな光が瞬く瓶「望んだ未来」。
丸められたフィルム「榊原守」。
未使用の観覧チケット 「A-12」。
返却できない「懐中時計」。
黒い封筒「綾瀬カイの影」。
「後悔、愛、選択、執着、虚像——すべて、ここに眠る」
「カラン……」
ドアベルの音と共に、ひとりの女性・灯が入ってきた。服装は、肩から小さな郵便鞄を下げ、キャスケットにシャツ、蝶ネクタイ、ジーパンと一体のサスペンダーなど、イタリアの少年を思わせる。
「お約束の時間に」
老主人は微笑んだ。
「ようこそ。最後のお客様は——あなたです」
第2道:鍵と帳簿
老主人は問いかけた。「時間は、売り物かね?」
灯は少し考え、答えた。
「……受け渡しの道具。誰かから誰かへ渡すもの」
店の奥、壁一面の鍵の部屋。中央には古いランプ。
「店は、灯りの持ち主を選ぶ」。
老主人は革表紙の帳簿を灯に差し出した。灯は両手で受け取る。帳簿の見開きには、記憶・時間・選択の列。
「書かれていない行が、いつもいちばん多い」
店の奥から小さな囁きが聞こえる。
「ありがとう」
「ブラボー」
「今日の光を、忘れない」。
過去の客たちの声だった。
「ここは、誰かの続きを受け取る場所だよ」
老主人が二つの品を差し出す——小瓶と砂時計。
「どちらを選ぶ?」
灯は迷わず砂時計を取る。
「流れる方を、見届けたい」。
老主人は真鍮の鍵を掌に置く。
「鍵は、店ではなく、人にかかる」。
最後の授業。老主人は棚を指し、告げる。
「売ってはいけないものが三つある」。
「命。約束。誰かの後悔」
第3道:赦しと循環
老主人がCLOSEの札を裏返し、店内の灯が一つずつ落ちる。残るは中央のカウンター上のランプのみ。
老主人がランプを灯の前に差し出すと、火が一瞬揺らぎ、芯が二つに分かれ、灯の掌に新しい明かりが生まれた。
灯が問いかける。「赦すって、何を?」
老主人は棚の瓶に視線を送り、答える。
「自分の、選ばなかった方を」
最初のお客様
扉がコン、コンと鳴る。少年が立っている。手には割れた腕時計。
「行きなさい。最初のお客様だ」
灯はしゃがんで少年と目線を合わせる。灯のうごきから、話を聞いてくれる人だとわかったのか、最初の小さなお客様は口を開く。
「これ、、、直して」
少年から灯に、割れた宝物が手渡される。
「戻したいの? 進みたいの?」灯は尋ねる。
少年は迷っていた。そこで、灯は砂時計を少年の手に握らせる。
「落ちる砂は止められない。でも、集めて好きな形にできるよ」
少年が去り、老主人は静かにカウンターに鍵を置く仕草をする。鍵は自然に灯の方へ滑った。
老主人は棚を一巡り撫でて歩き、一つひとつに目礼をする。
そして、扉の外へ。背に朝の街。頬には冷えた空気。上は空が、どこまでも、どこまでも広がっている。
自身を縛っていたものがなくなったとき、それを求め始めるのは本当だろうか。
「ながい、長い暇つぶしになりそうだ。」
第4道:開店
灯が四次元ストアの看板をOPENに返す。カウンターのランプは新しい炎で揺れる。
「いらっしゃいませ。お探しの時間は?」
店の外、次の物語の予感を示す、来店ランプが灯った。
四次元ストア 金城燈 @ka1618
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