第2話:生命の芽吹き

ゴミ箱に捨てた光る渦が何やらパチパチと鳴っているが気にしない。

 だって、参考書には通常なら三つだと書いてあったんだもん。

 二十個以上もあるのは多分良くない。

 だから捨てた、それだけのこと。

 平均的な数に調整してあげるのが、創造主としての優しさってやつなのだ。


「えっと……次は、数神時間安静にして命の鼓動を待つ……と」


 ふーん。また待つだけときたか。

 創造というのは、意外と暇な仕事なのかもしれない。

 でも、私はただの神じゃない。

 何かしらで偉業を成し得る神の見習い。

 誰よりも早く、最短距離で高神校への成長を掴む、時代の寵児なのだ。


(……それにしても、なんか静かすぎない?)


 さっき蓋を開けて熱を逃がしたせいか、箱の中はすっかり落ち着いてしまった。  

 参考書には激しい地殻変動とか荒れ狂う嵐とか、いかにも創造って感じのカッコいい言葉が並んでるのに。

 私の箱の中は、何もない冷神蔵庫の中みたいになっているではないか。


(もしかして冷やしすぎた……?)


 いやいや、そんなはずはない。

 私は天才。

 私の直感が熱すぎると判断したのだ。あれは正解だったはずだ。

 でも、ちょっと不安になって箱の横に顔を近づけてみる。

 半透明の壁越しに覗き込むと、そこには真っ暗な闇の中に、私が厳選して残した十個の渦が静かに、本当に静かに浮いていた。


「……あ。これ、いいじゃん。結構好きな形かも」


 よく見ると、渦自体が小さな小さな粒々からできている。

 興味深く覗いていると、何やらパチパチと小さく一瞬の光が連続していた。

 その様子はまるでフライ神パンでゴッズコーン作っている時みたいだと思った。


 その中の一つ、一際丸みがかかった粒が、私の視線を引きつけた。

 まだ熱を持ってドロドロしているはずなのに、どこか寂しそう。

 神の慈愛ってやつが、私の胸の中で疼いた。

 記述では見守ると書いてあったが、待つのは好きくない。

 誰だって日神ゴッドヌードルを食べられるまでの時間は惜しいものだ。

 なので……


 この子が早く一人前になれるように。

 ほんのちょっとだけ手助けしてあげたくなっちゃったのである。

 よし!、ちょっとだけ霧神吹きしとくか……

 ──シュッ


   ◇


 結局私は数神時間待つという指示を、自分なりに解釈することにした。

 ただ待つというのなら、その間に別のことをしていても問題ないはずである。

 ということで。

 私は神間超年ジャンポの続きを読み耽ることにした。

 今那由多の『堕天使サタンくん』、マジで激アツだったので仕方ない仕方ない。


 で、読み終わってふと箱に目を戻すと──


「…………えぅお?」


 思わず変な音が出た。

 箱の中が、変なことになっている。

 私が可愛いって言ったあの仄かに青い粒。

 それが、なんだか真っ白なカビみたいなものに覆われている。


 慌てて参考書をめくる。  えーっと、粒が白くなる……白くなる……あった。


・海洋形成:地表の冷却により水蒸気が凝結し、猛烈な雨が降り注ぐ現象。これが数千神年も続くことで海が生まれる。


 雨。

 いやいや、降りすぎでしょ。

 まだ生命の「せ」の字も見当たらないのに、いきなりバケツをひっくり返したような……

 いや、滝の中に星を突っ込んだみたいなことになっちゃってるじゃん。

 これ、絶対さっき蓋を開けてシュッっとしたせいだ。


 背中に嫌な汗が流れる。

 このままじゃ課題の自活する生命を創ることの前に、粒が溺れてしまう。

 あの陰湿な先生神の顔が浮かぶ。


「おや、キミの箱庭は……ずいぶんと湿っぽいですね。カビでも育てているんですか?」

 なんて嫌味を言われるのは、死んでも御免なのだ。


(……よし、バレなきゃいいのよね、バレナキャ……)


