龍神様の元へ嫁ぐことになったけど、わたしのものを何でもほしがる妹が花嫁の立場もほしがった結果

宵宮祀花

妹の口癖

 妹は昔から、わたしのものを何でもほしがった。

 成人祝いに祖父からもらった手鏡も卒業祝いに父からもらった万年筆も、全て妹に奪われた。妹にとっては取り上げることが目的で、奪ったもの自体にはあまり興味がないこともあったので、小物類は稀に戻ってくることがあったけれど。

 持っていた着物は殆どが妹のものとなり、わたしは女中が来ているような飾り気のない着物しか持っていない。

 元々わたしの部屋だった場所は妹の部屋になり、わたしはなるべく彼女に会わずに済むよう、離れに部屋を持っている。

 妹がわたしからなにかを奪うとき、決まって言う台詞がある。


『お姉ちゃんばっかりズルい!』


 そう叫んだが最後、わたしからほしいものを奪うまで、まるでイヤイヤ期の幼児の如き大声で泣いて喚いて止まらない。

 わたしひとりが犠牲になれば満足してご機嫌でいてくれるからもうそれでいいと、まずわたしになにかを与えて『お姉ちゃんばっかりズルい!』を引き出し、わたしの手から取り上げて恭しく妹にあげるプロセスが出来上がった。

 だからわたしも、最早なにかを与えられても一欠片の喜びも湧かず、落胆と諦念が胸を占めるようになった。

 両親も使用人も皆、妹の癇癪が発生しないかどうかだけを気遣って生きていた。

 母親に至っては、初めから妹だけが我が家のお姫様であるかのようにご機嫌取りに勤しむようになった上、わたしを妹の前でこき下ろすようにもなった。使用人たちは次期当主の妻には逆らえないから、仮に内心で同情していたとしても見て見ぬ振りをすることしか出来ない。嗤えと命令されれば嗤うしかない。

 いつしか、わたしが心を許せる人間は屋敷に一人もいなくなってしまった。


 そんな日常が当たり前となったある日。

 わたしは現当主であるおじいさまに呼び出された。


「――――龍神様に、ですか……?」


 おじいさまはわたしに、龍神様の元へ輿入れせよと仰った。

 龍神様とは我が家が代々祀っている山に社を持つ雨神様で、数十年に一度龍神様の元へ男を知らないうぶの花嫁を送る習わしがある。

 龍神様に花嫁を送るのは山が荒れ始めた頃と言われていて、確かに最近は山の気が少し荒れてきていた。木の実の出来も悪く、そのせいで熊が冬眠できずに村に降りてくることもあるし、猪や猿が畑を荒らすことも増えてきた。

 家の使用人たちが「そろそろじゃないか」と話していたのはこのことだったのだと今更に思い至る。

 年に一度のお祭りは市街で行われている夏祭りと然程変わらない、縁日を出したりお囃子や踊りで神様を楽しませたりといったものだけれど、嫁入り祭は別だ。花嫁をこの上なく着飾って、嫁入り道中もまるでお殿様やお姫様が通る行列のように村民が花道を作り、頭を垂れて盛大に見送ることになっている。

 誰からも傅かれてお姫様扱いされる、しかも神様の花嫁なんて華やかなこと、あの妹が黙って見送るわけがない。そう思っておじいさまを見上げると、フッと微笑んだ気がした。


「え……」


 あっと思ったときにはもういつもの厳格なお顔をされていた。

 一瞬だったから、見間違いだったかもしれない。きっとそう。お能の翁面を被っているかのような、頑なに変わらないお顔をされているのがおじいさまだもの。

 とにかくわたしがお話を頂いたことに変わりはないから、わたしは手をついて頭を下げ、了承の意を告げた。


「そうか。受けてくれるか。ならばその旨は儂のほうから周知しておこう。これからひと月、慎ましくあるのだぞ」

「はい。心得て御座います」


 おじいさまの前を辞して部屋に戻ると、早速遠くから妹の癇癪声が聞こえてきた。


「ズルいズルい! お姉ちゃんばっかり! 私が神様のお姫様になるの!」


 いつも通りの大声と泣き声が屋敷中に響き渡る。

 一度ああなったら、妹はわたしから権利を奪い取るまで泣き止まないのだけれど、どうするつもりなんだろう。嫁入りの対象を選ぶのはわたしたちじゃない。龍神様に仕える一族が神託を受け、我が家から花嫁を選ぶ。だからいくら泣こうが喚こうが、たとえおじいさまでも権利を譲渡することは出来ないのに。

 他人事のようにぼんやり考えていたら、小声で「失礼致します」と声がかかった。投げやりだった思考を呼び戻して許可を出すと、襖がそっと開けられる。声の主は、屋敷で一番長く働いている女中頭だった。


「お前が直々に来るなんて、いったい何事?」

「はい。明朝よりお嬢様には毎食花嫁御膳が振る舞われます。ですが、恐らく妹様も花嫁御膳をご所望なさることでしょう」


 なるほど。特別な花嫁に、特別な御膳。これもうちの伝統だ。それがわたしだけに振る舞われるとなったらきっと、食事をひっくり返して泣き喚くだろう。かといって女中が勝手なことをするわけにはいかない。


「そうね。でも本物の花嫁御膳は地味だから、きっと偽物で誤魔化そうとしていると言って納得しないわ。思い切り華やかで特別な御膳を用意してあげて頂戴」

「畏まりました。ではそのように」


 退室する一瞬、女中頭が微笑を見せた。

 その表情が何だか先ほどおじいさまが浮かべた笑みに似ていた気がして首を捻る。なにか企んでいるような、それとも安堵しているような。


「考えても仕方ないことだわ」


 今日から一ヶ月。わたしは身を清めることに専念すればいい。

 花嫁を選ぶのは龍神様なのだから。

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2025年12月29日 00:00
2025年12月30日 00:00
2025年12月31日 00:00

龍神様の元へ嫁ぐことになったけど、わたしのものを何でもほしがる妹が花嫁の立場もほしがった結果 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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