第8話 鋼鉄の反逆
[警告:
インターコムが、無機質な警告を発した。
(――
今の俺は生身だ。奴らはこのドックごと外部のブリザードに晒し、全てを凍結させるつもりだ!
――ズゴゴゴゴォ……ッ! という轟音と共に、俺の背後、数10mにあるドックのメインハッチがゆっくりと開き始めた。そこから、マイナス47度の『現実』が、不可視のハンマーとなってなだれ込んできた。
スーツを脱ぎ捨てた肌に、焼くような激痛が走る。今、俺の生命維持活動を守っているのは、黒い高機能戦闘服とパージ・マスクだけだ。ドック内の温度計が、みるみるうちに氷点下へと落ちていく。呼気が瞬時に凍りつき、肺が内側から焼けるように痛む。
(――5分も、もたない……!)
視界がホワイトアウトしていく。自分の手足の感覚さえ遠のく中、俺の目は、吹きつける雪の中で唯一、その輪郭を失わない『巨大な影』を捉えていた。装甲輸送車『ベヒモス』――全長8メートルを超える、GCAの移動要塞。つい先刻まで、俺たちが少女を絶望へと運んでいた『監獄』だ。だが、この極寒の地獄の中で、唯一『生存可能な温度』を維持できる場所は、あの鉄の塊の中しかない!
(――あそこだ!)
俺は凍りついた床を蹴り、
(外部からOSがシャットダウンされている……クソッ!)
だが、まだ可能性はある。GCAの車両には、ハッキング対策として、全電子制御を遮断し、物理操作のみを受け付ける『セーフモード』が存在する。俺はドアの直下――装甲下部にあるメンテナンスパネルを殴りつけ、カバーをこじ開けた。低温により緩慢になり始めていた指を強引に隙間へねじ込み、奥にある無骨な緊急起動スイッチを跳ね上げる。
「――開けっ!」
俺は、叫びながら、再度ノブを引く。ロックが外れる重い手ごたえ。先ほどまで沈黙していたドアが、油圧の重い音を立てて開き、すかさず中に転がり込む。
――ドォン!! 俺がドアを閉めた直後、背後のメインハッチが完全に開放され、ドック全体が猛吹雪に飲み込まれる音が、一枚の鉄板を隔てたすぐ外側で響いた。
運転席の乗り慣れたシートに身を沈め、俺は荒い息をついた。重厚な装甲により、外部からは完全に遮断されている。猛吹雪が吹き乱れ、アラームの警告音が鳴り響くドックが、まるで遠い世界の出来事のように感じる――見慣れた車内で、唯一、違和感を覚えるのは、ベヒモスのコンソールが真っ暗な画面になっていることだけだ。
(セーフモードだ。だが、動く……!)
俺は、マニュアル起動シーケンスをコンソールに叩き込む。数秒の沈黙の後、ベヒモスの巨体が重低音と共に震えた。
――ド、ド、ドォォォォォン!! GCAの
これからどうする? ベヒモスと共に俺が向かうのは『外の世界』――アウトランドへの出口だ。このまま脱出し、俺は『GCAの裏切り者』として、あのブリザードの中を一人で逃げ延びることになる。
(――それで、いいのか?)
脳裏に、俺の脚に届かなかった少女の小さな手、そして、ストレッチャーに拘束され、白い通路の奥へと消えていった姿がフラッシュバックする。
[スキャン記録:対象B(姉)] [バイタル:ゼロ(NONE)] [体表温度:-12.4℃] [推定死亡時刻:22時間前] [死因:低体温症(凍死)]
なぜ、俺はGCAの『浄化』に抵抗した? なぜ、俺はゼロ・セブンを凍らせた? 『外の世界』へ逃げるためだったのか?
(――違う)
俺の胸を焼いていたのは、『摂氏20度』というGCAの欺瞞に守られ、現実から目を逸らしていた俺自身に対する怒り……そして、姉が凍死し、生きるために焚いた火を『罪』と断罪された少女の苦しみだったはずだ……
――俺がやるべきことは……逃亡などではない! このGCAという、理不尽な『正義』を正すことだ!!――
「ゼロ・セブン……お前の言う通りだったよ」
俺は、凍りついたままの元同僚をサイドミラー越しに見ながら呟いた。
「俺は『思想汚染(コード10-17)』だ。それも、もう手遅れのな……」
俺はベヒモスのギアを
――俺が向かった先は、ブリザードが吹き荒れるドックの『出口』ではない。先ほど、少女「フロスト」がプロセッサーに連行されて消えていった、『センター内部』へと続く隔離ドアだった。
[警告! 警告!
インターコムから、先ほどまでの無機質な音声とは違う、人間のパニックを含んだ叫び声が響く――
「ベヒモス! 行くぞォッー!!」
アクセルペダルを床まで踏み抜き、俺の喉から
寒いのはお好きですか?〜凍える家で焚き火をしたらCO2警察に逮捕された件〜 小日向ひなた @tamagoprin
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