第8話 笑う防壁
「次。
《シェル》」
呼ばれた瞬間、
彼女は――楽しそうに、笑った。
「はーい」
間延びした声。
場違いなくらい、明るい。
女性。
年齢は二十代前半に見える。
重装甲のスーツを着ているせいで体型は分かりづらいが、
声と仕草だけ見れば、戦場とは無縁の人間に見える。
「相手は?」
「今回は単独評価だ」
スピーカーが答える。
「防御適性、行動心理、危険度測定」
「なぁんだ」
シェルは肩をすくめた。
「殴り合いじゃないの?
つまんなーい」
その言葉に、
俺は背中がぞっとした。
――違う。
彼女は、戦いを“殴り合い”と認識していない。
◆
模擬敵ユニットが展開される。
タイプ・ゼロを模した自律兵器。
数は五。
「開始」
瞬間――
シェルは、動かない。
ただ、立っている。
撃たれる。
直撃。
装甲が火花を散らす。
「……痛い?」
シェルは、首を傾げた。
次の瞬間、笑う。
「んー……でもさ」
一歩、前に出る。
「これ、死なないんでしょ?」
さらに撃たれる。
弾丸が、装甲にめり込む。
だが、止まらない。
「だったら――」
彼女は、敵に向かって歩く。
「当たっても、いいよね?」
その言葉が、
俺の中で嫌な音を立てた。
――こいつ、防御が得意なんじゃない。
“当たることを許容している”。
敵が、距離を取る。
だが、シェルは追わない。
ただ、ゆっくり近づく。
「ほらほら」
敵の攻撃を、真正面から受ける。
装甲が、砕ける音。
だが、彼女は笑っている。
「ねえ、ねえ」
ついに、間合い。
彼女は、敵の頭部を掴んだ。
「人ってさ」
ぎゅっと、力を込める。
「壊れるとき、どんな音すると思う?」
――ぐしゃ。
模擬敵の頭部が、潰れる。
静寂。
「……あ、これ機械か」
残念そうに、呟いた。
「つまんないなぁ」
◆
評価は、圧倒的だった。
防御性能。
継戦能力。
精神耐性。
すべて、規格外。
だが――
俺は、別のものを見ていた。
(……こいつ)
シェルは、痛みを感じている。
恐怖も、分かっている。
だが――
それを“不快”だと思っていない。
「ねえ」
戦闘終了後、
彼女は俺に話しかけてきた。
「レムナントくん、だっけ?」
距離が、近い。
「さっきの剣、かっこよかったよ」
にこっと、笑う。
「ねえ、どうして人って、殺されるの嫌がるんだと思う?」
――来た。
俺は、視線を逸らさずに答える。
「……怖いからだろ」
「うん」
即答。
「分かるよ」
その言葉に、
一瞬だけ、安心しかけて――
「でもさ」
彼女は、楽しそうに続けた。
「怖いってだけで、やめる理由になる?」
――駄目だ。
この女、
理解しているのに、共感していない。
「だって、壊れるのって面白いじゃん」
軽い口調。
ジョークみたいに。
「音も、形も、反応も。
全部、違うんだよ?」
俺は、何も言えなかった。
シェルは、くるりと回る。
「安心して」
笑顔。
「私はね、命令があればちゃんと守るよ?」
その言葉が、
一番怖かった。
◆
その夜。
独房に戻った俺は、確信していた。
バレットは、死に場所を探している。
グラッジは、怒りに縋っている。
ウィスプは、戦場から逃げている。
だが――
「……シェルは、違う」
彼女は、戦場を楽しめる。
壊すことを、選べる。
感情はある。
倫理も、理解している。
それでも――
ブレーキが、存在しない。
「ジョーカー、かよ」
思わず、呟く。
政府が欲しがる理由も、分かる。
制御できれば、最強の盾。
前線で、味方を守る“壁”。
だが――
制御を失えば。
「……一番最初に、味方を壊す」
剣を握る。
俺は、戦える。
だが――
あれを止められるのは、剣だけかもしれない。
そう思ってしまった時点で、
俺も、十分壊れている。
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