古代ドワーフの遺産

「マジで腰いてー……なんとか温泉掘り当てて湯治しないと。そうしたら皆もお風呂に入れてハッピー。俺も湯治が出来てハッピー。完全無欠のプランだわ」


 木を組み合わせた輿を四体の先触れが肩に担ぎ、その上で腰を丸め横になっている醜悪なる邪神が、また邪な企みを抱いていた。

 彼らは毒森の中心地である山に向かっていて、出くわす野生動物は他の先触れが始末して進撃を続ける。


「この辺、硫黄の臭いがするから多分温泉はある。だから古代ドワーフの生き残りがいたら計画がぐっと進むんだけどなあ……」


 毒森の民がなんとか伝え続けていた伝承によると、この地の中心地はかつて山と地下を支配した古代ドワーフの一大拠点が存在していた。

 そして温泉の作り方なんてさっぱり分からない善意の馬鹿は、そんな素晴らしい種族なら温泉くらいなんとかできるだろうと安直な発想を持ち、いるかも分かっていない古代ドワーフを求めて遠出しているのだ。

 

 通常なら痕跡が簡単に見つかる筈はないのだが、流石は古代で大いに栄えた種族。


「これ石畳っぽいな……ここを進んでほしい」


 かなり風化しているが、古代ドワーフが石材や鉱物資源を多用する文化だったお陰で、確かな痕跡を見つけた醜悪王は、先触れ達を従えて進み……。


「こりゃ立派だ」


 岩肌に聳える巨大な門を見つけた。

 朽ち、壊れ果てているが、白亜の門は様々な金属で紋様を施され、なにかの偉人か神を称える像の名残も見られる。

 しかし誰かが最近手入れをした様子はなく、埃や汚れが堆積していた。


「両手十柱、第一指右親指。第一艦隊提督。戦争と平和の神。醜悪王。集なる一。異邦の魂、シュウイチが貴国を訪れる」


 明らかな廃墟とは言え、他国は他国だ。

 醜悪王、シュウイチは己の正式な肩書と名を名乗り、巨大な門の隙間を潜って足を踏み入れた。


「あー……こりゃ期待はできねえな……でもドワーフって思ったより背が高いんだな」


 そこにあったのは骨だ。

 骨太で逞しく背が高い。生前はさぞ勇猛でどっしりとした戦士だったことを感じさせつつも、今は生無き骨が石の通路のあちこちに散乱し、蜘蛛などの小さな命の巣になっている。


「いてて……外傷はないけど骨が酷く変色してる……今よりもっと酷い汚染に耐えきれなかった感じかね。盛者必衰、か。大量破壊兵器の打ち合いで滅んだ星を思い出すな……」


 輿から降りたシュウイチは干からびた自身の顎を擦るながら、かつての栄華が滅んだ原因を分析した。

 山の中とは思えない程の広大な空間を作り上げ、等間隔で配置された見事な像。主を失い輝いている精巧な装飾品。柱一つをとっても、神経質なまでに紋様が刻み込まれている。

 これらを作り上げながら、一夜で滅んでしまった古代ドワーフの骨は黒や紫に変色しており、装飾品や内装が荒らされていないことを考えると、突然の災害に対処できなかったことが伺える。


「ん? んんんん? ひょえええええええ。こ、こりゃ凄い。よくぞこんな……」


 骨を壊さないようによたよた歩いていたシュウイチは、特に開けた場所に出るとここ数百年は味わっていない驚愕を口にする。

 夜空を模した天井には、特に輝く星々に限定しているとはいえ、それに相当する色、大きさの宝石が埋め込まれ、巨大な満月は黄金の塊で形作られていたのだ。

 まさしく人工で作られた宝石の夜空。

 これを作り出すのにどれほどの費用と労力が必要だったのか、シュウイチはまるで想像できない。


「いや、まじかこれ。術の魔法陣だって? だけど……」


 シュウイチは更に愕然とする。

 兄弟姉妹と違って魔術的知識に疎い彼だが、星々を模した宝石はそれぞれが神秘によって連結されており、天体魔法陣とも表現出来る芸術だと気が付くことが出来た。

 ただ、妙なのだ。


「試みは……神々へのアクセスか? いや無理だろ。幾ら凄くても宝石だけじゃ出力足りないし、メールを送る相手が慈悲深い星の守護者みたいになってるじゃん。矛盾が起きてパイプが詰まっただけじゃなく、周囲で爆発しちゃった感じかあ」


