足りない人形

神夜紗希

足りない人形

大好きな祖母が亡くなってしまった。


小さい頃から遊んでくれて、美味しいご飯を作ってくれて、いつも母に内緒でお小遣いをくれた。


中学生の頃までは、よく親戚の子供達みんなで祖母の家に集まったが、一人、また一人と、成長が進むに連れて集まらなくなっていった。


私も高校生になると、部活や友達との約束が増えて、祖母に会いに行く日が減ってしまった。


祖母の声が聞きたいのと、直接会いに行く回数が減った負い目から、

必ず月に一回は祖母に電話した。


部活の事、気になる男の子の事、友達と喧嘩した事、祖母には何でも話していた。


祖母は別れの挨拶をする時に、いつも優しい声で私を落ち着かせるように言ってくれた。


『何があっても、私は○○ちゃんの味方やけん。何でも話せば良い。』


本当に、優しくて、大好きだった。

…もっと、会いに行けば良かった。


電話なんかじゃなくて、顔を見て、話せば良かった。


まさか、こんな急な別れになるなんて思ってもみなかった。


祖母が交通事故に遭った。


青信号の横断歩道を歩いてる最中に、信号無視の車に轢かれてしまったと、震える母の声で連絡が入った。


打ちどころが悪く、救急搬送されて、手術する事もなく、亡くなったらしい。


世界の色が一瞬消えたような、

全身の力が全て消えたような、

崩れ落ちたいのに体が連動しない、

変な感覚が体と頭の中を回る。


生と死の境が遠いようで近かったと、急に思い知らされた。


もう祖母とは、話せないのだ。


その日も、お通夜も、お葬式も、火葬の時も、私は祖母の顔を、声を、言葉を、ずっと思い浮かべた。


そうすれば、祖母がずっと側にいてくれる気がした。


しばらく経つと、少しずつ気持ちも生活も元に戻っていった。


母もようやく祖母の遺品整理ができるまで落ち着いたようだった。


リビングに行くと、母が紙袋から色々取り出していた。


その中に、薄汚れた人形があった。

髪の毛も服もない人形で、

不気味に微笑みを浮かべていた。


母は人形を気味悪そうに見ながら言った。


「…ちょっと怖いね。おばあちゃん、こんなの持ってたかなぁ?」


私は首を傾げながら言った。


「おばあちゃん裁縫得意だから、お人形の修復頼まれたんじゃない?あたしもよく直してもらったもん。」


「確かにそうね。預けた人が分かるか調べとくわ。」


「じゃぁ、あたしが持っとく!洗って、おばあちゃんまでは出来ないけど、綺麗にするよ。」


私はすっと人形を持つ。


その瞬間、手の平に、

ぞわりと肌が栗立つような感覚が走った。


思わず人形をジッと見つめたが

その違和感の正体を、私は考えないことにした。


まさか、この日から人形を手放せなくなるとは、

この時の私は思ってもいなかった。


しばらくして学校に行けるようになると、無性に髪の毛を集めたくなった。


人の髪を抜くのはダメだと分かっているが、床や机、トイレの床でさえも、落ちている髪の毛が目に入ると拾い集める。


それがおかしい行動だと、頭の片隅では分かっているのに、体は動いてしまう。


学校の教室や廊下、体育館や運動場でも、

抜け毛を見つけては集めていった。

友達や先生に止められても、やめられなかった。


家に帰れば、その髪の毛を毎日毎日人形に付けていく。


次第にやつれていき、学校に行く体力もなくなっていった。


最初は薄汚れていた人形が、手入れをしていないのに、どんどん綺麗になっていく。


ベッドに横になっていると、自分の最近の異様な行動を思い出し、ツラくて怖くて涙が止まらなくなった。


……あの人形は、何かを集めさせる?


その考えに辿り着いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。

もう、学校に行けないかもしれない。


ネガティブな考えしか浮かばない、こんな自分が嫌になった。


何とか気持ちを持ち上げたくて、

祖母が亡くなった時と同じように、祖母の顔を、声を、言葉を、頭の中で思い出した。


「おばあちゃん…」


そう呟いた時、枕元に置いていたスマホの着信音が鳴り出した。


それと同時に体が動かなくなった。


(…っ!え、これって金縛り?)


訳が分からずに怯えていると、机の上に置いていたはずの人形が胸の上にいた。


肌だけは綺麗で、髪の毛は幾人もの髪の毛が縫い合わされて、長さも色もバラバラだった。


自分がこんなにおぞましい物を作っていたのかと、ゾッとした。


まだ昼前なのに、カーテンの向こう側が異様に暗くなった。


人形が、

ギギッ…

ギギッ…

と体を揺らし始めた。


口をパクパク開こうとしても言葉が出てこない。


枕元のスマホは鳴り続けている。


人形が顔の向きだけを、

ギギッ…

とこちらへ向けた。


(…誰か!助けて!)


頭の中で叫んだ。


スマホの着信音が止まった。


遠く、遠く、小さい声がスマホから聞こえてきた。

何度も何度も、電話口で聞いた、優しい声。


『○○ちゃん、○○ちゃん。

何があっても、私は○○ちゃんの味方やけん。何でも話せば良い。』


その声を聞いて、出せなかった声が喉の奥から飛び出した。


「……っ!ぉばあちゃん!!助けてっ」


声が、出せた。

体が、動かせた。

もう救われたと、この時は感じた。


思い切り起き上がると、人形は力が抜けたように、部屋の隅へゴロゴロと転がっていった。


ベッドから飛び降りて、それを自分の服で何重にもグルグル巻きにして、一階にいる母親の元に持って行った。


母親もちょうど電話をしていたようだった。


すごい勢いで降りてきた私を見て、目を丸くしていた。


母親は、元気そうに動く私を久しぶりに見たと、安心して話し出した。


その人形の持ち主は、おばあちゃんの事故に関わった人物の物だったらしい、と。


おばあちゃんからの電話と同時刻に、警察から連絡が入ったようだった。


母親に、今あった事を全て話した。

ここ最近の自分の行動も。


母親は血相を変えるとすぐに人形を警察に返し、住職がいる神社に私を連れて行った。


青ざめた住職は、何も説明しなくても、ただ何度も経を唱えた。


もう、祖母から電話が来ることはない。

ただ、私の中にはいつでも祖母の声が、言葉が、思い出がある。


…そして、私の手の中には、人形の腕がある。


一時、人形によっておかしくなってしまった私は、学校ではすっかり浮いた存在になってしまっていた。


ひどい態度や仕打ちを受ける毎日だった。

友達からも担任からも。


そんな時、見つけたのは、ベッドの下にあった人形の腕。


転がった際に外れたようだった。


確認する間もなくグルグル巻きにしたから、腕が取れていた事に気付かなかったのだ。


私は、毎日学校に腕を持って行く。


どいつの鞄に入れてやろうか。


窓際の席に座り、校庭を見ながら毎日毎日考える。


窓に映る自分の顔は、あの人形と同じ、不気味な微笑みを浮かべていた。

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足りない人形 神夜紗希 @kami_night

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