第4話 残された者たちの、違う戦い方

 外での戦闘が終わりまた無機質な病室に移動させられた。そして1日が経ち、またも呼び出し。億劫な気持ちを無視して、

医療用ベッドから起き上がったとき、違和感はすでにそこにあった。


頭が、妙に軽い。

目覚めた直後の混濁とは違う、もっと根深い欠落感。


「……?」


記憶を辿ろうとすると、指が空を掴むような感覚がした。


異世界のことなら、すぐに思い出せる。

剣の重さ。

血の匂い。

仲間の声。

最後に見た、魔王の崩れる姿。


なのに――


「……俺、何してたんだっけ。実験前」


そう呟いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。



生還者が集められたのは、地下施設の一角にある円形の部屋だった。


壁一面がガラス張りで、外から観察できるようになっている。

まるで、水槽だ。


「……動物園かよ」


誰かが、乾いた声で言った。


部屋の中央には、俺を含めて5人。

男女混合。年齢もばらばら。


共通しているのは、全員が“普通ではない”雰囲気をまとっていることだけだった。


「識別名で呼び合ってください」


監視越しの声が告げる。


「あなた方に、個人名はありません」


誰も反論しなかった。

反論するだけの“個人”が、もう残っていない。


最初に口を開いたのは、長身の男だった。


「……《バレット》だ」


腰に提げているのは、大型の銃。

近未来型のレールガンに見える。


「武器適性は射撃。

考えるより先に、引き金を引いてる」


淡々とした声。

感情が、どこか欠けている。


次に名乗ったのは、細身の女。


「《ウィスプ》」


手元には、浮遊する小型ドローン。

常に彼女の周囲を旋回している。


「私は、指示を出してるだけ。

戦ってる感覚が、ないの」


その言葉に、薄ら寒さを覚えた。


他にもいた。


巨大な斧を持つ《グラッジ》。

防御特化の装備を纏う《シェル》。

そして――


「……《レムナント》だ」


俺が名乗ると、数人がこちらを見た。


腰の剣。

それだけ。


「近接か」


バレットが言う。


「しかも、剣だけ。珍しいな」


「俺も、そう思う」


正直に答えた。


この世界なら、銃のほうが合理的だ。

それでも、俺に与えられたのは剣だけ。


――異世界と、同じ。


「……ねぇ」


ふと、ウィスプが言った。


「あなたたち、覚えてる?」


「何をだ」


「実験前のこと」


空気が、凍った。


誰も、すぐには答えない。


「……俺は、あんまり」


グラッジが、ゆっくり言う。


「仕事してたはずなんだが……何の仕事だったか、思い出せない」


「私も」


ウィスプが頷く。


「家族がいた気がする。でも、顔が出てこない」


バレットは、肩をすくめた。


「俺は、名前以外、ほぼ空白だ」


その瞬間、確信した。


――俺だけじゃない。



部屋に戻されたあと、一人で天井を見上げる。


「……やっぱり、そうか」


異世界の記憶は、鮮明だ。

何百年分も、生きた感覚すらある。


なのに、現実の記憶は、ぼろぼろだ。


学生だったのか。

社会人だったのか。

家族はいたのか。


「……笑える」


喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。


「異世界のほうが、人生長いとか」


本末転倒もいいところだ。


俺は“現実”を生きていたはずなのに、

“作られた世界”のほうが、俺を形作っている。


「……どっちが偽物なんだよ」


剣を見つめる。


異世界で、何千回と握った感触。

この手は、剣を知っている。


でも、ペンを持っていたかどうかも思い出せない。


「……はは」


思わず、笑ってしまった。


「政府さんよ、やりすぎだろ」


英雄譚を刻み込む代わりに、

元の人生を削った。


だから俺たちは、壊れなかった。

壊れる“部分”が、消されていたから。


「……残り物って名前、正解だったな」


《レムナント》。


過去を失い、役割だけ残った存在。


「……それでも」


剣を握る。


戦場に出れば、迷いは消える。

考えなくていい。

斬ればいい。


それが、救いなのか、逃げなのかは分からない。


だが、はっきりしていることが一つある。


「俺はもう、“戻る場所”がない」


異世界にも。

現実にも。


だから――


「前に進むしかない、か」


自嘲気味に呟く。


勢いで生きてきた。

考えずに、流されて。


その結果が、これだ。


「……最悪だな」


それでも、剣を置く気にはなれなかった。

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