 シュウイチが必死に目を凝らして魔法陣の目的を探ると、どうやら最高神アーリーに接触しようとした痕跡が伺える。

 しかしはっきりと目標を絞るために、詳細な定義を組み込んでいたが、そもそもの前提が間違っていた。


 神々は星の生命体を一度リセットしようと思いついた存在で、古代ドワーフが定義する星や命の守護者には程遠い。

 つまり交信先の定義が間違っているせいで魔力の輸送先が詰まり逆流した結果、周囲一帯を汚染したのではないかと推測できた。


「調べたら色々出てきそうだな……悪いけどもうちょっと付き合ってほしい」


 顎を擦ったシュウイチの言葉に、先触れ達は無言で頷き主に付き従う。


 兵たちの宿舎と思わしき部屋。

 遊具らしきものがある公園。

 水が流れていたのではと思わしき水路のような物。

 異様に大きな一枚岩の壁にびっしりと刻まれた文字。

 元は市場だったと思われる店の残骸。

 犇めく様に部屋が連なった集合住宅のようなエリア。


 それら全てに生命の名残は無く、あるのはかつての残骸だけだ。


「大都市だったんだな……ん?」


 シュウイチは恐らく数万人は軽く収容できる地下都市を彷徨いながら、更に下に続く階段を降りて首を傾げた。

 水は無いものの複雑な水路が巡り、日光が届かない地下なのに、大きな木が朽ちている庭園のような場所に辿り着き、その奥には神殿のよう建築物と立ち並ぶ白い像が複数あった。


「細部は違うけど多少の覚えがあるな」


 庭園を歩くシュウイチは苦笑しながら像の前を通り過ぎていく。

 それらは顔立ちや服装に差異があったものの、シュウイチが撲殺した。もしくは最初の火の爆発に巻き込んだ、最高神アーリーを頂点にした神話体系の神々だ。


『……』

「いや、怖さくなくていいよ。ここに住んでた者達に敬意を払おう」


 先触れの無言の提案にシュウイチは首を横に振る。

 確かに敵対している神々だが、今は亡きここの住人の所有物を壊す気にはならず、そのまま神殿の扉を開いた。


 随分と広い神殿だった。

 純潔を主張するかのように真っ白な石材で構成され、他の重要建築物と同じく金銀が多用されている神聖な空間。

 そこに巨大な肉塊があった。それも十個ほど。


 一つにつき材料は百人程。全部で千人だろうか。

 丸々とした肉塊はあちこちから手足が突き出し、胴、胸部、頭部が隙間なく組み込まれている肉塊……。

 しかも男女できちんと分けられて、五つの肉塊は筋肉質で逞しい男性や年若い青年と分かる頭部で構成され、残った五つの肉塊は豊かで柔らかそうな胸部、胴体、そして女性と分かる顔が肉塊の中で蠢いていた。


「呪い。アーリー神話体系。生きた魔力タンクにするための保存術式……ちっ」


 眠っている男女の体に纏わりつく術式。もしくは呪いを解析したシュウイチが舌打ちする。

 場合によっては文明を叩き潰すシュウイチだがこれは悪趣味の極みで、千人の肉塊は神へのエネルギーを送る生きた素材として利用されていたのだ。


「まあこのくらいならなんとかあべべべっ⁉」

 