 重要:ただし、一度蓋をした後に直接的な干渉はしない事。


 参考書のあの文字が、真っ赤な警告灯みたいに頭の中で点滅している。

 既に何度も蓋を開けてしまっている。

 その度に手順とはかけ離れてしまている気がする。


 でも、これは干渉じゃない。

 ちょっとした湿度調整だ。

 聖神服セイント・クロスを乾かすためにドライ神ヤーを当てるのと一緒。

 創造主としての使命の一環。


 箱の蓋に手をかけた。

 指先が少し震えているのは、武者震いだ。

 そうに決まってる。

 そーっと、本当に数ミリだけ蓋をずらす。

 そして、自分の中の温められた呼気をその隙間に吹き込んだ。


「はーっ……ふーっ!!」


 体の中の温められた空気はそれだけで強烈な熱源になる。

 これなら、降りすぎた雨も一瞬で蒸発して、生命が過ごしやすい「カラッ」とした環境になるはず。

 ……だが。

 ちょっとやりすぎたかもしれない。

 箱の中の温度が、一気に跳ね上がった。

 青かった星は、今度は熱気で真っ赤に上気している。

 雨が止むどころか、地表の赤い液体が煮え立ち、箱の中は真っ白な蒸気で何も見えなくなった。


 こういう時こそ、私は冷静になる。

 冷静になって考えた。

 

「もういいや、なんか飽きてきた」

 

 やばい。

 つい思考が意図せず音にでてしまった。

 だが。

 思えばこの課題も、課題提出の内申点に響くだけ。

 普段から真面目に授業に出ていた私にとっては、さほどこれからに影響はあるまい。

 しかし友神の言葉を思い出す──


「なんかさぁ、新しい総理大神に変わってからこのカリキュラム必須になったらしいよ〜、ちゃんとやらなきゃマジやばいよね〜」

 …………。

 全然思うようにならないし、なんかちょっと匂うから窓の外から捨ててやろうと構えていたが踏みとどまる。

 (……っぶねぇー……危うく将来を棒に振るところだった……)

 取り乱しながら、私は無意識に箱を少し揺らしてしまった。

 すると──

 私の目の前には、信じられない光景が広がっていた。


 先ほどの粒の表面。

 そこには、私の吐息に含まれていた水分のおかげか温かい海という物ができていた。

 その中で、何かが「ピクッ」と動いたのだ。


(…………いた!!……今なんか動いたよね!?)


 それは、目に見えるか見えないかくらいの、小さな小さな黒の粒。

 でもそれは確かに、自分の意志で動いているように見えた。


(やった……! 私、本当に生命を創っちゃったよ……!!)


 感動が全身を駆け巡る。

 やっぱり私は天才だ 。

 参考書通りのやり方じゃ、きっとこんなに早く生命は誕生しなかった。

 私の適当さ……じゃなくて、柔軟な対応が奇跡を起こしたんだ。


 私は慌てて記録装置に向かって、得意げに声を出す。


「こほん。……独自の熱管理システムを導入した結果、想定を大幅に上回る速度で生命の発生を確認」


 自分で言ってて、ちょっと恥ずかしくなってきたけど、結果が全てだ。

 その小さな生命は、温かい海の中を漂いながら、少しずつ増えているように見える。

 一つが二つに。二つが四つに。

 見ていて飽きない。

 私がちょっと息を吹きかけただけで、こんなに必死に生きようとするなんて。

 なんだかこの箱の中の世界が、自分の一部みたいに愛おしくなってきた。


 だがこの時の私は、知る由もなかったのだ。

 生命は力強い。

 生命は安定を求める。

 けれど私の創り出した生命は、最初から過剰な熱と神の吐息という、ドーピングまみれの世界で産声を上げてしまったのである。


 鼻歌まじりに、私は次のステップを読み飛ばす。

 生命の安定なんてもう達成したようなものだ。

 あとは適当に記録をつけて、先生に提出するだけだと思っていた。


 ……まさか、あんな歪んだ進化が始まるだなんて、思いもしなかったのである。

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神がかる私の創造日記! 水秋 @mizuaki

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