ナイフだけを身に着け、突撃し、敵を切り裂いて……果てる。それがナイファーの存在理由だ。
その身は一振りの刃であり、一番槍である。
故にこそナイファーの間合いに入る。その意味をこの世界の住人は知らないが、知っている者は一つの単語だけを思い浮かべるだろう。
即ち【死】である。
「ゴボッ」
ゴブリンたちの疑問の声は、気管から噴き出た血に遮られた。
いったいいつの間にいたのか。
顔を奇妙な仮面で隠した大柄な男が、分厚いナイフを両手にそれぞれ持っているのに、ゴブリンたちや囚われの人間。それどころか離れたところで見ていたエルザすら、彼が刃を突き刺すまで気が付かなかった。
「ウギャア!」
威嚇のために吠えたゴブリンの首が空を舞いながらナイファーを睨みつけ、次の瞬間には不思議そうな顔をして息絶えた。
なぜ吠える?
なぜ手を動かさない?
間合いに入ってしまったナイファーへの対処は、死ぬか、殺すかの二択のみ。
関係ない動作の全てが無駄の極みだ。
百戦錬磨という言葉を超越した大隊兵ですら、ナイファーのガスマスクを至近距離で認識したら、よっぽどの幸運が絡まない限り生き延びられない程だ。
凶刃がまた煌めく。
時に弧を描き、時に閃き、時に奔る。
いっそ芸術的な美しさでガスマスクの怪人はゴブリンたちの命を奪い去る。
彼は何回も、何百回も、何千回も、何万回も、何億回も繰り返した。
彼は何人も、何百人も、何千人も、何万人も、何億人も殺し続けた。
それが山奥にいた野蛮なる者達に後れを取る?
絶対にあり得ない。あり得る筈がない。
ジョンも同じだ。
ゴブリンたちの意識が民間人から離れたことで、遠慮することなく小銃を撃ち、二度と復活することない屍を生み出していく。
構え、撃つ。いったいどれほど繰り返してきた動作だろう。
灼熱の地だろうと、大嵐の日だろうと、変わらず撃ち続けてきたのだ。晴れた穏やかな日に外す方が難しかった。
「雷ヨオオオオ!」
ここでようやくゴブリンシャーマンが反撃する。
捻じれた杖に宿った魔力が霧散し、舌はだらりと垂れ、糞尿をまき散らして、頭蓋に突き刺さった投げナイフの感触を認識することなく倒れ伏した。
ナイファーが目と鼻の先にいる相手にナイフを投げて、当てられないのならその名を名乗っていない。
二投目。三投。四投。
残ったゴブリンたちも次々に投げナイフの餌食になり、僅かな抵抗も空しく命を終える。
「ヒギャアアアアアアアアア!」
一匹だけ、離れていたお陰で刃の嵐に巻き込まれなかったゴブリンが逃げ出した。ちょっと運が悪かったのは、逃げた先の倒木がいい感じに組み合わさって角になっていたことだろう。
つまり、角に潜むのが好きで好きで堪らない男にとって、楽園のようなポジションだった。
散弾、発射。
何かが破裂したような衝撃の少し後に、ポンプアクションの音が響いた。
ナイファーが間合いにおける死の概念ならば、ソレは角で絶対に先手を取り、絶対に相手を殺す必殺だった。
「クリア」
それを最後に、ナイファーはナイフを収納して作戦を終える。
勝利の余韻はなく、義務を果たした兵士の姿がそこにあった。
「皆さん、ご安心ください。我々は近くの街の冒険者です。街までは我々が護衛させていただきます」
ジョンは敢えておっとりと喋りながら集団に近寄り、ヒルダも混乱しながらその傍で歩む。
その時、ヒルダがゴブリンシャーマンの杖に括り付けられていた、紫色に光る石を認識してしまう。
system
【闇から零れ落ちた石が貴女をじっと見ている。それは怨嗟であり、狂気であり、邪なる者を称え称え称ええええええええええ貴女を狂気にいいいいいい】
ジョンが覗き返した。
system errarrrrrrrrrrrrrrrrrrrr。
【深淵から剥がれたナニカが|貴方《石》をじっと見ている。嗚呼、アア、あゝ、ああ。見よ。視よ。観よ。みよ! 天すら冒涜する王冠を! 神すら侵す滅びの刃を! 理すら揺れる勝敗の天秤を! 世界すら逃れることなき滅びを! あれこそが! ああああああああああれれれれれこそがいずれ来たりしししし!】
パキリ。
「きゃっ⁉」
「おっと。こんなのが持ってたってことは碌でもないから、壊れてラッキーだったかも」
「そ、そうですね!」
ヒルダは濁った石が突然砕けたことで悲鳴を上げたが、全く気にしていないジョンの言葉を素直に受け止めた。
(事後処理ってのを始めてするけど、政治的なことはさっぱりだぞ俺。それにヒルダちゃんの話を聞く限り、領主が妙に頼りないんだよなあ……最悪の場合はなんとか稼いで、孤児院の子供達をいい環境へ引っ越しだ)
一方、狂気を狂気で押し潰した怪物は途方に暮れていた。
二十数体の敵性種族を片付けて、今日は飲み会をしようという流れは無理だ。
だが頭を空っぽにして殺し合った経験しかないジョンは、政治的なアレコレに関しては無知に等しく、しかも面倒を感じる質だ。
(はあ……俺のこと、深く突っ込まれても困るし)
破壊と闘争の化身は心の中で、深い溜息を吐くのであった。