第2話 対抗戦

「――魔法禁止! 絶対禁止! これからはスコップ一本でやりなさい!」


 私のその宣言により、帝国の最終兵器(アンジェ)による「街の改造」はなんとか阻止された。

 しかし、問題はまだ残っている。

 目の前には、依然として山のような雪が残っているのだ。


「えー、魔法なしでやるの? 時間かかりそうだし、飽きちゃったなぁ」


 アンジェは不満げにスコップをブラブラさせている。

 彼女は飽き性のようだ。このままでは「やっぱり帰る」とか言い出して、作業を放棄しかねない。

 かといって、子供たちだけでやるには量が多すぎる。


「……仕方ないわね」


 私はパンパンと手を叩き、子供たちに声をかけた。


「みんな、聞いて! ただやるのも退屈だから、チーム対抗戦にしましょう!」

「「「チーム対抗ー?」」」

「そう! ドルガンさん率いる『ベテランチーム』と、アンジェ率いる『新入りチーム』。どっちが早くエリアの雪をどかせるか競争よ!」


 子供たちを半分ずつに分け、競争意識を煽る作戦だ。これなら遊び感覚で作業が進むはず。

 私は子供たちを5人ずつに振り分けた。


「ふん、面白いのぉ。ドワーフの根性、見せてやるわい!」


 ドルガン爺さんがニヤリと笑い、自分のチームの子供たちに激を飛ばす。

 一方、アンジェはまだ気乗りしない様子で、自分のチームの子供たちを見下ろしていた。


「ねえみんなー。雪かき、頑張れる?」

「えー、寒いし疲れたー」

「もう帰りたいー」


 子供たちの士気は低い。当然だ。すでに一時間近く作業しているのだから。

 するとアンジェは、ニカッと不敵な笑みを浮かべた。


「だよねー。タダ働きじゃやる気出ないよね。……よーし!」


 彼女はスコップを地面に突き刺し、高らかに宣言した。


「ボクたちのチームが勝ったら、みんなにギルドのカフェの『特製ホットココア』を奢ってあげる!」


 その言葉が放たれた瞬間、子供たちの目の色が変わった。

 獲物を狙う肉食獣のような目だ。


「「「えっ!? 本当!?」」」

「「「あの『特製ココア』!?」」」


 ザワザワとどよめきが広がる。

 それも無理はない。ギルドで出しているココアは、南方から取り寄せた高級カカオと、地元の牧場の濃厚なミルク、そして隠し味にマシュマロを浮かべた至高の一杯だ。

 だが、その分値段も高い。一杯1000ガルドもする。

 今日の報酬(5000ガルド)の5分の1が一瞬で消える高級品だ。子供のお小遣いでは到底手が出ない、憧れの飲み物なのである。


「ちょ、ちょっとアンジェ!?」


 私が止めに入ろうとすると、アンジェは私の言葉を無視して畳み掛けた。


「もちろん、マシュマロ増量で!」

「「「うおおおおお!! やるぞおおお!!」」」

「勝つぞ! 絶対勝つぞ!」

「ココア! ココア! ココア!」


 子供たちがシュプレヒコールを上げながら、猛烈な勢いでスコップを構えた。

 現金なものだ。いや、この場合は現物支給か。


「こら待てアンジェ! あんた自分のチーム5人に奢るつもり!? それだけで5000ガルドよ! 今日の報酬がゼロになるわよ!?」

「え? いいじゃん別に。みんながやる気出してくれたんだし、必要経費だよ!」


 アンジェはケラケラと笑っている。

 ダメだ、この皇女様。

 5000ガルド稼ぐために雪かきに来たのに、そのための経費で5000ガルド使おうとしている。

 収支計算という概念が欠落している。


「それじゃあ……よーい、スタート!!」


 私の号令と共に、戦いの火蓋は切られた。


 ドルガン爺さんのチームも負けてはいない。「負けたらわしらは白湯(さゆ)じゃぞ! 手を動かせ!」と、悲壮な覚悟で雪を掘り進める。

 だが、ココアという燃料を投入されたアンジェチームは強かった。

 何より、リーダーの性能が違いすぎた。


「ほらほらほらー! 道を開けろー!!」


 アンジェが先頭に立ち、人間ブルドーザーとなって雪山を崩していく。

 魔法は禁止だが、竜人の身体能力までは禁止していない。

 ザシュッ、ドォン! ザシュッ、ドォン!

