卵から学ぶ、変容する建築

木工槍鉋

製図室の蛍光灯が、また灯る。

「もう無理だって。あと十二時間しかないんだぞ」


製図室の蛍光灯が、徹夜四日目の朝を冷たく照らしていた。カッターマットの上で、水谷俊介の手が震えている。スチレンボードを切る手つきは、もう限界を超えていた。


「諦めないで」


隣の作業台で、大槻麻衣がレーザーカッターの出力を調整している。彼女の目は充血していたが、その瞳には諦めの色はなかった。


「『都市の余白』がテーマなんでしょ? 俊介の案、絶対いけるって」


今年の全国学生コンペティション。テーマは「2050年の都市における余白の再定義」。一次審査を通過した俊介たちは、最終プレゼンテーションに向けて、文字通り命を削っていた。


製図室の片隅には、三つの寝袋が転がっている。もう何日、ここで寝起きしているだろう。昨日の構造力学の講義は完全にサボった。先週の都市計画論も出ていない。


「コーヒー買ってくる」


三人目のメンバー、泉大樹が立ち上がった。彼の役割はパネルのグラフィックデザイン。Illustratorの画面には、まだ完成していないダイアグラムが表示されている。


「俺も行く」俊介が言った。「ちょっと頭冷やさないと」


早朝の大学は静かだった。購買部の自動販売機の前で、二人は缶コーヒーを握りしめた。


「なあ、俊介」


大樹が口を開いた。


「お前、本当にこれでいいのか? 建築って、こんなに苦しいもんなのかな」


俊介は答えられなかった。


入学したときは、もっとキラキラした未来を想像していた。有名建築家の作品集をめくり、「いつか自分も」と夢見ていた。でも現実は、睡眠時間を削り、友人との約束をキャンセルし、恋人に愛想を尽かされる日々だった。


「でもさ」俊介は言った。「模型が完成した瞬間とか、パネルのレイアウトがピタッと決まった瞬間とか、あるじゃん」


「ああ」


「あの感覚、他じゃ味わえないと思うんだ」


大樹は笑った。


「お前、建築バカだな」


「お前もだろ」


二人は缶コーヒーを飲み干した。甘ったるい液体が、疲れた体に染み渡る。


製図室に戻ると、麻衣が一人で黙々と作業していた。彼女の模型は、もう八割方完成している。


「麻衣、お前の案もすごいよな」大樹が言った。


麻衣の提案は「都市の隙間に挿入される移動式パブリックスペース」。トラックの荷台を改造した可動式の公共空間が、都市の余白を見つけては停泊し、そこに一時的なコミュニティを生み出す。


「でも、審査員には伝わらないかも」麻衣が呟いた。「プレゼン下手だし」


「大丈夫だって」俊介が言った。「お前の情熱は伝わる」


三人は再び、それぞれの作業に没頭した。


カッターの音。レーザーカッターの駆動音。キーボードを叩く音。


時計の針は容赦なく進む。


午後三時。提出まであと六時間。


俊介の模型がようやく形になってきた。彼の提案は「垂直方向の余白」。高層ビルの間に挿入される、空中庭園のネットワーク。人々は地上だけでなく、空中でも出会い、憩う。


「いいじゃん!」麻衣が叫んだ。「これ、絶対評価されるよ」


でもパネルがまだ完成していない。大樹が必死にレイアウトを調整している。


「俊介、テキスト確認して!」


「了解!」


三人の息が合ってくる。疲労の向こう側に、不思議な高揚感があった。


これが青春なのかもしれない、と俊介は思った。


恋愛ドラマみたいな甘い青春じゃない。スポーツ漫画みたいな爽やかな青春でもない。でも、確かにこれは青春だ。何かを本気で追いかけて、仲間と共に限界を超えようとする、この感覚。


