第6話:連鎖する絶望
「核も見えませんねぇ。地中の方かな? うーん、長引くと地面ぐちゃぐちゃになっちゃいますし……。とりあえずっ!」
セトが大きく踏み込んだ瞬間にはもう、その姿は天秤の真下にあった。また次の瞬間には、飛び上がったセトが太刀を振るい、天秤の両腕を切り落としてしまう。
天秤の動きが緩慢になるとともに、地面の揺れも収まっていく。しかし間もなく、黒い靄が天秤を包んだかと思うと、瞬く間にその両腕が再生されていた。
「やっぱり核を見つけた方が早そうですねぇ」
地中から触手が伸びてくる。セトはアクロバティックに天秤の腕に飛び乗りながら、すれすれのところで攻撃を躱していった。まもなく天秤は、そのほとんどを触手に巻き付かれた格好になる。
「まだ核が見えないですねぇ。あぁ、そうか」
セトはイオの方に視線を向けた。
「大事なヒトはわかるんですもんね」
セトは天秤に背を向けると、イオの方にトコトコ走り出した。天秤はそちらに傾き、セトの足元に亀裂が生じる。セトは小さな跳躍を繰り返して地中からの触手を躱し、ペースを調整するように少しずつイオの方へと近づいていく。
そのたび触手の量は増えていき、セトを握りつぶそうと、あるいは突き刺そうと蠢く。しかしそのたび、セトはスルリと触手を抜けてはトトンとその上を駆けていく。
「みっけ」
セトの目が鋭く光る。次の瞬間、セトは地面から這い出した触手の根元を突き刺し、大きな音とともに天秤は地に伏してしまった。
「おっけーですよぉ」
ベインの方に向かって、ぴょんぴょんと頭の上に丸を描くセト。それが意味している事柄を、イオの頭はまだ受け入れることができない。
「……ロマ」
「はっ」
ロマと呼ばれた若い男に、ベインが何か注射器のような機器を2つ手渡した。ロマはそのまま、セトの方に駆けていき、ブレードが刺さった箇所で立ち止まる。
「ここが核ですね」
セトが指をさしたところに、ロマが針を打ち込む。すると、天秤と触手はみるみる収縮していった。イオはちらっと、その天秤が元のコベンの姿へと戻っていくことを期待したが、収縮したあとに残されたのは人間大の、消し炭のような黒い塊だった。
「そんな……」
愕然とするイオのことなど気にもとめず、セトとロマはもう一方のフレームレス――コベンの祖母が変形した球の方へと向かっていく。
「ボクが行ってきましょうかぁ? あそこまで上るの、大変ですしぃ」
「舐めるな。貴様は黙って核の位置だけ教えりゃいいんだよ」
ロマは器用に球体を駆け上がっていく。セトは「一回だけやってみたいんだけどなぁ」と不満げに呟くが、スッと球体のてっぺんまで移動すると、ロマに核の位置を指し示した。
呆然とその光景を見つめるイオの手首を、後ろからぐいっと掴む者があった。邪な笑みをたたえたベイン。
「ちょっと、いくつか伺いますね。天秤になった彼とは、どういう関係で?」
「えっと、コベンは、どうなっちゃうんですか?」
「質問しているのはこちらですよ」
手首を握る力が強まり、イオは思わず「痛っ」と声を漏らす。
「聞き方を変えましょうか。なぜあなたは、わざわざこんな危険なところに?」
イオは答えに詰まる。ジッドばあさんのことは、政府に知られてはいけない。
「たまたま、コベンの声が聞こえて……」
「避難命令への違反は禁固刑の対象なんですよ。我々の治安維持活動においても、余計な手間を生じさせることになるんですよねぇ」
「ごめんなさい……」
「で、命令を無視するほど、彼は大事な存在だった?」
「そう、だと思います」
「その割には、悲しそうじゃないですねぇ」
「そんな……本当に、何が起きたのか……」
「彼は発症して、フレームレスになりました。駆除対象となったので、我々が即時駆除しました。この事実を聞いて、何か思うところは?」
「駆除だなんて……コベンはだって、誰よりも優しくて、明るくて……」
イオの目にようやく涙が浮かぶ。それを追うように溢れてくる嗚咽。身体がひどく熱い。
「うっ……ううっ……なんで、なんでコベンが……それなら、ぼくの方がよほど……」
取り乱すイオを見て、ベインがほくそ笑む。
「あぁなったら、誰だろうが関係ないんですよ。放っておけば、多くの命を危険に晒しますから。あなたも、ね」
そう言って、ベインはイオの手首に手錠をかけた。一体なにが? 混乱するイオだが、もはや抵抗する気力も残っていない。
「統計上、フレームレスと化した人間に近い関係にあった人ほど、フレームレス化のリスクが高いんですよねぇ。あなたも、高リスク帯の人間のようなので、拘束させてもらいますよ。ほら、ロマ。これを」
戻ってきたロマが、ベインから手錠を引き取り、かわりに先の機器を手渡す。
「抽出量は2体で42エグゼンでした」
「そうですか。今回もまぁ平均的でしたね」
部隊が撤退しようとしたところに、駆け寄ってくる老人の姿があった。
「イオ!? おい、イオをどこに連れてくつもりだ!」
ドゥルーさんが血相を変えて、ロマに詰め寄っていく。ベインはドゥルーじいさんを静止し、冷たい笑みを浮かべた。
「……あぁ、無生産者の。稼ぎ頭がいないと、困りますもんねぇ」
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