第7話:最期の言葉

「……あぁ、無生産者の。稼ぎ頭がいないと、困りますもんねぇ」


「関係ねぇ! この子が何をしたってんだ!」


「フレームレス化した人物の親近者ということなのでね」


「そんな話があるか! いつだってそうだ。壁ができてから、俺たちトーウォン人は人間じゃなくなったのか? 政府の犬め!」


 ドゥルーさんがベインに掴みかかろうとするが、ロマがその腕を振り払った。ベインは笑みを崩さず、ドゥルーさんを見下ろす。


「無生産者が公務執行妨害ですか。拘束には十分な理由ですね」


 ドゥルーさんはロマの手を振り払い、イオの手錠を奪おうと必死にもがく。イオもドゥルーさんの手を取ろうとするが、手錠がかけられた腕は届かない。


 ロマがイオの腕を強く引き、ドゥルーさんから引き離した。


「やめろ! イオは俺の、俺たちの希望なんだ」


「妙なことを言う。あなたたちの未来は、一つだけですよ。あなたたち、適当に痛めつけておきなさい」


「はっ! お前ら、死なない程度にな!」


 兵士たちが集団になってドゥルーさんを取り囲み、過剰な殴打を繰り返した。やめてください、というイオの悲痛な叫びが響き渡る。骨と肉がぶつかり合う音のなかから、しかしそれでも、ドゥルーさんは何かを伝えようとする。


「生きろ、生きろよ、イオ……生きて、できるだけ多く、笑ってくれよ……」


 ドゥルーさんが意識を失うと同時に、その身体から黒い煙が立ちこめてきた。イオの心からも、なにか決定的なものが抜け落ちていくのを感じる。もう、すべてから目を背けてしまいたい。目の奥に、重く鈍い痛みがあった。


 異形化していくドゥルーさんを見て、ベインがほくそ笑む。


「今日は大漁ですねぇ」


「そんな……う、うぅ……ウソだ……」


 煙はやがてドゥルーさんの全身を覆い、その輪郭を急速に変形させていく。イオの目の前で、彼を育ててくれたかけがえのない存在が、みるみる面影をなくしていった。絶望がイオの胸を締め付け、呼吸すらままならない。


 次の瞬間、青く眩い光がイオの手元を掠めたかと思うと、イオの手錠が弾け飛んだ。


「!?」


 その光はイオの周りを囲いながら上方へと延びていき、イオと周囲と断絶させる。


 光が消えたとき、それは高い塔としてそびえ立ち、同時にイオの姿も忽然と消えていた。


「あー、こっちも厄介ですねぇ」


 セトが塔を見上げながら呟く。ベインの指示でロマたちが銃弾を撃ち込むが、なんら効果はなかった。


「核は?」


 ロマの問いに、セトは上方を指さし、見えないんですよぉ、と笑うと、諦めたような素振りで後方へと引き下がっていった。


「おい、任務の途中だ」


 ロマの言葉に、セトは振り返ることなくヒラヒラ手を振った。


 一方のイオは、地中を進んでいた。塔は上方だけではなく、筒状に地中を掘り進めていたのだ。


「ドゥルーさん……。ぼくを守ってくれたんだね……」


 形としてのみ示されたドゥルーさんの愛情を、イオはたしかに感じている。人の形を失ってもなお、ドゥルーさんは自分を生かそうとしている。


「でも、ここからどうすれば……」


 透明の筒の中を進みながら、イオは心に暖かいものを感じるが、しかし筒はイオの言葉を返してはくれない。


 どのくらい歩いただろうか。ドゥルーさんの意識が明確であれば、自分たちの家の地下室につなげてくれそうなものだが、おそらくこの通路はまったく異なる方向に進んでいる。


 ようやく通路が上方に向かいはじめ、地上に出ると、そこは例の壁の目の前だった。


(壁の中に行けってこと?)


 ふと、さっきまで感じていた暖かさが消えた。イオにはドゥルーさんの意図がわからない。壁の中まで自分を運ぼうとして、何らかの理由で断念した? そもそも意図があるのかどうかも、もはやはっきりしない。


 というか、自分のことよりも、ドゥルーさんを元に戻す方法がないのかを知りたかった。


「ドゥルーさん、ジッドさんが待ってるよ……。ドゥルーさんがいなくなったら、ぼくだってなんで生きているのかわからないよ……」


「理由なんてないですよぉ、生きるのにも、死ぬのにも」


 イオの背筋が凍る。振り返ると、セトがくるくるとブレードを弄んでいた。その気の抜けた姿はしかしイオにとって、呪いの憑き物めいた恐怖を抱かせる。


「なんで、ここに」


「なんとなく? ニオイ? みんなに伝わらないから、嘘ついて来ちゃいましたケド……」


(このままじゃドゥルーさんもこいつに……)


 イオの全身がこわばる。ただ、セトの様子をじっと窺っても、何一つ策は浮かばなかった。本当は直視するのもおそろしく、今すぐその場から逃げ出してしまいたいくらいなのだ。


「……? どうしたんですか、そんなにビクビクして」


「だって、殺すつもりだろ。ドゥルーさんも、コベンみたいに」


「えっ?」


 キョトンとするセトに、イオも一瞬呆気にとられる。何か自分が、大きな勘違いをしている?


「やだなぁ、もう死んでますから。大丈夫ですよ?」


「はっ?」


 息が吸えない。鼓動が急に早くなる。事実を確かめるのを、身体が全力で拒んでいる。

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形なき者たちの挽歌――絶望が怪物を生むこの島で、ぼくは他人の感情を武器にする―― @gorillasheep

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