午後八時。提出まであと一時間。


「プリンター詰まった!」大樹が叫んだ。


「マジか!」


三人は慌ててプリンターに駆け寄る。A1サイズのパネルが、半分だけ出力されて止まっている。


「どうする、どうする」


麻衣が冷静に指示を出す。


「大樹は別のプリンター探して。俊介、データもう一回チェックしてくれる?」


「了解!」


大樹が製図室を飛び出す。俊介はパソコンに向かい、データを確認する。麻衣はプリンターと格闘している。


十五分後、大樹が戻ってきた。


「三階の製図室、空いてる!」


三人は荷物を抱えて階段を駆け上がった。


午後八時四十五分。


パネルが出力された。模型も完成した。


三人は郵便局の前に立っていた。


「これ、送ったら終わりだな」俊介が言った。


「ああ」


「寂しいな」


「バカ」麻衣が笑った。「まだ最終プレゼンがあるでしょ」


そうだった。これは終わりじゃない。始まりだ。


俊介は深呼吸をして、作品を丁寧に梱包しなおして、郵便局に託した。


「お疲れ様!」


三人はハイタッチをした。


製図室に戻ると、他の学生たちも続々と戻ってきていた。みんな同じように、寝袋と疲労と充実感を抱えている。


「飯行こうぜ」大樹が言った。


「ラーメン?」


「決まってんだろ」


三人は笑いながら、大学を後にした。


一週間後、最終プレゼンテーション。


審査員は五人。全員が現役の建築家だった。その中に、著名な建築家、山藤氏の姿もあった。


俊介の番が来た。手が震える。でも、模型を見つめると、不思議と落ち着いた。


「私の提案は、『垂直方向の余白』です」


十分間のプレゼンテーション。質疑応答。


審査員の一人が言った。


「君の提案は、構造的に実現可能性が低い。でも、都市の余白を三次元的に捉えた視点は評価できる」


「ありがとうございます」


麻衣のプレゼンも、大樹のプレゼンも終わった。


結果発表は夕方だった。


「最優秀賞は…」


司会者が封筒を開ける。


俊介の心臓が高鳴る。


「大槻麻衣さん。『移動する余白』」


会場が拍手に包まれた。


麻衣が壇上に上がる。彼女の目には涙が光っていた。


俊介と大樹は、誰よりも大きな拍手を送った。


「優秀賞は…」


俊介の名前は呼ばれなかった。大樹の名前も呼ばれなかった。


でも、不思議と悔しくなかった。


帰りの電車で、三人は並んで座っていた。


「麻衣、おめでとう」俊介が言った。


「ありがとう」麻衣は照れくさそうに笑った。「でも、二人がいなかったら、ここまで来れなかった」


「次は俺たちも賞取ろうぜ」大樹が言った。


「うん」


窓の外を、夕暮れの街が流れていく。


建築家の卵たち。まだ何者でもない自分たち。でも、確かにここに、何かが始まっている。


「次、何のコンペ出す? 大学の掲示板にいくつか掲載されてたよ」麻衣が言った。


「マジか」


「今度こそ、ちゃんと講義出ようぜ」


「無理だろ」


三人は笑った。


電車は、夜の街を走り続ける。


三ヶ月後。


「卵?」


俊介は募集要項を二度見した。


第15回 建築とたまご学生コンペティション


テーマ:「たまご」から建築を考える

卵の形態、構造、象徴性、あるいは概念から、新しい建築の可能性を提案せよ


「これ、マジでやるの?」大樹が呆れた顔で言った。


「面白そう」麻衣の目が輝いた。「卵って、完璧な構造体だよね。薄い殻なのに、外圧に強い。内部には生命が育つ空間がある」


製図室の片隅で、三人は顔を見合わせた。


前回のコンペで麻衣は最優秀賞を取った。俊介と大樹は賞を逃した。その悔しさが、まだ胸の奥でくすぶっている。


「やろう」俊介が言った。「今度こそ、俺も賞を取る」


「そもそも、卵ってなんだ?」


ミーティング初日。三人はホワイトボードの前に座っていた。


「生命の始まり」麻衣が言った。


「殻に守られた脆弱性」大樹が続けた。


「閉じられた完結した世界」俊介が付け加えた。


麻衣がマーカーを取り、ホワイトボードに書き始めた。


卵の特性:


