第8話 笑う防壁

「次。

《シェル》」


呼ばれた瞬間、

彼女は――楽しそうに、笑った。


「はーい」


間延びした声。

場違いなくらい、明るい。


女性。

年齢は二十代前半に見える。

重装甲のスーツを着ているせいで体型は分かりづらいが、

声と仕草だけ見れば、戦場とは無縁の人間に見える。


「相手は?」


「今回は単独評価だ」


スピーカーが答える。


「防御適性、行動心理、危険度測定」


「なぁんだ」


シェルは肩をすくめた。


「殴り合いじゃないの?

つまんなーい」


その言葉に、

俺は背中がぞっとした。


――違う。


彼女は、戦いを“殴り合い”と認識していない。



模擬敵ユニットが展開される。


タイプ・ゼロを模した自律兵器。

数は五。


「開始」


瞬間――

シェルは、動かない。


ただ、立っている。


撃たれる。


直撃。


装甲が火花を散らす。


「……痛い?」


シェルは、首を傾げた。


次の瞬間、笑う。


「んー……でもさ」


一歩、前に出る。


「これ、死なないんでしょ?」


さらに撃たれる。


弾丸が、装甲にめり込む。


だが、止まらない。


「だったら――」


彼女は、敵に向かって歩く。


「当たっても、いいよね?」


その言葉が、

俺の中で嫌な音を立てた。


――こいつ、防御が得意なんじゃない。


“当たることを許容している”。


敵が、距離を取る。


だが、シェルは追わない。


ただ、ゆっくり近づく。


「ほらほら」


敵の攻撃を、真正面から受ける。


装甲が、砕ける音。


だが、彼女は笑っている。


「ねえ、ねえ」


ついに、間合い。


彼女は、敵の頭部を掴んだ。


「人ってさ」


ぎゅっと、力を込める。


「壊れるとき、どんな音すると思う?」


――ぐしゃ。


模擬敵の頭部が、潰れる。


静寂。


「……あ、これ機械か」


残念そうに、呟いた。


「つまんないなぁ」



評価は、圧倒的だった。


防御性能。

継戦能力。

精神耐性。


すべて、規格外。


だが――

俺は、別のものを見ていた。


(……こいつ)


シェルは、痛みを感じている。


恐怖も、分かっている。


だが――

それを“不快”だと思っていない。


「ねえ」


戦闘終了後、

彼女は俺に話しかけてきた。


「レムナントくん、だっけ?」


距離が、近い。


「さっきの剣、かっこよかったよ」


にこっと、笑う。


「ねえ、どうして人って、殺されるの嫌がるんだと思う?」


――来た。


俺は、視線を逸らさずに答える。


「……怖いからだろ」


「うん」


即答。


「分かるよ」


その言葉に、

一瞬だけ、安心しかけて――


「でもさ」


彼女は、楽しそうに続けた。


「怖いってだけで、やめる理由になる?」


――駄目だ。


この女、

理解しているのに、共感していない。


「だって、壊れるのって面白いじゃん」


軽い口調。


ジョークみたいに。


「音も、形も、反応も。

全部、違うんだよ?」


俺は、何も言えなかった。


シェルは、くるりと回る。


「安心して」


笑顔。


「私はね、命令があればちゃんと守るよ?」


その言葉が、

一番怖かった。



その夜。


独房に戻った俺は、確信していた。


バレットは、死に場所を探している。

グラッジは、怒りに縋っている。

ウィスプは、戦場から逃げている。


だが――


「……シェルは、違う」


彼女は、戦場を楽しめる。


壊すことを、選べる。


感情はある。

倫理も、理解している。


それでも――

ブレーキが、存在しない。


「ジョーカー、かよ」


思わず、呟く。


政府が欲しがる理由も、分かる。


制御できれば、最強の盾。

前線で、味方を守る“壁”。


だが――

制御を失えば。


「……一番最初に、味方を壊す」


剣を握る。


俺は、戦える。


だが――

あれを止められるのは、剣だけかもしれない。


そう思ってしまった時点で、

俺も、十分壊れている。

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