第3話 椅子とクローゼット
エヴァンと花子は、教会が管理している宿舎の二階の部屋へ案内された。
聖女護衛騎士であるエヴァンの部屋も、花子とは別に用意されている。
しかし、先程まで不安定だった花子を、そのまま一人にするのも気がかりだ。
なのでエヴァンは、花子が落ち着くのを確認するまで、花子の部屋で見守ることにした。
部屋に入ると、対面の壁中央に小さなテラスがあった。
今日は、もう日が沈んだので見えないが、外に出れば教会の庭園が一望出来るのだと、神官が教えてくれた。
部屋の中央には丸テーブルと椅子が二脚、左手奥に大きめのベッド、左手前の隅に備え付けのクローゼットがある。
全ての家具は白を基調として、清潔感にあふれていた。
しかし、広い部屋なのに右手側は何も配置されておらず、少し殺風景に感じる。
(あっち側には、花子様の好きな物を置いてもらうのも、いいかもなぁ……)
神官はテーブルの上に、パンや果物が入ったバスケットと水差しやコップなどを置くと、頭を下げ部屋を出ていった。
花子は部屋に入った途端、テーブルの右手側にあった椅子をギギーッと引いて、ちょこんと座った。
椅子が少し高いようで、足が床に付かずパタパタしている花子。
少し微笑ましい光景に、思わず口角が上がる。
花子はそのまま静かに室内を目だけでボーッっと見回すと、とても深い溜息をついてテーブルに突っ伏した。
(とてもお疲れのようだな……。明日の朝までゆっくり休めるといいんだが……。こんな幼い子がいきなり他の世界に来るなんて、心労も大きいだろうな……)
そう思いながら、エヴァンは花子を見つめた。
少し経って、花子はボソッと
「違う……。全然違う……」
と呟いて立ち上がる。
そして、入口の扉を背にしているエヴァンの目の前を横切り、クローゼットの方へ向かうと、その扉を勢いよく開いた。
「花子様、いかが致しました?」
花子はその言葉を完全に無視して、空っぽのクローゼットの中に入っていった。
無視されたことにショックを感じながらも、エヴァンは花子を見守り続ける。
花子は奥の壁に触れながら、天井や左右の壁を見た。
どうやら広さを確認しているようだ。
中は正方形に近い形をしており、二畳ほどの広さがある。
確認を終えた花子は、満足そうに少し微笑んだ。
(あのクローゼット、通路を挟んで左右二列に服が掛けられるのか……。だいぶ広いなぁ……。花子様くらいのお年頃なら、お気に入りの服でいっぱいにしたいはずだよなぁ……)
「花子様。今度時間のある時に、お買い物に出かけませんか? お気に入りのお洋服などがあれ、ば……」
再び話しかけているエヴァンを無視して、目の前を横切る花子。
流石に何度も無視されると、悲しくなってくる。
花子は近くの椅子を両手で掴むと、何度もギギーッと音を立てながら引きずり始めた。
「花子様。お運びいたしましょうか?」
エヴァンは、めげずに花子の傍に寄り声をかけた。
余程重かったのか、花子は静かに頷く。
とりあえずコミュニケーションが取れたことが嬉しくて、エヴァンの頬が少し緩む。
「承知いたしました。それで、どちらに?」
そう言って、エヴァンは椅子を持ち上げた。
花子はクローゼットに向かって「あっち」と指差す。
「あっち、ですね。承知いたしました」
エヴァンが歩き出すと、花子も横をトテトテとついてきた。
真横に立つと花子の身長は、エヴァンの胸よりやや低いくらい。
思わず頭をポンポンと
クローゼットの前に着くと、エヴァンは一度椅子を置いた。
「こちらでよろしいですか?」
花子は無言で首を横に振り、クローゼットの中を指差す。
「中に、置けばよろしいのですね?」
花子は静かに頷く。
(何故、中に椅子を……?)
エヴァンは疑問に思いながらも、クローゼットの中に椅子を運び入れる。
中に椅子を置き終えて外に出ると、花子は小走りで椅子に駆け寄り、椅子の位置を調整しだした。
こだわるように位置や向きを調整される椅子を見て、エヴァンは困惑する。
少し経って、配置調整に満足した花子は、汗もかいてない額を手の甲で拭う仕草をして一息ついた。
椅子はクローゼットの中央に、こちらを向いて置かている。
そこに、花子はちょこんと座った。
理由は分からないが、少し嬉しそうにみえる。
(これなら明日までに、気力も回復するだろう……)
花子の表情を見て、エヴァンはホッと肩の力を緩める。
そして、そろそろ自室に戻って、自分もゆっくり休もうかと思った……、その時。
花子はクローゼットに入ったまま、バタンッ! と、音を立てて扉を閉めた。
「えっ……!?」
いきなりクローゼットの中に閉じこもってしまった花子。
シンッ……と、静まり返る部屋。
まさかの出来事に、エヴァンは戸惑いを隠せない。
「えっと……、花子、様?」
声をかけたが、何の反応も返ってこない。
(何かの遊びか? これが花子様なりの楽しみ方なのか? うーん……、秘密基地とか、か?)
