第21話「文化祭準備」
文化祭まであと三週間。
俺たちのクラスは、UAE文化紹介の準備に追われていた。
「じゃあ、班分けを発表します」
放課後のホームルーム。鈴木さんが黒板の前に立ち、役割分担を読み上げていく。
「展示班、装飾班、料理班、衣装班。それぞれ希望を出してもらったので、その通りに分けました」
俺は展示班になった。UAEの歴史や文化をパネルにまとめる係だ。
ファーティマは全体の監修役。各班を回って、内容をチェックする立場だ。
「湊、展示班なのね」
「ああ。お前のチェック、厳しそうだな」
「当然よ。私の国のことだもの。間違った情報は載せられないわ」
彼女は冗談めかして言ったが、目は真剣だった。
* * *
展示班は五人。俺と、男子二人、女子二人。
最初の打ち合わせで、担当を決めることになった。
「UAEって、どんな国なの?」
女子の一人、田中さんが聞いた。正直な疑問だろう。俺も、ファーティマに会うまでほとんど知らなかった。
「ドバイがある国だよ。あと、アブダビ」
「ドバイなら聞いたことある。すごいビルがあるとこでしょ」
「ブルジュ・ハリファな。世界一高いビル」
もう一人の男子、山田が言った。どうやら多少の知識はあるらしい。
「他には何があるの?」
「砂漠とか、モスクとか。石油で有名だな」
「あと、最近はAIとか宇宙開発にも力入れてるらしいよ」
みんな、それぞれ調べてきているようだった。ファーティマのために、という気持ちがあるのかもしれない。
「じゃあ、分担決めよう。歴史、地理、文化、経済、観光。五つに分けて、一人一つ担当するのはどう?」
「いいと思う」
「俺は文化やりたい」
山田が手を挙げた。
「イスラム教のこととか、興味ある」
「じゃあ私は観光で」
「俺は経済かな」
話し合いの結果、俺は歴史を担当することになった。UAEの建国から現在までをまとめる係だ。
「ファーティマさんに聞けば、詳しく教えてもらえるよね」
田中さんが言った。
「ああ。俺から聞いとく」
「よろしくね、湊くん」
なんだか、ファーティマとの仲を公認されているような気分だった。
* * *
放課後、俺はファーティマと図書室で打ち合わせをした。
「歴史担当になったんだって?」
「ああ。建国の経緯とか、教えてくれ」
「いいわよ」
ファーティマは嬉しそうだった。自分の国のことを話すのが好きなのだろう。
「UAEは一九七一年に建国されたの。七つの首長国が連合して、一つの国になった」
「七つ?」
「アブダビ、ドバイ、シャルジャ、アジュマーン、ウンム・アル・カイワイン、ラアス・アル・ハイマ、フジャイラ。この七つよ」
彼女はノートに地図を描きながら説明してくれた。
「アブダビが一番大きくて、首都があるの。ドバイは商業の中心地ね」
「建国する前は、どうなってたんだ?」
「イギリスの保護領だったわ。でも一九七一年にイギリスが撤退して、独立することになったの」
「なるほど」
「建国の父は、シェイク・ザーイド。アブダビの首長だった人よ。彼がなければ、UAEは存在しなかったと言われているわ」
ファーティマの目が輝いていた。尊敬しているのが伝わってくる。
「彼は砂漠の民から、近代国家を作り上げたの。石油が発見されて、国が豊かになっても、教育や福祉に力を入れた。私たちの世代が良い暮らしをできているのは、彼のおかげよ」
「すごい人なんだな」
「ええ。二〇〇四年に亡くなったけど、今でもみんなに愛されているわ」
俺はノートにメモを取った。こういう話は、教科書には載っていない。生の声を聞けるのは貴重だ。
「他にも聞きたいことがあったら、いつでも言って」
「ありがとう。助かる」
「私こそ、ありがとう。私の国に興味を持ってくれて」
彼女は微笑んだ。
「文化祭、成功させましょうね」
「ああ」
* * *
それから、準備は着々と進んだ。
展示班は、それぞれの担当パネルを作成。俺はファーティマに教わったことをまとめ、写真や図を添えた。
装飾班は、アラビア風の飾りつけを製作。幾何学模様のタペストリーや、ランタン型のライトを作っていた。
料理班は、UAEの伝統料理を研究。当日はハラール対応のお菓子やドリンクを提供する予定だ。ファーティマの母、ライラさんがレシピを提供してくれたらしい。
衣装班は、アラビア風の衣装を準備。女子用のアバヤや、男子用のカンドゥーラを用意していた。
「すごいわね、みんな」
ある日の放課後、ファーティマが感心したように言った。
「こんなに一生懸命やってくれるなんて、思わなかった」
「お前のためだからな」
「私のため?」
「みんな、お前のことが好きなんだよ。だから頑張ってる」
俺が言うと、彼女は少し照れたように目を伏せた。
「そうかしら」
「そうだよ。一学期の頃とは違う」
「……ありがとう」
小さな声でそう言って、彼女は微笑んだ。
* * *
文化祭の一週間前。
準備は大詰めを迎えていた。
「展示パネル、最終チェックお願いします」
俺は完成したパネルを、ファーティマに見せた。
UAEの歴史。建国の経緯、シェイク・ザーイドの功績、石油発見後の発展、現在の姿。写真と文章でまとめたパネルだ。
ファーティマは真剣な目でパネルを見つめた。一字一句、丁寧に読んでいく。
「……素晴らしいわ」
彼女の目が潤んでいた。
「こんなに丁寧にまとめてくれて、ありがとう」
「大丈夫か?」
「ええ。嬉しくて」
彼女は目元を拭った。
「私の国のことを、こんなに真剣に調べてくれる人がいるなんて。日本に来て良かった」
「大げさだな」
「大げさじゃないわ」
ファーティマは俺を見た。
「湊がいたから、私はここまで来られたの。本当に、ありがとう」
その言葉が、胸に染みた。
「俺は何もしてない。お前と、クラスのみんなが頑張ったんだ」
「謙遜しないで」
「謙遜じゃない。事実だ」
「もう、素直じゃないんだから」
彼女は笑った。泣き笑いのような顔だった。
「文化祭、絶対成功させましょうね」
「ああ。約束する」
俺たちは拳を合わせた。
文化祭まで、あと一週間。
準備は万端だ。
でも、俺の心の中には、別の不安があった。
文化祭が終わったら、彼女との関係はどうなるのだろう。
このまま、友達でいるのか。
それとも——。
考えても答えは出ない。
今は、目の前のことに集中しよう。
そう自分に言い聞かせて、俺は作業に戻った。
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