第7話「ゴールデンウィークの過ごし方」

 ゴールデンウィークが始まった。

 世間は大型連休で浮かれている。テレビでは行楽地の混雑状況が報じられ、SNSには旅行の写真が溢れていた。


 俺はといえば、特に予定もなく家でダラダラしていた。

 友達と遊ぶ約束もない。部活もやっていない。典型的な非リア充のゴールデンウィークだ。


 そんな連休二日目の朝、スマホが鳴った。


『ゴールデンウィークって何をするの?』


 ファーティマからだ。


『特に何もしない。休み』


『休みなのに何もしないの?』


『そういう人も多いぞ』


『へえ……』


 しばらく間があって、また通知が来た。


『暇なら、どこか連れて行ってくれない?』


 俺は天井を見上げた。

 断る理由はない。というか、断る気もなかった。


『どこ行きたい?』


『日本らしいところ!』


 日本らしいところ。アバウトな注文だ。

 少し考えて、浅草を提案した。外国人観光客に人気のスポットだし、ファーティマも楽しめるだろう。


『浅草? 聞いたことあるわ。行きたい!』


 こうして、俺のゴールデンウィークに予定ができた。


 * * *


 浅草駅で待ち合わせた。

 改札を出ると、すでにファーティマがいた。今日は淡いピンクのヒジャブに、白いワンピース。いつもの黒とは違う雰囲気で、なんだかドキッとした。


「待った?」


「ううん、今来たところよ」


 彼女は嬉しそうに笑った。


「ねえ見て、人がたくさん!」


 確かに、駅前は観光客でごった返していた。日本人も外国人も入り混じって、カメラを構えている人も多い。


「ゴールデンウィークだからな。混んでるぞ」


「大丈夫よ。賑やかな方が楽しいわ」


 ファーティマは人混みを気にする様子もなく、きょろきょろと周りを見回していた。


「あれは何?」


「雷門。浅草で一番有名なやつ」


 大きな赤い門と、巨大な提灯。ベタな観光スポットだが、初めて見る人には確かにインパクトがあるだろう。


「写真撮りたいわ!」


「いいけど、めっちゃ並んでるぞ」


「構わないわ」


 結局、雷門の前で写真を撮るのに二十分かかった。でもファーティマは満足そうだった。


 * * *


 仲見世通りを歩く。

 両側に土産物屋や食べ物屋が並び、観光客で溢れていた。


「わあ、色々あるのね」


 ファーティマは店から店へと目移りしていた。扇子、手ぬぐい、お面、人形形焼——日本的なものがずらりと並んでいる。


「あれは何?」


「人形焼。お菓子だよ」


「食べてみたいわ」


「買うか?」


 店頭で人形焼を買い、一つずつ食べ歩く。ファーティマは最初の一口で目を輝かせた。


「美味しい! 中に何か入ってる」


「餡子。小豆を甘く煮たやつ」


「へえ……日本のお菓子って不思議ね。豆が甘いなんて」


 そういえば、海外では豆を甘くする文化はあまりないらしい。彼女には新鮮な体験なのだろう。


「あ、あれも見たい」


 ファーティマが指差したのは、お面を売っている店だった。狐、般若、ひょっとこ——色とりどりのお面が並んでいる。


「これ、何かの儀式に使うの?」


「いや、お祭りとか、飾りとか」


「へえ」


 彼女は狐のお面を手に取り、顔に当てた。


「どう?」


「……似合わねえな」


「ひどい!」


 ファーティマはむくれたが、すぐに笑い出した。俺もつられて笑った。


 * * *


 浅草寺に着いた。

 大きな本堂を前に、ファーティマは感嘆の声を上げた。


「立派ね……これがお寺?」


「そう。仏教の寺院」


「仏教か……」


 彼女は興味深そうに建物を見上げていた。


「中に入れるの?」


「入れるよ。お参りしてみる?」


「私はイスラム教徒だから、お参りはできないわ」


「そうか」


「でも見学はいいわよね」


 ファーティマは本堂の前まで行き、人々がお参りする様子を眺めていた。


「みんな手を合わせて、何をお祈りしてるの?」