楕円形の完璧な構造

外圧に強く、内圧に弱い

内部に生命を育む空間

殻=境界

孵化=変容


「で、これをどう建築に?」大樹が首を傾げた。


「卵型の建物を作るってこと?」


「それじゃ単純すぎるよ」麻衣が言った。「形を真似るんじゃなくて、卵の本質を建築に翻訳するの」


俊介は黙って考えていた。


「卵って、閉じてるけど、いつか開くものだよな」


「どういうこと?」


「殻は生命を守るけど、最終的には破られる。孵化するために。つまり、卵は『一時的な保護空間』なんだ」


麻衣の目が輝いた。


「それだ!」


一週間後、三人はそれぞれの方向性を持ち寄った。


俊介の案:「孵化する避難所」


「災害時の一時避難所を、卵の概念で設計する」


俊介がスケッチを見せた。球形に近い構造体が、都市の各所に配置されている。


「普段は閉じてる。でも災害時には『孵化』して、内部空間が展開する。殻が開いて、テントやシェルターになる」


「面白い」大樹が頷いた。「でも、構造的に成立する?」


「そこが課題なんだよ」


麻衣の案:「境界の建築」


「卵の殻に注目したの」麻衣が説明を始めた。「殻は内と外を分ける境界。でも、完全に遮断するわけじゃない。酸素は通すし、温度も伝える」


彼女のスケッチには、二重の膜構造を持つ建築が描かれていた。


「内部と外部の間に、『半透性の空間』を作る。完全に閉じず、完全に開かず」


「詩的だな」俊介が言った。


大樹の案:「回転する卵」


「俺は卵を回してみた」


「は?」


「卵を回すと、立つだろ? あの原理を建築に応用する」


大樹が動画を見せた。回転する卵が、重心移動で立ち上がる様子。


「動く建築。回転することで構造を保つ。エネルギーも生み出す」


「お前、工学部行けよ」俊介が笑った。


三人は顔を見合わせた。


「どれも面白いね」麻衣が言った。「でも、バラバラだな」


「統一する必要ある?」大樹が聞いた。


「いや」俊介が言った。「むしろ、三つの視点があることが強みかもしれない」


二週間後、最初の亀裂が入った。


「俊介、お前の案、現実的じゃないって」


大樹が珍しく強い口調で言った。


「孵化する避難所? どうやって展開するんだよ。機構が複雑すぎる」


「それを考えるのがデザインだろ」


「デザインの前に、構造が成立しないと意味ないだろ」


二人の声が大きくなる。


麻衣が割って入った。


「やめようよ、二人とも」


「麻衣は分かってないんだよ」大樹が言った。「お前は前回、賞取ったから余裕があるかもしれないけど」


麻衣の顔が強張った。


「何それ。私だって必死だよ」


「でも、お前の案は評価されたじゃん。俺たちは違う。今回、結果出さないと」


「だから私のせいだって言いたいの?」


製図室に沈黙が落ちた。


俊介は何も言えなかった。大樹の言葉に、自分も同じことを感じていたから。


麻衣が立ち上がった。


「分かった。じゃあ、私は私でやる」


「麻衣」


「いいよ。それぞれ個人で出せばいいじゃん」


彼女は製図室を出て行った。


その夜、俊介は一人で製図室に残っていた。


