第3話
ドワーフのおじ様の後を、少し距離を空けて歩いた。
歩き方は相変わらず一定で、迷いがない。仕事帰り、と言っていた通りの足取りだ。自分はそれを追いながら、街の音をぼんやり聞いていた。
金属を打つ音。
歯車の擦れる音。
話し声と、笑い声。
地下なのに、息苦しさはない。ここは「暮らしている場所」だ。
通路が細くなり、天井が下がる。自然の洞窟に近い空間へ入ったところで、おじ様が立ち止まった。
その先に、扉があった。
岩を削って作られた壁に、金属で補強された扉。装飾はないが、役割ははっきりしている。通していい者と、そうでない者を分けるためのものだ。
扉の前には、門番が一人立っていた。
「止まれ。」
短い声だった。
「名前と用件を。」
そう言われて、自分は特に考えずに口を開いた。
「まいね・むいず。」
名前を聞かれたから、言ってみた。自分の名前は好きじゃない。
門番は一瞬、眉を動かす。
「……マイネ?」
発音を確かめるように、もう一度。
「そう。」
それ以上、付け足す言葉は思いつかなかった。
少しの沈黙。
門番の視線が、こちらの格好や荷物に向く。
白い肩掛け鞄。
和装ワンピース。髪。
紙と火の匂い。
おじ様が、横から口を出した。
「さっき言っといた人間じゃ。」
「害はない。迷い込んだだけじゃな。」
「……仕事帰りに?」
「そうじゃ。」
門番は一度、ため息をついた。
「用件は。」
「特に。」
答えたのは、自分だった。
嘘ではない。本当に、まだ何も決めていない。
門番はしばらく考えてから、扉に手をかけた。
「通れ。」
重い音を立てて、扉が開く。
中は、さらに奥だった。
通路を抜けると、作業場に出た。壁一面に工具が並び、床には金属屑。熱と油の匂いが濃い。生活の延長にある仕事場だ。
「ちょっと道具を置いてくる。」
おじ様はそう言って、奥へ進む。
自分は、ついていった。
作業場の一角で、別のドワーフが手を動かしていた。無駄のない動き。集中しているのが、遠目にも分かる。
その時、空気が変わった。
──魔法だ。
音はない。
光も派手じゃない。
けれど、金属と鉱石の間に、明確な意志が通っている。
石が削られるのではなく、位置を変える。
鉄が溶けるのではなく、形を受け入れる。
細い鎖が組まれ、留め具が付けられ、最後に磨かれる。
出来上がったのは、ネックレスだった。
綺麗だった。
気づけば、じっと見つめていた。
「初めてか?」
おじ様の声で、我に返る。
「……うん。」
「ドワーフの技術は大陸一じゃからな。」
「あれは鉄や鉱石、その性質を知って、知識を積んでいけば出来るようになる。」
誇らしげというより、当然のこととして語る。
「今では武器より、そういう物の方が需要がある。」
「守るのは、剣だけじゃないからな。」
自分は、ネックレスから目を離せなかった。
魔法、使ってみたい。
思った瞬間、言葉が出ていた。
「……教えてほしい。」
衝動だった。
言ってから、少し恥ずかしくなる。
おじ様は一瞬驚いた顔をして、それから笑った。
「ほう。」
腕を組み、こちらを見る。
「なら、儂を占ってくれ。」
占い、という言葉で、頭の奥が切り替わる。
「それが出来たら、報酬として——」
「出来ることは、しよう。」
取引の形を取ってくれたのが、ありがたかった。
自分は、ゆっくり頷く。
これは、判断を迫られている。
自分にしか答えられないこと。
占おう。
自分が自分で信じられる判断は、
いつも善意から始まる。
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