そう思って、しばらく様子を見ることにした。
しかし、しばらく経っても何の音も気配もしない……。
エヴァンの不安が、どんどん膨れ上がる。
(静かすぎる……。この状況、どうするのが正解だ!? 放っておくべきか? いやいや、中で花子様が倒れていたらどうする!? 花子様の身に何かあれば、取り返しがつかねぇぞ。それだけは絶対に避けなければ……)
コンッコンッ
「花子様?」
エヴァンは、クローゼットの中にいる花子に呼びかけた。
しかし、反応がない。
「花子様、失礼します」
そう言って、クローゼットの扉に手をかける。
ガチャ!
ガチャ! ガチャ!
(鍵もないのに……、開かない!?)
ドンッドンッ!!
「花子様!?」
エヴァンは不安で強くノックし、大きな声で呼びかけた。
すると……。
「……んかい」
小さな声がクローゼットの中から聞こえてきた。
反応があり、エヴァンはひとまず安堵する。
「花子様、申し訳ございません。よく聞き取れませんでした。もう一度お話いただけますか?」
「ノックは三回」
(こだわりがあるのだろうか……。それとも、花子様の世界は三回する決まりなのか?)
「承知いたしました。三回ですね」
コンッコンッコンッ
「花子様?」
「……違う」
何故か、機嫌の悪そうな声が返ってくる。
どう違うのか分からず、エヴァンは戸惑う。
「えっと……、何が違うのでしょうか? 教えていただけますか?」
「『はーなこさん、遊びましょう』って、言うんだよ!」
不機嫌そうだが、花子は大きな声で説明してくれた。
予想外の微笑ましい返答に、エヴァンは思わず笑う。
「あははっ……。花子様は遊びたかったのですね」
「……。」
(おや? もしかして照れていらっしゃるのかな? 可愛らしいなぁ……。花子様は聖女様とは言え、まだまだ幼いもんなぁ。遊びたいよなぁ……)
コンッコンッコンッ
「花子様。遊びましょう」
「……。」
言われた通りしたはずだったが、何も反応が無い。
「……あれ、花子様?」
「『はーなこさん』だよ。それ以外じゃ、開けないよ!」
少し怒った花子の声が聞こえた。
(もしかして、カイと同じく立場関係なく対等に接してくれようとしてるのか? この短時間で、そこまで距離を縮めてくださるとは……、有難いことだ。これは花子様の信頼を得るための第一歩かもしれねぇな)
「分かりました。でも、その呼び方は二人の時だけですよ」
そう言って、エヴァンは仕切り直しに深呼吸する。
コンッコンッコンッ
「はーなこさん、遊びましょう」
「はーい」
その声と共に扉がゆっくりと開く。
エヴァンは開いた隙間から、花子の様子を覗こうとした……、その瞬間。
白くて小さな手が、エヴァンの手首をガシッと掴み。
そして、物凄い勢いでクローゼットの中へ引っ張り込まれた。
「わっ!?」
エヴァンは勢いに圧倒され声を上げ、体勢を崩して倒れ込む。
それと同時に、ひとりでに扉が閉まった。
予想外のことばかりで、頭がついていかない。
おまけにクローゼットの中でも、予想外なことばかりだ。
扉が閉って真っ暗だと思っていたのに、何故か青白い光でほのかに明るかった。
それは、花子が淡い青白い光を
神々しいとは違う、何とも言えない不思議な輝きだ。
そして、とても冷たい手でエヴァンの手首をしっかりと握りしめながら、花子はぎこちない笑顔をエヴァンに向けてきた。
可愛いとは程遠い、はっきり言えば不気味な笑顔だ。
しかし、そんな失礼なこと言えない。
これが自然と出た笑顔なら可哀想だ。
そんなことよりも……。
(こんな小さな身体で、俺を中に引っ張り込めるのか……。なんて力なんだ。この光は……、これも聖女様の能力か? それに……)
ずっと感じている手首への強い圧力。
振り払っても簡単に振りほどけない。
そう思うほど、花子にしっかりと握られている。
(こんなにしっかり握って……。やっぱり、慣れねぇ世界で心細いんだろうか? それに、手もこんなに冷えて……、緊張が抜け切ってねぇのかもしんねぇな……)
エヴァンは体勢を立て直し、手首を掴んでいる花子の手を優しく握り返す。
「安心して下さい。こんなに力強く握りしめなくても、わたくしは居なくなりませんよ。さて……、何をして遊びますか?」
「……らないの?」
「ん? すみません。聞き取れな……」
「なんで、怖がらないの!?」
エヴァンの言葉を遮って、花子が怒鳴る。
(え……、すげぇ怒ってる。つーか、怖がる? 何を? ……花子様を? いやいやいやいや、んな訳ねぇだろ……。じゃあ何だ? 全く見当がつかねぇ。え……、俺なんか間違えたのか?)
