幕間 制御という名の首輪

地下施設、最上層。

強化ガラス越しに訓練ドームを見下ろす会議室。


そこには、軍服でも白衣でもない、

“決定権だけを持つ人間”が集められていた。


「……予想以上だな」


最初に口を開いたのは、防衛省次官だった。


「特に《レムナント》」


大型モニターに、模擬戦の映像が映し出される。

剣で銃を制圧する瞬間。

バレットの首元に刃を止めた場面。


「剣で、銃に勝つ。

理屈としては理解できる」


白衣の科学者が言う。


「だが問題はそこではありません」


映像が切り替わる。

他の生還者たちの戦闘データ。


「彼だけが、“全体を見ている”」


「戦っている最中ですら、観測者の視点を失っていない」


沈黙。


それは、本来あり得ない。


「……兵器としては優秀だ」


誰かが呟く。


「だが、制御対象としては最悪だ」


否定する者はいなかった。



「改めて確認しよう」


長官席に座る男が、指を組む。


「我々の目的は、人類の存続だ」


「英雄の育成ではない。

感情の救済でもない」


「使えるものを使い、

使えなくなったら、処分する」


淡々とした宣言。


「そのために、生還者の制御は絶対条件だ」


科学者が、端末を操作する。


「制御方法は、三段階構造です」


スクリーンに、図が映る。



第一段階:情報遮断


「彼らは、自分たちが知るべき以上の情報を持っていません」


「外部との接触は完全遮断。

ニュース、家族、過去の人間関係――すべて遮断済み」


防衛省幹部が言う。


「“帰る場所”がなければ、人は従う」


「これは、心理的首輪です」



第二段階:身体制御


画面が切り替わる。


「生還者全員の体内には、制御用ナノデバイスが埋め込まれています」


「心拍、脳波、アドレナリン値を常時監視」


「暴走兆候が見られた場合――」


一瞬、言葉が切れる。


「即座に、神経遮断」


別の男が続ける。


「最悪の場合、

生命活動を停止させることも可能」


誰も眉一つ動かさない。


「遠隔操作だ。

彼らは、自分が“いつでも止められる”ことを知らない」



第三段階:精神的依存


「ここが、最も重要です」


科学者が言う。


「彼らは、“異世界での人生”を本物だと強く誤認させる」


「それを、我々が肯定し続ける」


「どういうことだ?」


「簡単です」


彼は、冷たく笑った。


「ここが、彼らの“続きの世界”だと刷り込む」


「戦場。

仲間。

役割。」


「それらを与え続けることで、

彼らは“ここにいる意味”を失わない」


「……逆に言えば」


長官が言う。


「意味を与えなければ、崩れる」


「はい」



「問題は、例外だ」


防衛省次官が、映像を切り替える。


《シェル》。


重装甲で笑う女。


「……あれは、危険だ」


「サイコパス傾向。

共感性の欠如。

快楽刺激への反応が異常」


「だが、制御しやすい」


科学者が即答する。


「命令に従う。

理由を必要としない」


「善悪も、理解している。

理解した上で、気にしない」


「つまり――」


「壊れたまま、完成している」


一同が頷く。


「《シェル》は、前線用だ。

盾として、最適」



「……では、《レムナント》は?」


その名が出た瞬間、

空気が張り詰める。


「彼は違う」


科学者が、慎重に言葉を選ぶ。


「自我が、強すぎる」


「異世界の論理を、現実に持ち込み、

なおかつ適応させている」


「さらに――」


映像が、切り替わる。


バレットを殺さなかった場面。


「彼は、“選べてしまう”」


「殺すか、殺さないか。

従うか、疑うか」


「兵器に、選択肢は不要だ」


沈黙。


長官が、ゆっくり言う。


「……制御は可能か」


科学者は、少し迷い――答えた。


「可能です」


「ただし――」


「直接は、無理です」


「彼は、首輪を察知する」


「では、どうする」


科学者は、別の映像を映す。


《シェル》が、レムナントに話しかける場面。


「間接的に制御します」


「彼女を、鍵にする」


「《レムナント》は、

彼女を“危険”だと認識している」


「止めようとする。

守ろうとする。

監視しようとする」


「その行動原理を、利用する」


長官が、静かに頷く。


「……餌として、十分だ」



「最後に」


長官が立ち上がる。


「もし、制御に失敗した場合」


誰も、口を挟まない。


「全生還者を、廃棄する」


「例外は、ない」


「人類は、彼らなしでも滅ぶ可能性がある」


「だが――」


視線が、ドームに向けられる。


「彼らの暴走で滅ぶよりは、マシだ」


静かに、会議は終わった。



誰もいない廊下で、

一人の若い研究員が、呟いた。


「……本当に、大丈夫なんですか」


上司が、振り向きもせずに答える。


「大丈夫だ」


「兵器は、必ず壊れる」


「問題は――」


一瞬、言葉が詰まる。


「壊れたとき、

誰が止めるかだ」


その答えは、

すでに決まっていた。


――剣を持つ、あの男。

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