第7話 生き残った者は、同じ壊れ方をしない
《レムナント》
ドームの緊張は解けなかった。
むしろ、濃くなった。
「次の試合を行う」
スピーカー越しの声は、少しだけ上ずっている。
――さっきの結果が、想定外だった証拠だ。
「第二試合。
《ウィスプ》
名前を呼ばれた二人が、前に出る。
ウィスプは、相変わらず感情の薄い顔で、
ドローンを静かに展開させていた。
六機。
小型、浮遊、砲口内蔵。
一方、グラッジ。
「……は」
低く笑う。
身長は二メートル近い。
筋骨隆々。
手にしているのは、近未来素材で作られた巨大な斧。
「女相手かよ」
声には、露骨な苛立ちが混じっていた。
「……別に、勝ちたいわけじゃねえ」
だが、その手は強く斧を握っている。
――こいつは、怒りだ。
怒りを失わなかった代わりに、
怒り以外を失った。
床が分割される。
「開始」
◆
ウィスプは、動かない。
代わりに、ドローンが散開する。
無音。
まるで、意思がないかのような動き。
(……いや)
俺は、目を細めた。
(あれは、“自分で動いてない”)
ウィスプは、戦場に立っていない。
後方から、盤面を見ている。
「……ちっ」
グラッジが、地面を蹴る。
直線的。
力任せ。
斧を振りかぶり、
ウィスプ本体へ突っ込む。
その瞬間――
ドローンが、一斉に火を噴いた。
光線。
実弾ではない、熱量兵器。
グラッジの装甲が、焦げる。
「――っぐ!」
だが、止まらない。
「効くかよぉ!!」
斧を振る。
衝撃波。
ドローン一機が、叩き落とされる。
「……一機、ロスト」
ウィスプが、淡々と呟く。
声が、揺れない。
怖くないのか?
――違う。
怖がる“自分”が、そこにいない。
ドローンが、さらに距離を取る。
撃つ。
下がる。
撃つ。
完璧なヒット&アウェイ。
だが――
「――ああああああ!!」
グラッジが、吼えた。
怒りを燃料に、無理やり距離を詰める。
装甲が焼け、
血が流れ、
それでも前に出る。
「俺はよぉ……!」
斧を振り上げる。
「守れなかったんだよ!!」
斧が、地面に叩きつけられる。
ドームが、揺れた。
衝撃で、ドローン二機がバランスを崩す。
「……っ」
ウィスプの指が、わずかに震えた。
初めての“乱れ”。
グラッジは、その隙を逃さない。
「だから……!!」
突進。
「今度は、全部壊すって決めたんだ!!」
斧が、横薙ぎに振るわれる。
ドローン三機が、まとめて吹き飛んだ。
火花。
煙。
「……残り一機」
ウィスプの声が、かすかに歪む。
(来るぞ)
俺は、息を呑んだ。
ドローンは、ウィスプの頭上に集まる。
「――防御モード」
遅い。
グラッジが、間合いに入る。
斧を振り上げ――
「――やめろ!!」
俺の声と、
スピーカーの声が、重なった。
「そこまでだ!」
斧が、止まる。
ウィスプの喉元、数センチ。
グラッジの肩が、激しく上下している。
「……ちっ」
斧を下ろす。
「勝ち、だろ」
沈黙。
「……勝者、《ウィスプ》」
判定は、無情だった。
グラッジは、笑った。
「……はは」
乾いた声。
「結局、守れなかった」
そのまま、座り込む。
ウィスプは、しばらく立ち尽くし――
そして、ぽつりと言った。
「……私、怖かった」
誰も、反応しない。
「怖かったのに……
止めたいって、思わなかった」
それが、彼女の壊れ方だった。
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