困惑するエヴァンを見て、花子は溜息をついて
すると、花子の
(あぁ……、もしかして、俺が暗いのを怖がると思って明るくしてたのに、そうじゃなくて、台無しになったから、怒ってがっかりさせてしまったのか?)
「もしかして、明るくしてくれていたのは、わたくしのためですか? ありがとうございます。花子さんはお優しいですね」
エヴァンがそう言うと、何も見えない暗闇で、握り返していた花子の手が震え出した。
(え、どうしたんだ!? もしかして、花子様も暗いのが苦手なのか!? こんなに震えて……。いけない、早く安心させてあげなければ!)
「花子さん。クローゼットから出て、明るいところで遊びましょう。ちょっと失礼……」
そう言って、エヴァンは花子をひょいと担ぎ上げてクローゼットから出た。
ベッドか……、椅子か……。
花子が落ち着ける場所を、エヴァンは考える。
そして、椅子の上で花子が嬉しそうな顔をしていたことを思い出し、椅子に花子をゆっくり座らせた。
これで一安心、……と思いきや。
目の前の花子を見ると、身体を震わせ、顔を赤くし、涙を溜め、
どこからどう見ても、恐怖とは違う表情だ。
(あれ? 怖がってるんだと思ってたんだが、怒ってる? え……、なんで!?)
エヴァンは自分の行動の全てが、裏目に出ているような気がした。
「あの……、花子さっ……」
声をかけている最中に、花子は再び青白い光を
鋭い目つきでエヴァンを
エヴァンは、思わず
(え、怖い? 俺が、こんな小さな女の子を!? そ、そんなことより、一体何がいけなかったんだ!? 担ぎ上げたことか? お姫様抱っこが良かったのか? ……何だ? 俺は一体、何を間違えたんだ!?)
あまりの威圧感に、エヴァンは花子様呼びに戻した。
「花子様、もし何か不快な思いをさせてしまったんでしたら、心からお詫び申し上げます。一体何がいけなかったのでしょうか?」
「せっかく……、せっかく、いい感じだったのにぃー!」
そう叫びながら、花子は入り口の扉へ向かって手をかざす。
扉が突風でも吹いたかのように、バンッ! と物凄い音を立てて開いた。
「も、申し訳ございません……」
「もー、出てってー!」
その言葉と同時に、エヴァンの身体は宙に浮き、そのまま廊下へポイッと放り出された。
勢いよくバタンッ! と閉まる扉。
ガチャリッ! とかかる鍵の音。
エヴァンは訳が分からないまま、閉まった扉を見つめた。
(は!? 今のが……花子様の能力なのか……? とんでもねぇ能力だな。これで魔王と戦うのか? ……いや、んなことより、俺追い出された!?)
エヴァンは直ぐに立ち上がり、扉を強く拳で叩く。
ドンッドンッ
「花子様! 花子様!」
何度声をかけても、何の反応も返ってこない。
「花子様、先程は本当に申し訳ございません。わたくしは、あなた様のことを何も知らず、不用意な言葉で傷つけてしまいました。心からお詫び申し上げます」
エヴァンは扉に向かって、改めて深く頭を下げる。
だが、変わらず全く反応はない。
ひんやりとした扉一枚が、今の花子の心を表しているかのように、とても冷たく厚く感じ、エヴァンの胸は締め付けられた。
(やっぱり、あのまま放っておくが正解だったのか? おそらく、何か楽しみを邪魔してしまったんだろうなぁ……。一体、どうすれば花子様を笑顔に出来たんだろう……)
エヴァンは初日から失敗したと感じて、肩を落とす。
ふと廊下の窓に目を向けた。
外はもう真っ暗で何も見えない。
(明日は朝から馬車での長距離移動だ……。これ以上、花子様のお気持ちを乱してはいけねぇよな……。今日はもう、ゆっくり休んでもらわねぇと……)
と、思いエヴァンは自室へ行こうとした。
しかし、花子に部屋の場所を伝えていないことに気づく。
(何かあった時、声をかけれねぇと、花子様困るよな……)
エヴァンは大きく深呼吸して
「花子様。わたくしはあなた様の護衛騎士として、この扉の前で花子様をお守りいたします。夜通しここに待機しておりますので、もし何かご入用なことや、わたくしに出来ることがございましたら、遠慮なくお声をかけてください」
と、落ち着いた声で扉に向かって声をかけた。
そして、扉の側に静かに座り込み、そこで一夜を明かすことにした。
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