第4話 花子と水洗トイレ

バタンッ! ガチャリッ!


エヴァンを追い出した花子は、椅子に座ったまま頬をぷーっと膨らませた。


そして、苛立いらだちをおさえず、テーブルにドンッと両手の拳を打ち付け、フンッと鼻息を荒げる。


(もー! なんで、みんな分かんないの? 異世界ってこんな違うの!? 学校の女子トイレで聞いた、えっと、何だっけ……、ラノベとかゆうやつの、……異世界召喚とかゆうのは、面白い、って聞いてたのにぃー! 全然そんなことないじゃん!!)


「花子様。わたくしはあなた様の護衛騎士として、この扉の前で花子様をお守りいたします。夜通しここに待機しておりますので、もし何かご入用なことや、わたくしにできることがございましたら、遠慮なくお声をかけてください」


エヴァンの声が扉越しに聞こえてきた。


(夜通し待機って……。「トイレの花子さん」は二十四時間待機だよ! あー……、トイレがあればなー……)


トイレへの想いが強く、エヴァンの言葉はあっという間に掻き消された。


花子は深い溜息をついて天井を仰ぐ。


(なんで、こんなことになっちゃったんだっけ……)


そう思い、ここに来るまでの出来事を思い出す。


花子はいつも通り、小学校の女子トイレで「はーなこさん、遊びましょう」と呼ばれるのを待っていた。


(そしたら、急に足元がピカーってなって、眩しくて、うわー! ってなったんだよね……)


そして、光が消えて目を開けると、この国のたくさんの人々の前に召喚されていた。


(それで、急に「聖女様」とか言われて……。とりあえず……、なんか怖いから、トイレに逃げ込もうと思ったけど……。まさか、トイレが無いなんて……。しかも、あんな臭くてきったない、渡されるなんて……)


「うううぅぅぅ……」

 

花子はテーブルに突っ伏して、足を激しくバタバタさせる。


(もー……。毎日、トイレに来る色んな人の噂話や恋話聞いて、楽しかったのにぃ……)


しばらくバタバタして、気持ちが落ち着いてきた頃。

今度は、テーブルに両腕で頬杖ほおづえをつきながら現実とのギャップに思いをせた。


(今のトイレは水洗の洋式が常識だし、抗菌、防臭。そして、みんなが欲しがるウォシュレット! 何より、便座があったかくなるのは絶対条件!  お尻が冷たくなんないって、まさに至福の空間! 女の子にとって冷えは大敵だもんね! って、……私は座ったことないけど……。でも、絶対良いものには、違いないはず! みんなそう言ってたし!)


花子はまるで新築物件のようにトイレを絶賛した。


何十年もトイレにいた花子にとって、そこは時々勝手に改修工事させるマイホームみたいなものだった。


(それが……、きったない桶になっちゃうなんて! あり得ない! 昔のボットントイレより酷い……。私「トイレの花子さん」なんだよ!? このまま「桶の花子さん」になっちゃうの!? やだ、やだ、やだ! そんなの絶対ありえないー! 助けてー! LOLOローロー! TIXILティクシル! Punasonicプナソニック! 誰か来てよぉ……)


再び足をバタバタさせていると、水差しからテーブルにこぼれ落ちている水滴を見つけた。

花子はそれを指でピチャピチャ音を立てながら、愛しのウォシュレットを思い出す。


(あーあー……、飛び散らせて遊ぶのも、もうおしまいかー……。みんなキャーキャー言ってて楽しかったんだけどなぁ……)


花子の頭の中に、楽しかった記憶がよみがえる。


(あ……、そういえばこの前、ちょっと高校の女子トイレに「出張花子さん」しに行った時は最高だったなぁ……。小学校は小学校でいいけど、やっぱり最新の流行を知るなら高校だよねー)


流行に敏感な女子高生達と過ごす時間は、花子にとって何よりの楽しみだった。


(なんだっけ……TikTakチックタックとかゆうのしてる子達に混ざったり、可愛い髪型にしてる子の鏡一緒に覗いたり、新しいお化粧品使ってる子がいて、気になったからちょっと触ってみたけど……、あれは、転がって落っこどしちゃったんだっけ……? ハァ……、忘れ物のスマホで、また遊びたいなぁ……)


それは全て心霊現象になっていたが、花子は全く気にしなかった。

むしろ、彼女達と一緒に過ごしていると思い込んでいた。


楽しかった思い出に浸っていたが、ふと花子は我に返りうなだれる。


(あー……、元の世界に、帰りたいなぁ……)


そう思いながら、花子はクローゼットに目を向ける。


(トイレとは違うけど、壁に囲われてる感じが似てて、ちょっと落ち着くんだよね……)


