第7話 生き残った者は、同じ壊れ方をしない


《レムナント》バレットの模擬戦が終わっても、

ドームの緊張は解けなかった。


むしろ、濃くなった。


「次の試合を行う」


スピーカー越しの声は、少しだけ上ずっている。

――さっきの結果が、想定外だった証拠だ。


「第二試合。

《ウィスプ》グラッジ


名前を呼ばれた二人が、前に出る。


ウィスプは、相変わらず感情の薄い顔で、

ドローンを静かに展開させていた。


六機。

小型、浮遊、砲口内蔵。


一方、グラッジ。


「……は」


低く笑う。


身長は二メートル近い。

筋骨隆々。

手にしているのは、近未来素材で作られた巨大な斧。


「女相手かよ」


声には、露骨な苛立ちが混じっていた。


「……別に、勝ちたいわけじゃねえ」


だが、その手は強く斧を握っている。


――こいつは、怒りだ。


怒りを失わなかった代わりに、

怒り以外を失った。


床が分割される。


「開始」



ウィスプは、動かない。


代わりに、ドローンが散開する。


無音。


まるで、意思がないかのような動き。


(……いや)


俺は、目を細めた。


(あれは、“自分で動いてない”)


ウィスプは、戦場に立っていない。


後方から、盤面を見ている。


「……ちっ」


グラッジが、地面を蹴る。


直線的。

力任せ。


斧を振りかぶり、

ウィスプ本体へ突っ込む。


その瞬間――


ドローンが、一斉に火を噴いた。


光線。

実弾ではない、熱量兵器。


グラッジの装甲が、焦げる。


「――っぐ!」


だが、止まらない。


「効くかよぉ!!」


斧を振る。


衝撃波。


ドローン一機が、叩き落とされる。


「……一機、ロスト」


ウィスプが、淡々と呟く。


声が、揺れない。


怖くないのか?


――違う。


怖がる“自分”が、そこにいない。


ドローンが、さらに距離を取る。


撃つ。

下がる。

撃つ。


完璧なヒット&アウェイ。


だが――


「――ああああああ!!」


グラッジが、吼えた。


怒りを燃料に、無理やり距離を詰める。


装甲が焼け、

血が流れ、

それでも前に出る。


「俺はよぉ……!」


斧を振り上げる。


「守れなかったんだよ!!」


斧が、地面に叩きつけられる。


ドームが、揺れた。


衝撃で、ドローン二機がバランスを崩す。


「……っ」


ウィスプの指が、わずかに震えた。


初めての“乱れ”。


グラッジは、その隙を逃さない。


「だから……!!」


突進。


「今度は、全部壊すって決めたんだ!!」


斧が、横薙ぎに振るわれる。


ドローン三機が、まとめて吹き飛んだ。


火花。


煙。


「……残り一機」


ウィスプの声が、かすかに歪む。


(来るぞ)


俺は、息を呑んだ。


ドローンは、ウィスプの頭上に集まる。


「――防御モード」


遅い。


グラッジが、間合いに入る。


斧を振り上げ――


「――やめろ!!」


俺の声と、

スピーカーの声が、重なった。


「そこまでだ!」


斧が、止まる。


ウィスプの喉元、数センチ。


グラッジの肩が、激しく上下している。


「……ちっ」


斧を下ろす。


「勝ち、だろ」


沈黙。


「……勝者、《ウィスプ》」


判定は、無情だった。


グラッジは、笑った。


「……はは」


乾いた声。


「結局、守れなかった」


そのまま、座り込む。


ウィスプは、しばらく立ち尽くし――

そして、ぽつりと言った。


「……私、怖かった」


誰も、反応しない。


「怖かったのに……

止めたいって、思わなかった」


それが、彼女の壊れ方だった。

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