幕間 制御という名の首輪
地下施設、最上層。
強化ガラス越しに訓練ドームを見下ろす会議室。
そこには、軍服でも白衣でもない、
“決定権だけを持つ人間”が集められていた。
「……予想以上だな」
最初に口を開いたのは、防衛省次官だった。
「特に《レムナント》」
大型モニターに、模擬戦の映像が映し出される。
剣で銃を制圧する瞬間。
バレットの首元に刃を止めた場面。
「剣で、銃に勝つ。
理屈としては理解できる」
白衣の科学者が言う。
「だが問題はそこではありません」
映像が切り替わる。
他の生還者たちの戦闘データ。
「彼だけが、“全体を見ている”」
「戦っている最中ですら、観測者の視点を失っていない」
沈黙。
それは、本来あり得ない。
「……兵器としては優秀だ」
誰かが呟く。
「だが、制御対象としては最悪だ」
否定する者はいなかった。
◆
「改めて確認しよう」
長官席に座る男が、指を組む。
「我々の目的は、人類の存続だ」
「英雄の育成ではない。
感情の救済でもない」
「使えるものを使い、
使えなくなったら、処分する」
淡々とした宣言。
「そのために、生還者の制御は絶対条件だ」
科学者が、端末を操作する。
「制御方法は、三段階構造です」
スクリーンに、図が映る。
⸻
第一段階:情報遮断
「彼らは、自分たちが知るべき以上の情報を持っていません」
「外部との接触は完全遮断。
ニュース、家族、過去の人間関係――すべて遮断済み」
防衛省幹部が言う。
「“帰る場所”がなければ、人は従う」
「これは、心理的首輪です」
◆
第二段階:身体制御
画面が切り替わる。
「生還者全員の体内には、制御用ナノデバイスが埋め込まれています」
「心拍、脳波、アドレナリン値を常時監視」
「暴走兆候が見られた場合――」
一瞬、言葉が切れる。
「即座に、神経遮断」
別の男が続ける。
「最悪の場合、
生命活動を停止させることも可能」
誰も眉一つ動かさない。
「遠隔操作だ。
彼らは、自分が“いつでも止められる”ことを知らない」
◆
第三段階:精神的依存
「ここが、最も重要です」
科学者が言う。
「彼らは、“異世界での人生”を本物だと強く誤認させる」
「それを、我々が肯定し続ける」
「どういうことだ?」
「簡単です」
彼は、冷たく笑った。
「ここが、彼らの“続きの世界”だと刷り込む」
「戦場。
仲間。
役割。」
「それらを与え続けることで、
彼らは“ここにいる意味”を失わない」
「……逆に言えば」
長官が言う。
「意味を与えなければ、崩れる」
「はい」
◆
「問題は、例外だ」
防衛省次官が、映像を切り替える。
《シェル》。
重装甲で笑う女。
「……あれは、危険だ」
「サイコパス傾向。
共感性の欠如。
快楽刺激への反応が異常」
「だが、制御しやすい」
科学者が即答する。
「命令に従う。
理由を必要としない」
「善悪も、理解している。
理解した上で、気にしない」
「つまり――」
「壊れたまま、完成している」
一同が頷く。
「《シェル》は、前線用だ。
盾として、最適」
◆
「……では、《レムナント》は?」
その名が出た瞬間、
空気が張り詰める。
「彼は違う」
科学者が、慎重に言葉を選ぶ。
「自我が、強すぎる」
「異世界の論理を、現実に持ち込み、
なおかつ適応させている」
「さらに――」
映像が、切り替わる。
バレットを殺さなかった場面。
「彼は、“選べてしまう”」
「殺すか、殺さないか。
従うか、疑うか」
「兵器に、選択肢は不要だ」
沈黙。
長官が、ゆっくり言う。
「……制御は可能か」
科学者は、少し迷い――答えた。
「可能です」
「ただし――」
「直接は、無理です」
「彼は、首輪を察知する」
「では、どうする」
科学者は、別の映像を映す。
《シェル》が、レムナントに話しかける場面。
「間接的に制御します」
「彼女を、鍵にする」
「《レムナント》は、
彼女を“危険”だと認識している」
「止めようとする。
守ろうとする。
監視しようとする」
「その行動原理を、利用する」
長官が、静かに頷く。
「……餌として、十分だ」
◆
「最後に」
長官が立ち上がる。
「もし、制御に失敗した場合」
誰も、口を挟まない。
「全生還者を、廃棄する」
「例外は、ない」
「人類は、彼らなしでも滅ぶ可能性がある」
「だが――」
視線が、ドームに向けられる。
「彼らの暴走で滅ぶよりは、マシだ」
静かに、会議は終わった。
◆
誰もいない廊下で、
一人の若い研究員が、呟いた。
「……本当に、大丈夫なんですか」
上司が、振り向きもせずに答える。
「大丈夫だ」
「兵器は、必ず壊れる」
「問題は――」
一瞬、言葉が詰まる。
「壊れたとき、
誰が止めるかだ」
その答えは、
すでに決まっていた。
――剣を持つ、あの男。
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