「願い事とか、感謝とか。人によって違うけど」


「神様に?」


「仏様に、かな」


「仏様……」


 彼女は静かに考え込んでいた。


「面白いわね。宗教は違っても、祈りという行為は同じなのね」


「そうかもな」


「私も毎日お祈りするもの。形は違っても、神様に心を向けるという意味では同じだわ」


 その言葉が、なんだか深いように思えた。

 ファーティマは異文化を否定しない。違いを認めながら、共通点を見つけようとする。そういう姿勢が、彼女らしかった。


 * * *


 昼食は、ハラール対応の店を探した。

 事前に調べておいた、浅草にあるハラール和食の店だ。


「こんな店があるのね」


「観光地だから、外国人向けの店も多いんだよ」


 店内に入ると、落ち着いた和の雰囲気だった。メニューにはハラールマークがついている。


「天ぷら定食にするわ」


「俺も同じで」


 運ばれてきた天ぷらは、海老、野菜、穴子と豪華な内容だった。


「美味しい……」


 ファーティマは幸せそうに天ぷらを頬張った。


「日本の揚げ物って、軽いのね。アブダビの揚げ物はもっと重いわ」


「へえ、そうなのか」


「ええ。油の種類が違うのかしら」


 食事をしながら、彼女は今日の感想を語った。


「ゴールデンウィーク、楽しいわね」


「そうか?」


「ええ。アブダビでは、こういう連休ってあまりないの。宗教的な祝日はあるけれど」


「イードとか?」


「知ってるの?」


「この前調べた」


 ファーティマは嬉しそうに目を細めた。


「勉強してくれてるのね」


「まあ、ちょっとだけな」


 照れくさくて、俺は天ぷらに手を伸ばした。


 * * *


 食後、隅田川沿いを歩いた。

 川面がきらきらと光っている。スカイツリーが遠くに見えた。


「気持ちいいわね」


「ああ」


 人混みを離れて、少し静かな場所だった。風が心地よい。


「ねえ湊」


「ん?」


「ゴールデンウィーク、他にも予定あるの?」


「いや、特にない」


「じゃあ、また一緒に出かけてくれる?」


 彼女は少し恥ずかしそうに言った。


「まだ行きたい場所がたくさんあるの。東京タワーとか、原宿とか、秋葉原とか」


「秋葉原?」


「ユーセフが行きたいって言ってたから、下見しておきたくて」


「なるほど」


 弟思いなやつだ。


「いいよ。付き合う」


「本当?」


「どうせ暇だし」


 ファーティマの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとう、湊。じゃあ明日は原宿に行きたいわ」


「了解」


「明後日は東京タワーね」


「……全部予定入れる気か」


「だってゴールデンウィークでしょう? 有効活用しないと」


 彼女はいたずらっぽく笑った。


「せっかくの連休なんだから、思い出たくさん作りましょう」


 思い出、か。

 俺はスカイツリーを眺めながら思った。


 去年のゴールデンウィーク、俺は何をしていただろう。多分、家でゲームでもしていた。それが今年は、外国から来たお嬢様と観光地巡りだ。


 人生、何があるかわからない。


「湊、何を考えてるの?」


「いや、別に」


「そう?」


 ファーティマは不思議そうに首を傾げた。


「変な顔してたわよ」


「してない」


「してた」


 俺たちは川沿いを歩きながら、他愛ない言い合いを続けた。

 夕日が川面をオレンジ色に染めていく。

 

 こんなゴールデンウィークも、悪くない。

 いや、正直に言えば——かなり楽しかった。


 明日は原宿。明後日は東京タワー。その次は何だろう。

 予定が埋まっていくことが、こんなに嬉しいと思ったのは初めてだった。


「帰ろうか」


「ええ」


 俺たちは駅に向かって歩き出した。

 手に持った人形焼の袋が、カサカサと音を立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る