第7話 浄化(クレンジング)

 『無菌照明』で白く照らされていたドックは、毒々しい回転灯によって、今や赤く塗り潰されている。四方の壁から突き出た自動迎撃オートタレットの銃口は、レーザーサイトの光を俺のアーマーの一点心臓に集中させていた。


「武器を捨て、スーツの動力を切れ、ゼロ・スリー」

 ゼロ・セブンが、まるでゴミを処理するかのように、俺に命じる。

「おとなしく浄化クレンジングを受け入れろ――それが貴様に残された、GCAへの最後の奉仕だ」


(奉仕……)

 俺の目には今、プロセッサーに連行されていった少女『フロスト』の最後の視線が焼き付いている。


……そして、脳裏に刻まれたHUD(ヘッドアップディスプレイ)の警告表示。


[スキャン記録:対象B(姉)] [バイタル:ゼロ(NONE)] [体表温度:-12.4℃] [推定死亡時刻:22時間前] [死因:低体温症(凍死)]



――あれは、《ノイズ》ではなかった――


――あれこそが、俺が『摂氏20度』のスーツの中で見失っていた《現実》だ――



「……断る」

 俺は、自分の声がヘルメットの中で低く、しかし明確な意志を持って響くのを聞いていた。


「愚かな!」

 ゼロ・セブンが肩をすくめた。

「指令室! 対象が抵抗! 規程プロトコル通り、武装解除ディスアームを実行!」


認識アクノレッジ。武装解除を実行!]


 ブゥンッ。不快な断絶音と共に、俺のスーツのシステムに、外部から強制シャットダウンの信号が送り込まれる。HUDが赤色の警告表示で埋め尽くされ、アーマー関節部の駆動装置サーボが鉛のように重く硬直する。


(これか――!)

 これが、GCAが『裏切り者』を制圧するシステム。だが、俺は《元》執行官だ。システムの裏をかく方法も知っている! 俺は、強制シャットダウンが完了するコンマ5秒前、手動で『緊急離脱エマージェンシー・パージ』のコマンドを実行した。


「ブシュウウウウッ!! シャアァアァ!」


 爆発的な排気音がドックに轟く。漆黒のゼロエミッション・スーツが、冷却ガスと圧縮空気の白煙と共に自動で展開し、俺の身体を吐き出した。ヘルメット、装甲、そして摂氏20度を維持していた発熱ユニット。それらすべてが、抜け殻となって床に転がり落ちる。


――俺は、ようやく、摂氏20度の『欺瞞』から解放されたのだ――


 残ったのは、スーツ内部に着込んでいた黒い高機能戦闘服とパージ・マスクだけだ。高機能戦闘服には、多層断熱材が組み込まれているが、自動迎撃オートタレットの実弾やプラズマ兵器を防ぐ防御力はない。アーマーから解放され、外気にさらされた頬を刺す冷気が、俺の生身の感覚を鋭敏に研ぎ澄ます。


「なっ!?」

 ゼロ・セブンの驚愕の声が響く。それと同時に、俺の「抵抗」を感知した自動迎撃オートタレットが火を噴いた!


――ッダダダダダッ!!


 床に着弾した実弾が火花を散らす――だが、アーマーから脱する直前、俺は腕部パーツから『液体CO2噴射器ニュートラライザー』を引き抜いていた!床を転がり、自動迎撃オートタレットの射線を逃れながら、即座にグリップを握り直す。


――視界の端では、ゼロ・セブンが腰のプラズマ・ライフルを抜くのが見える――


 俺は体勢を立て直すと同時に、ゼロ・セブンに向けてニュートラライザーのトリガーを引いた。


「プシュゥゥゥ――!!」

 狙ったのはゼロ・セブン本人ではない。彼が立っていた足元の床だ。高圧の液体CO2が、一瞬にして床を鏡のようなアイスバーンへと変える。


「くっ……!?」

 ゼロ・セブンは、予期せぬ『氷』に足を取られ、重量級のアーマーが仇となって派手に体勢を崩した。


――俺はその隙を見逃さない。自動迎撃オートタレットに向け、ニュートラライザーを連射する。


「プシュ! プシュ! プシュ!」

 液体CO2を浴びた自動迎撃オートタレットは、銃身も駆動部も一瞬で真っ白な霜に覆われ、凍りつき、沈黙した。GCAの教義に反する炎を消すための『中和器』が、GCAの『正義』を凍結させた瞬間だった。


「き、貴様ぁっ――!」

 ゼロ・セブンが、氷の上で体勢を立て直そうと、膝立ちになったが、既に手遅れだった。ゼロ・セブンの顔の目の前には、俺の構えたニュートラライザーの銃口が向けられていたのだ。


「……くそっ。ゼロ・スリー」

「お前に……姉を失い、凍てつく部屋でたった一人、火を焚き続けていたあの少女の気持ちがわかるか――」


「そんなものを知ってどうする? あいつらは、地球をむしばむ汚染源。我々GCAにとって、あいつらの苦しみは、単なるノイズに過ぎない!」

「……では、教えてやろう。ゼロ・セブン……これが、お前がノイズだと否定した『現実』の温度だ――」


 俺はニュートラライザーの設定を、『機械化兵 捕縛モード』に切り替え、静かにトリガーを引いた。ブワッ!と白煙が膨れ上がり、霧散化された液体CO2がゼロ・セブンを包み込む。


「グ……ガ……ァ……」

 ゼロ・セブンは、悲鳴を上げながら、その場で凍りついた。パージ・マスクは機能しており、生命維持バイタルは停止していない。だが、関節部のサーボオイルは凍結し、彼は身動き一つ取れない『氷の彫像』と化した。


 そして、俺は、高機能戦闘服内に装備していたパルス・レーザーガンを取り出し、氷の彫像と化したゼロ・セブンのアーマーの関節部に向けて、容赦なくトリガーを引いた。キャイン、キャイン!と甲高い音を響かせ、モーターが破壊される。これで、こいつは、当分動くことはできないだろう――

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