第4話 残された者たちの、違う戦い方
外での戦闘が終わりまた無機質な病室に移動させられた。そして1日が経ち、またも呼び出し。億劫な気持ちを無視して、
医療用ベッドから起き上がったとき、違和感はすでにそこにあった。
頭が、妙に軽い。
目覚めた直後の混濁とは違う、もっと根深い欠落感。
「……?」
記憶を辿ろうとすると、指が空を掴むような感覚がした。
異世界のことなら、すぐに思い出せる。
剣の重さ。
血の匂い。
仲間の声。
最後に見た、魔王の崩れる姿。
なのに――
「……俺、何してたんだっけ。実験前」
そう呟いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
◆
生還者が集められたのは、地下施設の一角にある円形の部屋だった。
壁一面がガラス張りで、外から観察できるようになっている。
まるで、水槽だ。
「……動物園かよ」
誰かが、乾いた声で言った。
部屋の中央には、俺を含めて5人。
男女混合。年齢もばらばら。
共通しているのは、全員が“普通ではない”雰囲気をまとっていることだけだった。
「識別名で呼び合ってください」
監視越しの声が告げる。
「あなた方に、個人名はありません」
誰も反論しなかった。
反論するだけの“個人”が、もう残っていない。
最初に口を開いたのは、長身の男だった。
「……《バレット》だ」
腰に提げているのは、大型の銃。
近未来型のレールガンに見える。
「武器適性は射撃。
考えるより先に、引き金を引いてる」
淡々とした声。
感情が、どこか欠けている。
次に名乗ったのは、細身の女。
「《ウィスプ》」
手元には、浮遊する小型ドローン。
常に彼女の周囲を旋回している。
「私は、指示を出してるだけ。
戦ってる感覚が、ないの」
その言葉に、薄ら寒さを覚えた。
他にもいた。
巨大な斧を持つ《グラッジ》。
防御特化の装備を纏う《シェル》。
そして――
「……《レムナント》だ」
俺が名乗ると、数人がこちらを見た。
腰の剣。
それだけ。
「近接か」
バレットが言う。
「しかも、剣だけ。珍しいな」
「俺も、そう思う」
正直に答えた。
この世界なら、銃のほうが合理的だ。
それでも、俺に与えられたのは剣だけ。
――異世界と、同じ。
「……ねぇ」
ふと、ウィスプが言った。
「あなたたち、覚えてる?」
「何をだ」
「実験前のこと」
空気が、凍った。
誰も、すぐには答えない。
「……俺は、あんまり」
グラッジが、ゆっくり言う。
「仕事してたはずなんだが……何の仕事だったか、思い出せない」
「私も」
ウィスプが頷く。
「家族がいた気がする。でも、顔が出てこない」
バレットは、肩をすくめた。
「俺は、名前以外、ほぼ空白だ」
その瞬間、確信した。
――俺だけじゃない。
◆
部屋に戻されたあと、一人で天井を見上げる。
「……やっぱり、そうか」
異世界の記憶は、鮮明だ。
何百年分も、生きた感覚すらある。
なのに、現実の記憶は、ぼろぼろだ。
学生だったのか。
社会人だったのか。
家族はいたのか。
「……笑える」
喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。
「異世界のほうが、人生長いとか」
本末転倒もいいところだ。
俺は“現実”を生きていたはずなのに、
“作られた世界”のほうが、俺を形作っている。
「……どっちが偽物なんだよ」
剣を見つめる。
異世界で、何千回と握った感触。
この手は、剣を知っている。
でも、ペンを持っていたかどうかも思い出せない。
「……はは」
思わず、笑ってしまった。
「政府さんよ、やりすぎだろ」
英雄譚を刻み込む代わりに、
元の人生を削った。
だから俺たちは、壊れなかった。
壊れる“部分”が、消されていたから。
「……残り物って名前、正解だったな」
《レムナント》。
過去を失い、役割だけ残った存在。
「……それでも」
剣を握る。
戦場に出れば、迷いは消える。
考えなくていい。
斬ればいい。
それが、救いなのか、逃げなのかは分からない。
だが、はっきりしていることが一つある。
「俺はもう、“戻る場所”がない」
異世界にも。
現実にも。
だから――
「前に進むしかない、か」
自嘲気味に呟く。
勢いで生きてきた。
考えずに、流されて。
その結果が、これだ。
「……最悪だな」
それでも、剣を置く気にはなれなかった。
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