模型を作りながら、考えていた。


なぜ、こんなことになったんだろう。


三人でやるのが楽しかったはずなのに。


「まだいたのか」


振り返ると、建築学科の教授、田村先生が立っていた。


「あ、はい」


「コンペか?」


「はい。でも、上手くいってなくて」


田村先生は俊介の模型を見た。


「卵か。面白いテーマだな」


「先生は、卵から何を連想しますか?」


田村先生は少し考えて、言った。


「孤独かな」


「孤独?」


「卵は一つで完結している。でも、孵化するには温めてくれる存在が必要だ。親鳥だったり、太陽だったり」


俊介は黙って聞いていた。


「建築も同じだ。一人で完結するものなんてない。施主がいて、使う人がいて、作る人がいる。そして、一緒に考える仲間がいる」


「でも、僕たち、喧嘩しちゃって」


「それでいいんだよ」田村先生が笑った。「本気でぶつかれるってことは、本気で向き合ってる証拠だ」


先生は製図室を出て行った。


俊介は模型を見つめた。


翌朝、俊介は麻衣に電話をした。


「もしもし」


「麻衣、話せる?」


「...うん」


二人は大学近くのカフェで会った。


「ごめん」俊介が先に言った。「昨日は、俺も余裕なくて」


「私もごめん。感情的になっちゃった」


麻衣はコーヒーカップを両手で包んだ。


「正直、プレッシャーだったんだ。前回、賞取っちゃって。次も期待されてる気がして」


「そうだったんだ」


「でも、それって私の問題だよね。二人に当たるのは違った」


俊介は頷いた。


「俺も、大樹も、焦ってたんだと思う。早く結果出さなきゃって」


「でもさ」麻衣が言った。「結果より大事なものあるよね」


「何?」


「一緒に作る過程」


俊介は笑った。


「青臭いな」


「建築学生なんて、青臭くていいと思うよ」


二人は顔を見合わせて笑った。


「大樹にも謝らないと」


「うん」


三人は再び集まった。


「ごめん」大樹が頭を下げた。「俺、言い過ぎた」


「私もごめん」


「俺も」


気まずい沈黙の後、麻衣が言った。


「ねえ、思ったんだけど」


「何?」


「私たちの三つの案、別々じゃなくて、一つの物語として繋げられないかな」


「どういうこと?」


麻衣がスケッチブックを開いた。


「俊介の『孵化する避難所』、私の『境界の建築』、大樹の『回転する卵』。これ、卵の三つの段階だと思うの」


彼女が図を描き始めた。


「最初は閉じている。境界で守られている。それが私の案」


「次に、回転し始める。エネルギーが生まれる。それが大樹の案」


「そして最後に孵化する。開いて、新しい形になる。それが俊介の案」


俊介と大樹は顔を見合わせた。


「つまり、一つの建築の変容過程として提案する?」


「そう! 『卵から学ぶ、変容する建築』」


大樹が身を乗り出した。


「それ、いけるかも」


「でも、どう実現する?」俊介が聞いた。


「三つのフェーズを持つパビリオンを設計するの」麻衣が説明した。「時間とともに変化する建築。最初は閉じた卵。やがて回転し、エネルギーを蓄えて、最後に開いて公共空間になる」