花子は椅子から立ち上がり、再びクローゼットに閉じ籠もった。


(座り心地はイマイチだけど、他にいるよりずっといい……)


花子はふと、懐かしくて寂しい感覚を感じた。


(そー言えば今の状況、なんか昔と似てるかも……)


花子は目を閉じ、遠い記憶をさかのぼり始める。




ーーいつの間にか、花子はトイレの幽霊になっていた。

なぜそうなったのか、詳しいことは全く覚えておらず、なってたとしか言いようがなかった。


(その前に、物凄く嫌なこと、あった気がするんだけどなぁ……)


明確な記憶ではないが、そんな漠然とした感覚と憎悪ぞうおのようなものだけが、心の奥底に残っている。


幽霊になったばかりの頃は、誰も花子の存在に気づいてくれなかった。

花子がいくら話しかけても、その声は誰にも届かず、とても寂しくてトイレで体操座りをして俯いていた。


今、この異世界で感じている孤独は、あの頃に良く似ている……。


(ここには知ってる人、だーれもいないし、言ってること全然伝わんないし……)


昔は、どうやってその状況を打破したのか……、花子は、かつての出来事を思い出し始めた。


ある日、一人の女の子が花子のいるトイレをノックした。


「誰かいるのー?」


その声に、花子は胸が高鳴る。


「私はここにいるよ!」って知ってほしくて、花子は扉を開けて、その子の手を思いっきり引っ張った。


しかし、結果は花子の望んだものとは違った。

その子は「キャー!!」と悲鳴を上げて、逃げ出してしまったのだ。


最初はがっかりした。

しかし、その次の日から、不思議なことにその女の子と同じように、花子のいるトイレをノックする人が増え始めた。


そして、いつからか「花子さん」と呼ばれるようになり、やがて、たくさんの人が「はなーこさん、遊びましょう」と、声をかけてくれるようになった。


(嬉しかったな……。これをずーっと昔から何度も続けて、たくさんの人と遊んでこれたんだから)


これが花子にとって、もう何十年も続けている完璧なコミュニケーション方法なのだ。


(なのに、ここにはトイレないし、怖がってくれないしで、全然上手くいかない……)


花子は自分が極度のコミュ障だから上手くいかないという事実に、全く気付いていない。


エヴァンをクローゼットの中で怖がらせて、昔のように誰かを連れてきてもらおうと思っていた花子は、思い通りにいかないことにいきどおり、エヴァンを追い出したのだ。


トイレに引き篭もり生活だった花子の精神や頭は、トイレの幽霊としての特異な固定概念を持ち合わせた十歳児なのであった。


(さっきの不気味な笑顔は、完璧だったはずなんだけどなぁ……。なんで、怖がってくれないんだろ……。このままじゃ、またひとりぼっちだよぉ……)


花子は大きな溜息をつく。


ぐ〜〜〜


クローゼットの中で、花子のお腹の音が響いた。


「へ!?」


(今の音……私!? え、お腹空いたの!? 幽霊の私が!? 一体どうなってんの!? なんだろ……この感覚? ずーっと、ずーっと昔の、給食前みたい……。さっきポルターガイストも使えたし、幽霊なのは確かだと思うんだけど……。なんだろう、この感じ……、変なの)


花子は、お腹が鳴るという不思議な状況を楽しんだ。


ぐ〜〜〜


(それにしても、私って今どういう状態なんだろう……。「トイレの花子さん」なのに、トイレないから地縛じばく出来ないしなぁ……。代わりに地縛出来るものがあればいいのかな? ……ハッ! でも「桶の花子さん」だけは、絶っ対になしッ!! ……でも、「ただの花子さん」になったら成仏じょうぶつしちゃうのかな?)


花子は「トイレの花子さん」の設定に不安を覚えた。


(でも、それなら、それでいいかなぁ……。ここに居てもトイレ無いから、楽しいこと無さそうだし……、そろそろ成仏するのも有りかも……。今、西暦何年? 私、いつ死んだんだっけ……。昭和だったのは間違いないけど……、一九五〇年頃だっけ? 幽霊歴何年で成仏するのが平均なのかな……)


花子は寿命のように幽霊歴を考え始めた。


ぐ〜〜〜


(うううぅぅぅ……、お腹鳴る。あっ、そう言えば……、神官の人がテーブルに何か置いてってたよね……)