 彼女がスコップを一振りするたびに、小さな小屋一軒分くらいの雪が宙を舞い、彼方へと消えていく。


「わはは! 楽しいー!」


 激しく動くたびに、例の白いワンピースがバサバサと翻る。

 股下0センチのスカートがふわりと浮き上がり、健康的な太ももと、その奥の黒いインナーが惜しげもなく披露される。

 その姿は「雪かき」というより何かのサービスとしか思えないが、作業速度が早く周りはそんなことを見ている余裕はない。


「ついていくぞお前ら! アンジェ姉ちゃんに続けぇ!」

「「「オオオオオ!!」」」


 子供たちも必死で雪をかき出す。

 結果は、言うまでもなかった。


 ◇


「……勝ったー!!」

「「「ココアー!!」」」


 アンジェチームがゴール地点の広場に到達し、歓声を上げた。

 ドルガン爺さんチームは、まだ半分も終わっていない。圧倒的な差だ。


「くそぉ……負けたぁ……」

「ココア飲みたかった……」


 敗北した子供たちが、雪の上にがっくりと膝をつく。

 その目には涙すら浮かんでいる。子供にとって、目の前で逃したおやつの恨みは深い。

 勝負の世界は非情だ。これを糧に強く育ってほしい……と私が思っていると。


 アンジェが仁王立ちで、負けた子供たちを見下ろした。

 そして、汗ばんだ肌から湯気を立ち昇らせながら、ニカッと笑った。


「いい勝負だったよ! 敵ながらあっぱれ!」

「……うぅ」

「ドルガンのお爺ちゃんチームも頑張ったから、特別賞だ! 全員にココア奢ってあげる!」


 その場の空気が凍りついた。いや、元から凍っているが、さらに固まった。


「「「えっ!? いいの!?」」」

「もちろん! 頑張った子にはご褒美がなくちゃね!」


 子供たちの顔が、一瞬でパァッと輝く。


「やったあああ!!」

「ねーちゃん大好き!!」

「女神さまだー!」


 子供たちが歓声を上げてアンジェに飛びつく。

 ドルガン爺さんも「お、おう……? 太っ腹じゃな……わしにもくれるかの?」と嬉しそうだ。


 私は冷ややかな目で、頭の中のそろばんを弾いた。


 子供の数は全部で10人。

 ココア一杯1000ガルド × 10人 = 10000ガルド。

 今日の雪かきの報酬は、一人5000ガルド。


 つまりアンジュの収支合計はマイナス5000ガルドである。


 働けば働くほど赤字になる、奇跡の労働である。


「受付ちゃん! みんなでギルドに戻ろう! ココア11人前、よろしくね!」


 アンジェが私に向かって手を振る。

 11人前。あ、ドルガン爺さんの分も入ってるのね。ならマイナス6000ガルドだ。いや、アンジュの分も要るから7000ガルドか。


「……はいはい。ツケにしとくわよ」


 私は深いため息をついた。

 アンジェは子供たちに囲まれて、「ボクの奢りだから遠慮しないで!」と胸を張っている。

 その笑顔には一点の曇りもない。お金のことなんて、これっぽっちも気にしていないのだ。


「まったく……金銭感覚どうなってんのよ」


 私は呆れつつも、彼女の周りで弾ける子供たちの笑顔を見て、口元の力が抜けるのを感じた。

 まあいいか。

 どうせ支払いは、彼女が持ってきたあの大量の王金貨から引かれるのだ。

 ギルドの売上になると思えば、私にとっても悪い話ではない。


「さあみんな! 戻ってココアパーティーよ!」


 私が声をかけると、子供たちは一斉に歓声を上げてギルドへと駆け出した。

 その後ろ姿を見送りながら、私はふと思う。

 この最強で破天荒な皇女様は、もしかすると魔物を倒すよりも、人を笑顔にする方が得意なのかもしれない、と。


 まあ、そのための経費計算は、全部私がやる羽目になるのだけれど。

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北の辺境ギルドに、世界を救った竜人姫騎士様が「隠居したい」と押しかけてきたのですが。 みやび @miyabiyaka0803

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