文化侵略
邪悪なる外宇宙の飛来物に侵入された毒森の民は、悍ましい侵略を受けていた。
貴重な繊維を騙し騙し使っていた民は……。
「暖かいねお母さん!」
「え、ええ。そうね」
もふもふとした毛と繊維でできた服を着た親子が喜んでいた。
村の傍では大型犬サイズの、外骨格の上に羊毛を纏ったような蜘蛛型生物がせっせと働き、蜘蛛糸と毛を合わせてかろうじて服と思わしき物体を作り、村人達に提供していた。
ただやっていることは童話の妖精でも、先触れと同じく醜悪文明の生物である蜘蛛型生物は悍ましい。ぎょろぎょろと動く目玉は背筋が震えるような嫌悪感を齎すし、浮かび上がった血管は威嚇するように拍動している。
牙は勿論鋭く、血を吸うようなまどろっこしいことをせず、獲物を直接噛み砕けるだろう。
尤も蜘蛛型眷属は、自分の仕事はこれでいいのだろうかと言いたげな表情を浮かべていたが、誰も醜悪な生物の感情を読み取れるはずがない。
本来は様々な場所に潜り込んで獲物の殺害を行なう眷属が、生物的機織り機と化しているのだから、何か違うよなあ……と首を傾げるのも仕方なかった。
そして本題に戻ろう……毒森の民が受けている侵略。それは文化的侵略だった!
恐らく醜悪王は、醜悪な文化での勝利を目指し、毒森の民の生活を一変させているに違いない。まさに悪党という他なかった。
「神よ、ありがとうございます」
ちなみに文化的侵略を受けている民は、今の問題を解決してくれるならなんだって拝んでやると、非常に逞しかった。
ついでに述べると神々と醜悪王の因縁は毒森の民の間で失伝して久しく、そう言った面での衝突もない。
とりあえず困ってるらしいから助けようとした醜悪文明と、明日より今なんだ! というメンタリティの民は非常に相性が良かったと言えるだろう。
それだけ毒森の民が追い詰められているとも言えたが。
(マ、マジで痛い……ぎっくり腰と四十肩と重度の筋肉痛が……!)
一方、祀られている側は、先触れが作り出した簡素な玉座に座って半泣きだった。
鼻水を垂らしそうなほどの痛みに常時苛まれている肉塊は、木の棒に縋りついてやって来た時点で威厳が欠片もなく、時折腰に手を当てる仕草は哀愁すら感じさせた。
(ここはやはり電気刺激か? いや、素人の俺が自分でやったら余計に酷くなりそう。誰か専門家がいないか? うん?)
情けないことを真剣に考えていた醜悪王は、物陰から自分を見ている小さな瞳に気が付くと、指先を淡く光らせてくるくる円を描き、子供達の意識を惹こうとした。
その様相は、深海で獲物をおびき寄せているチョウチンアンコウそのものだが、果たして彼に自覚はあるのだろうか。
そして光は醜悪王の指から離れ、子供達の周りで舞うと儚く空に消えていった。
(ふっ。ひょっとして保育士の適性があるかな?)
専門家に謝れと言いたくなるような感想を抱いた醜悪王だが、不思議な光景に子供達がキャーキャー言いながらはしゃいでいたのも事実だ。
尤もこれが貴公子なら様になっただろうに、生憎と干からびたミイラのため邪な儀式にしか見えない。
「神よ、先程のは……」
「え? 遊んだだけで特に祝福とかそんな感じじゃないですよ」
なにかとんでもない御業なのではないかと誤解した民に、干からびたミイラは気さくな返答をする。
民が困っているのは、明らかに人知を超えた存在があまりにも気安く、それこそ常人のような感性を持っていることだ。
超常的で何を言っているのか分からない存在も困るが、俗すぎる神格もそれはそれで、どうしたらいいか分からなくなる。
「とりあえず子供達に一汁三菜……なんとかお茶とお菓子を……」
醜悪王がぶつぶつ呟く。
何たる高慢。お菓子やお茶の概念が失われた毒森の民が、そんな贅沢品を口にする機会など無いのに、どうにかしようとするなど、まさに神の敵の発想だろう。
だたこの俗な精神だからこそ、良くも悪くも定命の存在と付き合えるのだ。
「おいでおいで」
「……!」
好奇心に目が輝いている少年を見かけた醜悪王は、困惑する周囲の人間を気にせず手招きする。
「あの、神様ってどこからきたんですか⁉」
厳しい環境で遠慮すると命にかかわることを知っている、まだ八歳くらいの少年が問う。そしてその質問は、民も聞きたかったことなので誰も止めなかった。