花子はクローゼットの扉を開け、テーブルを見た。

テーブルの上のバスケットからパンがはみ出しているのが見える。


「あった、パン!」


急いでテーブルへと駆け寄った。

しかし、テーブルが思っていたより大きく、腕が短くて手が届かない。


花子は椅子の上に立膝で座りながら


「よいしょっ」


と、バスケットを手前にズズッと寄せた。


すると、バスケットが斜めになり、中に有ったリンゴが二つコロコロと転がってきた。


「わっ、わっ!」


花子は慌てて、リンゴをキャッチすると


「ふーっ」


と、額を手の甲で拭く仕草をした。


バスケットの中に楕円形のパンが二つと、小さめのリンゴが四つ入っている。


花子はそーっとパンを取り出す。

そして、座り直して両手でパンを持ってパクッと食べた。


(なんだろ、このパサパサした感じ、どっかで似たようなの食べたかも? ……あっ、そうだ! 給食のコッペパンだ! 最近の給食のパンは柔らかくて甘いってゆうけど、本当なのかな……。私の生きてた頃は、パサパサであんまり美味しくなかったなぁ……。でも、数十年振りのパン! パサパサでも美味しー!)


の奥の方からじわーっと唾液だえきが溢れ出し、口内に一瞬張り付いたパサパサなパンに染み込んで、ほんのりと甘い味がした。


(あ……、後でリンゴも食べたいなぁ……。皮ごとガブッて、しようかなぁ!)


花子は笑顔でパンを頬張ほおばりっていると、ふと扉が目に入りエヴァンのことを思い出す。


(そう言えばあの人……、トイレもないし、話も伝わんないしで困ってる時に、なんか一生懸命、声かけてくれたなぁ……。私が怖がらせる前から、何度も、何度も……。今も扉の向こう側にずっと居るって言ってたっけ……。なんでわざわざ、そんなことするのかな……)


花子は、再びパンを口に運んだ。

しかし、胸の奥に何か引っかかっている気がして、パンをうまく飲み込めず少しうつむく。


(あれ……、私、……もしかして、追い出したこと後悔してる? なんで? だって、あの人全然怖がってなかったし、あれじゃ……、他の人は呼んできてくんないし、また一人になっちゃうのに……。でも……、あれ? もし、追い出さなかったら、ずっと一緒にいてくれたのかなぁ……)


花子はゴックンと鼓膜こまくに響く程大きな音を立て、パンを無理やり飲み込んだ。


うまく言葉に出来ないが、きっと、まずいことをしてしまったんだと思った。


(どうしよぉ……)


花子は食べかけのパンを両手で握りしめたまま、ジーッと扉を見つめる。


(「遠慮なくお声をかけてください」って、そもそも声ってどうやってかけるの? ノックして「遊びましょう」って言えばいいの? きっと違うよね……。生きてた時は、どうやってたんだっけ……)


何十年も、誰かに話しかけてない花子にとって、それはとても難しいことだった。


(でも……、あの人なら明日また来てくれるよね? なんか、明日トイレのある場所行こうって言ってたし)


不安はあったが、多分大丈夫だろうと思った。


(明日来てくれたら……。んーと、「追い出してごめん」って言って……。その後は…、んー……、もー! どうしていいか、さっぱり分かんない!)


花子は深い溜息をつき、考えることを放棄した。


(どうせ考えても分かんないし、もういいや……。それよりも今は久しぶりの食べ物を満喫したい!)


そう思い、持っていたパンにかぶりつく。


「んー、食べるって幸せ!」


しばらく、その幸せ感に浸っていた花子だったが、ふと胸に一抹いちまつの不安が過る。


(ハッ! ちょっと待って……。食べてるってことは、……出るってことなのかなぁ……)


花子は冷や汗とともに、部屋を慌てて見回す。

すると、テラス扉の外に昼間見たのと同じ、あの桶が置いてあるのが見えた。

花子は青ざめ、そして切実に思う……。


(やっぱり水洗トイレ、欲しい……)




※※※あとがき※※※


第4話まで読んでいただき感謝致します。


これで長かった召喚一日目が終わり、第5話から二日目になります。

二日目は、いよいよ聖地へ向けて旅立ちの日。

どんな旅になるか、是非お楽しみに!


​明日は、第5話から第8話までを更新予定です。


・第5話:10〜11時頃

・第6話:13〜14時頃

・第7話:16〜17時頃

・第8話:19〜20時頃


花子面白い、エヴァン不憫ふびん、カイ今どうしてるの?と思った方は、是非「フォロー」や「下の『★』ボタン」からの応援よろしくお願い致します。


※※※※※※

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聖女「トイレの花子」と第三王子「親友」と行く、ガレガルド王国政争譚〜聖女護衛騎士エヴァンの友愛と破滅の狂想曲《カプリッツォ》〜 涙凛ーRuRiー @_RuRi_

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