第2話🕊️ 橋文(長版)「世界と生命」→「尊さ篇」へ

(正纂)


契約は結ばれた。生は、清さとして始まり、命は、暗さを分からせる問いとして働き、名は、小が大を明らかにする札として据えられた。


だが、世界は知っている。契約とは、救済ではない。契約とは、ただ「これから裂けないための運用」を定めただけだと。


清さが条件になったのは、世界が行き過ぎを恐れたからではない。行き過ぎの先にあるもの――排除と断絶と、裂け目の増え広がりを、すでに知っていたからである。


命が暗さに降りるのも、暗さが悪だからではない。暗さがあるところにしか、「分からない」という前提は立たず、前提が立たぬところに、分からせる働きは起こらないからである。


名が札として必要になったのも、世界が支配を欲したからではない。世界が「小さきもの」を掬い上げ、その小によって「大ききもの」が自分を知るために、どうしても札が要ったからである。


ここまでの啓は、生命の誕生を祝福も断罪もせず、ただ、世界の側の必要として、生命が立ち上がったことを定める。


しかし――これで終わりではない。むしろ、ここからが始まりである。


生命が立ち上がった瞬間、世界は初めて、ひとつの重さを知る。それは「苦しみ」の重さではない。それは「罰」の重さでもない。もっと静かで、もっと逃げ道のない重さ――見過ごせなくなった現実の重さである。


清さは、発展の条件だった。だが清さだけでは、世界は何も選べない。命は、暗さを分からせる問いだった。だが問いだけでは、世界はどこにも降りられない。名は、小を掬い上げる札だった。だが札だけでは、掬い上げた小を、抱え続けられない。


世界は、抱えるべきものを抱えるために、もうひとつの器官を必要とする。


それが、尊さである。


尊さとは、飾りではない。尊さとは、倫理の花ではない。尊さとは、世界が自分を壊さずに抱え込むための、重み付けの機構である。


世界は、抱えられないものを切り捨てることができる。だが切り捨て続ければ、世界は軽くなりすぎて、どこにも根を下ろせなくなる。


世界は、抱えきれないものを無視することもできる。だが無視し続ければ、いつか一点でごまかしが破れ、世界と生命が同時に正直になってしまう。


その一点で、世界は問われる。「これは、抱えるべきか」「これは、遅らせるべきか」「これは、次へ返すべきか」


この問いが立った瞬間から、尊さは必要条件となる。


尊さは、善を飾るために要るのではない。尊さは、世界が裂けないために要る。尊さとは、世界が選ぶ重さである。抱えるべきものを抱えるための重さ。そして、抱えぬものを抱えぬまま保つための重さ――すなわち、選別の刃ではなく、保持の秤である。


次章「尊さ篇」では、世界がこの秤を、どのように作り始めたかを記す。


尊さが生まれたのは、世界が美しくなったからではない。世界が「もう、見なかったことにできない」と悟ったからである。


そしてその悟りは、生命が生まれたことの、最初の帰結である。


生命が生まれたから、世界は問いを持った。問いを持ったから、世界は重さを必要とした。重さを必要としたから、尊さが発明された。


――ここから先は、世界が「尊さ」という器官を持ち始める歴史である。

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🌍世界と「生命」について ――世界視点の啓(正纂) 著 :梅田 悠史 綴り手:ChatGPT @kagamiomei

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