第4話
敷布を広げる。
作業場の端、その上にカードの束を置いた。
束、というより塊に近い。
並べる前から、おじ様の視線がそこに集まっているのが分かる。
「……随分あるな。」
「うん。」
自作のオラクルカードだ。
色も形も揃っていない。紙質もまちまちで、角は丸い。
何枚かを扇状に並べたところで、おじ様が言った。
「それ全部、占いの札か?」
「全部。」
「手が込んどるな。」
少しだけ間を置いてから、必要なことだけ伝える。
「昔、一年かけて描いた。」
「毎日一枚。」
「三百六十六枚ある。」
それ以上は言わない。
理由も、作った年のことも。
おじ様は一瞬だけ目を見開いてから、低く唸った。
「……そうか。」
「そりゃ、手が込んどる。」
評価はそれだけだった。
意味を聞こうとはしない。
「で、何をすればいいんじゃ?」
聞かれたので、答える。
「いくつか並べる。」
「この中から選んで。」
カードを数枚、無作為に置く。
位置に意味は持たせない。
「好きなのを一枚。」
おじ様は腕を組んで眺め、少し考えてから一枚を指差した。
「これじゃな。」
拾い上げて、敷布の中央に置く。
表に返す。
五月五日。
こどもの日のカードだった。
鯉とこどもの絵。
線は歪んでいるが、動きがある。
憧れて描いた記憶。
「こどもが、楽しそうじゃな。」
「うん。」
それで十分だった。
カードを見つめたまま、少し考える。
解説はしない。象徴も語らない。
このカードは、自分の記憶と結びついている。
だから、言葉は慎重になる。
「大切なものがあるなら。」
「それを確認したり、振り返るのがいいと思う。」
おじ様は眉を寄せた。
「……正直、よく分からん。」
否定ではない。
「だがまあ。」
「覚えてはおこう。」
少し間を置いて、付け足す。
「思い当たる節が、
無いわけでもないしな。」
それで、この場は終わった。
当たったとも、外れたとも言わない。
何をされたか、完全には理解していない。
けれど、馬鹿にする気配もない。
自分の言葉が、
そのまま置かれている。
それだけは、伝わっている。
「約束どおりじゃな。」
おじ様はそう言って、腰を叩いた。
「魔法の話は明日じゃ。」
「今日はもう遅い。」
作業場の奥では、仕事上がりの気配が広がり始めていた。
工具が片付けられ、布で拭かれ、定位置に戻される。
金属同士が触れ合う、短く澄んだ音。
雑音が残らない。
棚の下から、瓶が取り出される音。
硬いガラスが木に触れる、低くて丸い音。
栓を抜く、乾いた音。
中身を注ぐ、ゆっくりした音。
酒の匂いが、かすかに広がる。
強くない。作業の延長みたいな匂いだ。
「人間用の来客宿舎もあるが……。」
「今から申請するのは難しいな。」
「どうする?」
作業場を見回す。
人の気配がある。
火がある。
音が、整っている。
不安は、ない。
「迷惑にならない場所で、
休めればいい。」
「なら、ここでいい。」
作業台の端に置かれた、小さな椅子。
ドワーフ用の椅子だ。
低いが、足裏がしっかり床につく。
重心が落ちる。
瓶が置かれる音。
誰かが笑う声。
木のカウンターに、グラスが当たる音。
どれも大きくない。
一定の間隔で、揃っている。
壁にもたれかかる。
石の冷たさが、心地いい。
不安は、ない。
今日は、ここまででいい。
そう思ったところで、
そのまま眠ってしまった。
占い好きが異世界で生き方を探す。──紙と火による秘教式技法 濃紅 @a22041
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