第6話 剣は、引き金よりも早い
カウントダウンはなかった。
床が完全に沈み、フィールドが分断された瞬間、
バレットはすでに銃を構えていた。
――早い。
だが、それは予想通りだった。
「……っ!」
乾いた破裂音。
弾丸が、俺のいた場所を正確に撃ち抜く。
俺は、すでにそこにいない。
踏み込んだ瞬間、視界が静止した。
いや、正確には――
俺の中だけが、異常なほどに“落ち着いた”。
(……この距離、三十メートル)
異世界で、何度も経験した。
魔術師、弓兵、砲撃型の魔王軍。
銃は強い。
だが――
「“狙う”って動作がある以上、剣は死なねえ」
俺は、斜め前へ走る。
一直線じゃない。
撃たれることを前提に、軌道を刻む。
二発目。
三発目。
弾丸が、空気を裂く感覚が分かる。
――見えている。
正確には、予測できている。
バレットの銃は優秀だ。
だが、彼自身は“反射”で撃っている。
考えていない。
感情も、意志もない。
ただ、敵を認識した瞬間に引き金を引く。
(……それじゃ、足りない)
銃が剣に負ける理由は、単純だ。
銃は“距離”を武器にする。
剣は“時間”を武器にする。
そして俺は――
時間の中で生きてきた。
異世界で、何百年も。
「――っ!」
地面を蹴る。
一瞬、身体が浮く。
その瞬間を、バレットは逃さない。
銃口が、正確に俺の胸を捉える。
「……死ね」
感情のない声。
引き金。
だが――
俺は、その“死線”を知っている。
空中で、剣を振る。
弾丸を斬ったわけじゃない。
斬ったのは、“射線”だ。
刃を振ることで、身体の軌道を変える。
ほんの数センチ。
それだけで、弾丸は致命点を外れる。
着地。
距離、十五メートル。
「……っ!?」
バレットの眉が、わずかに動いた。
――遅い。
初めて、彼が“考えた”。
その瞬間を、俺は逃さない。
(ここだ)
踏み込み。
地面が砕ける。
近未来型の身体強化スーツ。
だが、それを最大限に引き出しているのは、俺の感覚だ。
異世界の身体操作。
重力の捉え方。
殺気の読み。
すべてが、現実に持ち込まれている。
「……は?」
バレットの声が、間抜けに聞こえた。
距離、五メートル。
近すぎる。
銃は、近接に弱い。
だが――
バレットは、そこで笑った。
「――あはっ」
壊れた笑み。
「やっとだ……!」
声が、震えている。
「この距離……好きなんだよ」
銃を捨てる。
代わりに、腰から短剣を抜いた。
「……?」
一瞬、戸惑う。
だが、次の瞬間、理解した。
――こいつ、撃ち合いがしたいんじゃない。
「殺されるかもしれない瞬間が、好きなんだ……!」
バレットが、突っ込んでくる。
動きは速い。
だが、雑だ。
理屈がない。
「俺はさぁ……!」
短剣が、振るわれる。
「生き残った理由が、分かんねえんだよ!!」
剣で受ける。
金属音。
火花。
「撃って! 殺して! それでも死ななかった!!」
バレットの目は、完全にいっていた。
「だったらさぁ!!
戦場にいなきゃ、意味ねえだろ!!」
――なるほど。
こいつは、
生き残ったことを、肯定できていない。
だから、戦う。
だから、殺す。
死に場所を探している。
「……悪いな」
俺は、静かに言った。
「俺は、まだ――」
踏み込む。
「生きてる理由、探してる途中だ」
剣を、横に薙ぐ。
バレットの短剣が、弾き飛ばされる。
一瞬の隙。
その首元に、刃を止めた。
「……チェックメイトだ」
沈黙。
バレットの喉が、ひくりと動く。
「……あ?」
信じられない、という顔。
「……殺さねえのか?」
「模擬戦だ」
俺は、剣を下ろさない。
「それに――」
目を、真っ直ぐ見る。
「お前、死にたがってるだけだ」
その言葉に、
バレットの表情が、初めて崩れた。
「……っ」
笑いが、消える。
代わりに浮かんだのは、
子供みたいな、困惑。
「……うるせえ」
剣を引く。
フィールドが、解除される。
スピーカーから、声が響いた。
「……勝者、《レムナント》」
ざわめき。
監視室の向こうで、
政府の人間たちが慌ただしく動いているのが見えた。
――想定外。
剣が勝ったことじゃない。
俺が、迷いなく戦えたこと。
殺さずに終わらせたこと。
そして――
“異世界の戦闘理論が、完全に現実に適応していること”。
バレットは、その場に座り込んだ。
「……ちくしょう」
震える声。
「……俺、なんで生きてんだよ」
誰も、答えなかった。
俺も、答えられなかった。
ただ一つ、分かったことがある。
俺は――
政府の想定した“兵器”じゃない。
もっと厄介で、
もっと不安定で、
それでも――
剣を捨てられない、
異物だ。
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