「そうだねえ。夜の星があるだろう? その奥の奥の、ずーっと奥に兄ちゃんはいたんだ。そうだ、今晩兄ちゃんたちがいるところを教えてあげるよ」
醜悪王は空を指差すと、不死不滅なくせに兄ちゃんを自称し、自分がいた場所を説明する。
「そんで兄ちゃんが作った麻雀……えーっと、うん。兄弟姉妹と徹夜で遊んでたら、ビビビッと頭に電波が入ってきたんだよ。誰か助けてー! って感じで。こりゃ急がないとと思って、兄弟姉妹に十万年後くらいに一旦戻るからって言ってここに来たら、この星を消してやるーって人達がいたんだ。そんで兄ちゃんは、どうにか止めてもらえませんかねってお願いしたけど、断られたから戦って悪い連中をやっつけたんだ」
話に知性が欠片もない。ついでに不変の視点で見ると、遠路はるばる移動して庭の手入れに文句を言って殴り掛かったのだから、悪党は明らかに醜悪王の方だ。
「ふへー……神様って凄いんですね!」
「いやあ、神様的な凄さで言えば兄弟姉妹の方が凄いよー。おっちゃ、ごほん。兄ちゃんは極端を言えば戦うことしかしてこなかったからねー」
少年は詳しくは分からないけれど、とにかく凄いんだとだけ解釈すると、醜悪王は実のところ大したものではないと自己申告する。
「でも神様のお力で暖かいですよ! 神様は凄いと思います!」
「ぐすんぐすん。ちょ、ちょっと感動して泣きそう。ぐしゅん。おっちゃん、お菓子とお茶をどうにかするから期待してて!」
「はい!」
少年の言葉に醜悪王は感激して、ついうっかり自分が認識している年齢に相応しい一人称を使ってしまう。
なお、お菓子とお茶と言われても、毒森の民である少年はなんのことか分かっていなかったが、やはりそれも凄いものだろうと思い頷いた。
そして厳しい環境で育ち、歳相応さを捨てなければならない毒森の民の子供達にとって、気さくなおじさんというのは経験が無いものだった。
その日の晩。
「お月様のちょっと右で青く光ってるお星様があるでしょ? あれは兄ちゃんの兄弟姉妹の内、左薬指の天蓋女王が治めてる世界だよー」
「へー」
普段ならやることがないので寝静まっている子供達は、醜悪王と共に寝転がって、木々の隙間から見える星を眺めていた。
なお醜悪王は腰に負担がかからないように膝を立てて、背骨の湾曲を最低限に食い止めようとしている。この日頃の気配りが腰にとって大事なのだろう。恐らく。
「青なら手が空いてる。黄色ならちょっと忙しい。赤は多忙だから連絡するなってサインになるんだ。つまり今は暇だから、連絡取るならこのタイミングだね。服とかおしゃれが好きだから、キラキラした物を捧げてお祈りすると、自分の服のセンスについて採点してくれるよ。ちなみに兄ちゃんは百点満点中十点だったかな……」
醜悪王が語るのは、彼の兄弟姉妹の神格。俗に両手指十柱と呼ばれる悍ましき神々についてだったが、子供達にすれば自分の知らない世界が宇宙にあると知ったことで、その広大さに知的好奇心が満たされる。
「あっちの真っ赤な星は右人差し指の炎上王の領域。名前からしてヤバそうだけど、気さくで笑い上戸だから一回ツボに嵌まったら十年くらいは笑いっぱなしになるね。兄ちゃんが前に腰をやった時は百年ずっと爆笑してたぐらいさ。そんで熱を司ってるから、炎の前で自分ってひょっとして体調悪いっすかね? みたいな若干砕けたお祈りをしたらたまーにだけど、高熱あるね。休んだ方がいいよって返してくれるよ」
「そんな神様がいるんだー」
スケールが大きい割には地味なことを醜悪王は教える。
いや、子供に教えても大したことがないからこそ、自分の兄弟姉妹のプライベート情報をペラペラしゃべっているのだ。
これがなにかしらの破壊や権能の一部を借り受ける儀式なら、流石の醜悪王も慎重になるだろう。
こうして奇妙な神と村人たちの一日は過ぎ、お人よしの文化侵略は進んでいくのだった。
◆
初歩的外宇宙神秘学
信仰と科学技術を僅かに算出する。
‐あなたが星を見ているのではありません。星があなたを見ているのです‐
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