第5話 生き残りは、兵器になる

生還者が再び集められたのは、地下施設最深部のブリーフィングルームだった。


天井は高く、壁一面が巨大なスクリーンになっている。

無駄に広い。

逃げ場がないことを、視覚的に教え込むための空間だ。


俺――《レムナント》は、無意識に腰の剣へと手を伸ばしかけて、止めた。


ここは戦場じゃない。

だが、戦場よりも緊張する。


「……揃ったな」


スクリーンの前に立ったのは、あの白髪混じりの男だった。

相変わらず、名乗らない。


「本日は、君たちに改めて“現状”を説明する」


スクリーンに映像が映し出される。


焼け落ちた都市。

巨大な影。

逃げ惑う人々。


何度も見せられた映像だが、胸の奥が鈍く痛んだ。


「未知生命体――通称タイプ・ゼロは、現在も世界各地に出現している」


「通常兵器は効果が薄い。

戦車、戦闘機、ミサイル……いずれも“決定打”にはならない」


男は淡々と続ける。


「理由は単純だ。

彼らは“学習する”」


スクリーンに、戦闘データが重ねられる。


「攻撃パターンを解析し、適応する。

固定化された戦術は、数分で無効化される」


バレットが、鼻で笑った。


「だから、人間か」


「そうだ」


男は即答した。


「人間は、非効率で、感情的で、予測不能だ。

だからこそ、彼らに対抗できる」


その言葉に、吐き気がした。


「そこで君たちだ」


視線が、一斉にこちらへ向く。


「仮想世界で数百年分の戦闘を経験し、

恐怖と死に適応した存在」


「君たちは、兵士ではない」


一瞬、言葉に期待しかけてしまう。


だが、続きがそれを叩き潰した。


「“兵器”だ」


静まり返る部屋。


「感情を残したまま、戦場に最適化された兵器。

それが、君たちの価値だ」


ウィスプが、ぽつりと言った。


「……私たちは、もう人じゃないってこと?」


男は、否定も肯定もしなかった。


「人である必要はない。

役割を果たせば、それでいい」


その瞬間、俺は理解した。


こいつらは、俺たちを救うつもりなんてない。

“使い切る”つもりだ。


「……なあ」


俺は、手を挙げた。


「一つ、聞いていいか」


「簡潔に」


「なんで、俺たちの“元の記憶”を削った」


空気が、わずかに揺れた。


男は、数秒だけ沈黙し、答える。


「必要な処置だ」


「理由になってない」


「理由は、二つある」


スクリーンが切り替わる。


「一つ。

現実世界への未練は、戦闘判断を鈍らせる」


家族。

友人。

帰る場所。


それらがある限り、人は躊躇する。


「もう一つ」


男は、こちらを真っ直ぐに見た。


「君たちが、“異世界の人生”を否定しないためだ」


胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「仮想世界が、人生のすべてだったと認識させる。

そうすれば、精神は安定する」


「……安定、ね」


俺は、思わず笑った。


「壊れる前に、削っただけだろ」


男は、何も言わなかった。


それが答えだった。



説明が終わり、俺たちは別室へ移動させられた。


円形の訓練ドーム。

天井には観測用のカメラが無数に浮いている。


「次は、模擬戦闘だ」


男の声が、スピーカーから響く。


「目的は二つ。

君たちの“武器適性”の相互理解。

そして――」


一瞬、間が空く。


「個体差の選別だ」


バレットが舌打ちした。


「……要するに、格付けか」


「そうだ」


否定しない。


「誰が前線向きで、誰が後方支援向きか。

あるいは――」


言葉が、続かなかった。


続けなくても、分かる。


――使えない者。


「……やっぱり、最悪だな」


俺は、小さく呟いた。


装備が配られる。


バレットは銃。

ウィスプはドローン群。

グラッジは斧。

シェルは重装甲。


俺は――剣だけ。


「……変わらねえな」


異世界でも、ずっとそうだった。


派手な力はなかった。

ただ、斬るだけ。


「第一試合」


スピーカーが告げる。


「《レムナント》バレット


一瞬、場が静まった。


「……俺かよ」


「近接と遠距離。

最も分かりやすい組み合わせだ」


床が分割され、二つのフィールドに区切られる。


バレットが、こちらを見る。


「悪いな。手加減はしない」


「……望むところだ」


剣を抜く。


刀身が、静かに光る。


この瞬間だけは、余計なことを考えなくていい。


政府の思惑も。

失った記憶も。

自分が何者かも。


ただ、目の前の敵を見る。


「……行くぞ、《レムナント》」


「ああ」


床が、ゆっくりと下がり始める。


戦いが、始まる。

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