第3話

三ヶ月後、凛はEランクダンジョン「鉄爪の巣窟」に立っていた。


ここは緑苔の洞窟とは比べ物にならない。出現する魔獣は、鉄のように硬い爪を持つアイアンウルフと、毒を持つポイズンスパイダー。どちらもFランクの魔獣とは次元が違う強さだ。


入口の管理員は、凛を見て首を傾げた。


「ソロか? Eランクは推奨四人なんだが」

「大丈夫です」


凛は淡々と答えて、ダンジョンに足を踏み入れた。


洞窟内は暗く、湿った臭いが鼻をつく。壁には無数の爪痕が刻まれ、過去に何人ものハンターがここで戦ったことを物語っている。


最初の敵は、すぐに現れた。


灰色の毛並みを持つアイアンウルフ。体長は一メートルを超え、鋭い牙と鉄の爪を持つ獰猛な魔獣だ。


狼は唸り声を上げて凛に襲いかかった。


凛は短剣を構えたが、防御はしなかった。あえて攻撃を受け、そして回復する。それが今の凛の戦法だ。


アイアンウルフの爪が凛の右肩を引き裂く。


肉が裂け、骨が軋む。激痛が全身を駆け巡る。


しかし凛は動じなかった。すぐに回復魔法を発動し、傷を治す。そして反撃。短剣を狼の喉に突き立て、一撃で仕留めた。


治った右肩を動かしてみる。以前よりも硬く、強くなっている。


「やっぱり、強い敵ほど効果が大きい」


凛は確信した。Fランクの魔獣では、もう十分な強化は望めない。Eランク、Dランク、そしてさらに上。強い敵と戦い、より深い傷を負うことで、凛の体はさらに進化する。


次に現れたのは、ポイズンスパイダー。体長五十センチほどの黒い蜘蛛で、牙には致死性の毒を持つ。


蜘蛛は素早く動き、凛の左腕に噛みついた。


毒が体内に流れ込み、腕が紫色に変色する。激しい痛みと痺れ。普通のハンターなら、ここで解毒薬を使わなければ命に関わる。


しかし凛には回復魔法がある。


回復魔法を発動すると、毒が体内から排出され、変色した肌が元に戻る。そして驚くべきことに、治った左腕は毒への耐性を獲得していた。


試しに、もう一度別のポイズンスパイダーに噛まれてみる。


今度は、毒が効かない。牙が皮膚を貫けず、毒も体内に入らない。


「傷を負った部位が、その攻撃に適応する……」


凛は自分の能力の本質を理解し始めていた。


自己回復は、ただ治すだけではない。傷を負った経験を記憶し、同じ攻撃を受けないように体を進化させる。炎で焼かれれば炎に強くなり、毒を受ければ毒に強くなる。


これは、究極の適応能力だ。


凛はその日、鉄爪の巣窟で十時間戦い続けた。アイアンウルフを二十体、ポイズンスパイダーを十五体倒した。全身に無数の傷を負い、何度も毒を受けたが、そのたびに回復し、強くなった。


協会に戻ると、受付嬢の桜井ミサキが驚いた顔で凛を見た。


「蒼井さん、Eランクダンジョンをソロでクリアしたんですか?」

「はい」

「信じられない……普通、四人パーティーでも苦戦するのに」


ミサキは凛の記録を確認し、さらに驚いた。


「しかも、十時間も潜ってたんですね。魔石の数も……これ、ソロの記録じゃないですよ」


凛は黙って魔石を換金した。今日の収入は八万円。Fランクダンジョンの十六倍だ。


「蒼井さん、もしかして何か特殊なスキルを?」


ミサキが興味深そうに尋ねてきた。


「自己回復だけです」

「でも、それだけでEランクをソロクリアできるなんて……」


凛は答えなかった。自分の能力の本質を、まだ誰にも話したくなかった。


アパートに戻り、凛は鏡で自分の体を確認した。


全身の筋肉が引き締まり、皮膚は以前よりも硬く、傷跡は一つもない。そして何より、体の内側から力が湧いてくる感覚がある。


「まだ足りない。もっと強くなれる」


凛は協会のダンジョンリストを開いた。


次はDランクダンジョン「影狼の森」。


そこには、群れで行動する魔獣が待っている。より多くの傷を負い、より多くの経験を積む。それが凛の道だ。


翌週、凛は影狼の森に挑戦した。


ここは森の中に形成されたダンジョンで、出現する魔獣はシャドウウルフ。影のように素早く動き、群れで獲物を追い詰める厄介な魔獣だ。推奨人数は五人。


凛が森に足を踏み入れると、すぐに四体のシャドウウルフが現れた。


狼たちは凛を囲み、じりじりと距離を詰めてくる。一体が飛びかかり、凛の背中を爪で引き裂く。別の一体が足に噛みつき、さらに別の一体が腕を攻撃する。


四方八方からの同時攻撃。


凛の体は瞬く間に傷だらけになった。血が流れ、肉が裂ける。しかし凛は倒れなかった。


回復魔法を発動。


全身の傷が一斉に治癒し始める。そして凛は反撃に転じた。短剣を振るい、一体ずつ確実に仕留めていく。


戦闘が終わった時、凛の体はさらに強化されていた。


筋力は以前の二倍。皮膚の硬度は鉄に匹敵し、反射神経は通常の人間の三倍以上。


「これなら、Cランクダンジョンも狙える」


凛は次なるターゲットを定めた。


その頃、ハンター協会では凛の噂が広まり始めていた。


「Eランクダンジョンをソロでクリアした奴がいるらしい」

「しかもDランクにも挑戦してるって」

「ソロで? そんなの自殺行為だろ」


受付嬢のミサキは、凛の戦闘記録を見ながら考え込んでいた。


登録から半年。凛は着実に成長している。しかもソロで。これは異例中の異例だ。


「蒼井さん、一体何者なんだろう……」


ミサキは凛のプロフィールを確認した。


覚醒スキル:自己回復(他者回復不可)


欠陥ヒーラーとして、どのパーティーにも受け入れられなかった少年。しかし今、彼は単独で中級ダンジョンを攻略している。


「もしかして、私たちが見落としていた何かがあるのかもしれない」


ミサキは凛の今後に注目することにした。この青年が、どこまで成長するのか。それを見届けたかった。

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ヒーラーだけど自己回復しかできません。誰もパーティー組んでくれないのでソロでダンジョン潜ります カケガワ @kakegawa

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