 シュウイチはそれを解除するため、近寄ろうとした瞬間に吹き飛ばされた。


 その直後、怒りに燃える四体の先触れが、神殿の隙間から風のように現れた怪物に襲い掛かる。


「ギギャアアアアアアア!」


 どこに潜んでいたのかと思えるほど大きく、そこらの巨木に匹敵する怪物が吠えた。

 日の光を知らないのか真っ白な体色。退化した目とそれを補って余りある感覚器官。

 そして鋭い歯と輝く鱗。

 サイズさえまともなら、単に洞窟に住まう蛇のような怪物は身動ぎして先触れも吹き飛ばす。


 行き場を失った魔力を啜り続け異様に発達した寄生中のような蛇は、先触れの外骨格が形成した刃すら通さず、人の世にはなってはいない存在と化している。

 だが碌な知能が無いくせに肉塊が自分の生命線ということは理解しているようで、先触れと争いながらも肉塊は傷付けないように立ち回っていた。


 先触れが再び襲い掛かる。

 先程よりも刃は鋭く、より強靭な物に変わり、寄生蛇の鱗を貫こうとした。

 が。

 それでも寄生蛇の鱗に阻まれ逆に刃が折れる。

 気が遠くなるような年月、ずっと魔力を浴びている寄生蛇の基礎能力は異常の一言で、特化した破壊力を持っていない先触れには荷が重かった。


「ギギャアアアアアア!」


 吠える寄生蛇は確信していた。

 自らを害せる存在はいない。己こそが頂点捕食者。

 それは一言で霧散した。


「オイ」


 寄生蛇から血の気が失せ、先触れがなりふり構わず地に伏せ祈る。

 干からびたミイラはそこにいない


「わりいが、俺は人側の神だ」


 吹き飛ばされた先の瓦礫を押しのけて立ち上がり、ごきりと首の骨を鳴らすような動きをする荒魂の完全戦闘形態。


 タコとイカを混ぜたような顔、蛇と百足の体。ナメクジやカエルのような粘液。背から突き出る蜘蛛の足と蝙蝠の翼。ヤギや羊の足と頭から生えた角。至る所から突き出た蜂や蠍の針。

 それらに肥大化し過ぎた筋繊維を合わせて捻じりながら、露出した人の脳に様々な種の瞳が犇めく悪夢極まった姿。


 不変の存在としては中身があまりにも貧相で、最盛期の力など欠片もない。

 だがである。

 それでも。


 見捨てられた者達の主。

 救い掬い手。

 醜悪なる王が現れた。


「ギギャアアアアアアアアアアア!」


 生命の危機を感じたことが無い寄生蛇に逃げるという選択肢は思い浮かばず、よせばいいのに伸縮自在な首を伸ばして醜悪王に嚙みつき砕こうとした。


 パンッ。と乾いた音が神殿に響く。

 本気で殴る? 必要ない。

 蹴る? 必要ない。


 ただ醜悪王は軽く寄生蛇の顔を張っただけ。軽いビンタ。

 それだけで寄生蛇の鱗は消し飛び、頭部は丸ごと爆散して、肉の断面は焼け焦げ血すらも噴出しない。


「んぎっ……!」


 それと同時に一瞬戦闘形態になっただけで強い疲労を覚えた醜悪王が膝をつき、また元の干からびたミイラに戻る。


「こ、腰がぁ……! ぐ、ぐしゅっ」


 しかも蹲って背を丸め、腰に発生した痛みで涙と鼻水すら流す始末だ。

 経験者は分かるだろうが、腰が逝くと泣き叫びそうになってしまうものである。


「だ、大丈夫っ! ま、まだ仕事中だから……!」


 慌てて主を支えようとした先触れを手で押しとどめた醜悪王。シュウイチは肉塊の傍に這いよると、平和・平穏の神として身代わりの権能を発動。

 肉塊の呪いを全て自身に受け入れると、数秒だけ体がボコボコと膨れ上がりすぐに収まった。

 すると一塊になっていた男女の肉塊が解けて、まともな人体が床に倒れ伏す。


「あ、あ、アアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! 川が、大地が毒に! アアアアア゛ア゛ア゛!」

「なにごと⁉」


 そんな中で、唯一即座に目覚めた女が絶叫を上げる。

 集団の中で最も美しく、最も女性としての起伏に優れている地母神や女神の如き存在は、ウェーブのある長い金の髪を乱しながら、本来は慈愛に満ちていたサファイアのような瞳を見開き取り乱す。


 更に異変が起こる。

 彼女の後ろに突然現れた巨大な青い水瓶がどんどんと黒く変色し、溜まっていた水は酷い腐臭を放ち始める。


「出鱈目に受信して悪神の類に繋がってましたよー」

「ふえ?」


 そんな異変はすぐさま終わりを迎えた。

 無茶苦茶な交信をしていた水瓶が女性に決定的な悪影響を与える前に、シュウイチは権能を用いてその全てを押し潰す情報を送り続ける。

 すると水瓶は元の清らかな青さを取り戻し、正気を失っていた女がきょとんとした声を漏らす。


「あ、ああ……まさか真の神、肉の御方……」

「おっと」


 それが限界だったのだろう。

 女はシュウイチに縋るように一歩踏み出した後、意識を失い抱きかかえられた。

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肉塊文明ストラテジー・醜悪な文明の指導者が、英雄を悪と光落ちではなく肉落ちさせて戦う模様 福朗 @fukuiti

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