「場所は?」


「海岸とか、広い場所。潮の満ち引きや、太陽の動きと連動させる」


三人の目が輝き始めた。


締め切りまで二週間。


三人は再び、製図室に寝袋を持ち込んだ。


「フェーズ1の模型、できた」大樹が言った。


卵型の閉じた構造体。二重の膜で覆われている。


「フェーズ2、回転機構の検証中」


大樹がモーターを組み込んだプロトタイプを動かす。


「フェーズ3、展開パターン、まだ決まらない」


俊介が何枚ものスケッチを広げていた。


「どう開くのが美しいか」


「花びらみたいに?」


「いや、もっと有機的に」


麻衣がCGソフトで、展開シミュレーションを作っていた。


「これ、どうかな?」


画面には、卵が徐々に開き、内部から新しい空間が現れるアニメーションが映っていた。


「すげえ」


「これだ」


深夜二時。三人はカップラーメンをすすっていた。


「なあ」大樹が言った。「俺たち、なんでこんなに必死なんだろうな」


「賞が欲しいから?」俊介が答えた。


「それだけじゃないよね」麻衣が言った。


「じゃあ、何?」


「何かを、生み出したいから」


麻衣がカップを置いた。


「私たちも卵なんだと思う。建築家の卵。まだ殻の中にいる。でも、いつか孵化する」


「青臭いって」大樹が笑った。


「いいじゃん、青臭くて」


三人は笑った。


製図室の窓から、夜明けの光が差し込んできた。


提出日前日。


模型が完成した。


三つのフェーズを示す、三つの模型。それらが一つの物語を紡いでいる。


パネルも完成した。麻衣のグラフィック、大樹の図面、俊介のテキスト。三人の個性が融合している。


「これ、出していいの?」大樹が聞いた。


「何が?」


「こんなに、俺たちの全部が詰まったもの」


俊介は模型を見つめた。


確かに、これは三人の全部だった。喧嘩も、和解も、徹夜も、笑いも。全部がこの模型に込められている。


「出そう」麻衣が言った。「これが、今の私たちだから」


「ああ」


「やっと終わった」


「いや」俊介が言った。「始まったんだ」


最終審査会。


会場には、全国から選ばれた20組の学生たちがいた。審査員席には、前回のコンペでも審査員を務めた山藤氏の姿があった。


俊介たちの番が来た。


「私たちの提案は、『卵から学ぶ、変容する建築』です」


麻衣がプレゼンテーションを始めた。


「卵は、閉じた完璧な構造体です。しかし、それは永遠に閉じているわけではありません」


大樹が続けた。


「卵は内部でエネルギーを蓄え、やがて殻を破ります」


俊介が締めくくった。


「私たちは、この変容のプロセスを建築に翻訳しました。時間とともに変化する、生きた建築を提案します」


質疑応答。


山藤氏が手を挙げた。


「面白い提案だ。しかし、なぜ卵なのか? もっと根本的な問いに答えてほしい」


三人は顔を見合わせた。


俊介が前に出た。


「正直に言います。最初、僕たちも分かりませんでした。卵って何だろうって」


「でも、作っていく中で気づいたんです」


麻衣が続けた。


「卵は、可能性そのものだって」


大樹が最後に言った。


「まだ何者でもない。でも、いつか何かになる。それが卵で、それが僕たちで、それが建築だと思います」


会場が静まり返った。


山藤氏が微笑んだ。


「良い答えだ」


「最優秀賞は...」


司会者が封筒を開ける。


俊介の心臓が激しく打った。


「該当なし」


会場がざわついた。


「しかし、今回、審査員特別賞を設けることになりました」


「その受賞者は...」


「水谷俊介、大槻麻衣、泉大樹。『卵から学ぶ、変容する建築』」


一瞬、時間が止まった。


「やった!」


三人は抱き合った。


壇上に上がる。まぶしいライト。拍手。


山藤氏が言った。


「君たちの提案は、未熟だ。構造も、実現可能性も、課題が多い」


「しかし」


「建築への純粋な情熱を感じた。そして、三人の協働の痕跡が、作品に刻まれていた」


「建築は一人では作れない。君たちは、それを体現している」


「これからも、その情熱を忘れないでほしい」


俊介は涙をこらえられなかった。


授賞式の後、三人は大学に戻った。


製図室には、いつもの寝袋と、散らかった道具。


「片付けないとな」大樹が言った。


「ちょっと待って」麻衣が言った。


彼女はスマホを取り出し、製図室の写真を撮った。


「何してるの?」


「記録。この景色、忘れたくないから」


俊介も周りを見渡した。


ここで笑い、ここで喧嘩し、ここで夢を語った。


「なあ」俊介が言った。「次、何作る?」


「もう次?」大樹が笑った。


「だって、俺たち、まだ卵の中じゃん」


「そうだね」麻衣が頷いた。「まだ孵化してない」


「じゃあ、次も一緒にやろう」


「当たり前でしょ」


三人は拳を合わせた。


窓の外では、夕日が沈んでいく。


製図室の蛍光灯が、また灯る。


新しいスケッチブックが開かれる。


「次のテーマ、何がいい?」


「水?」


「光?」


「いや、種にしよう」


「種?」


「卵が孵化したら、次は種を蒔くんだよ」


三人は笑った。


建築家の卵たちの物語は、まだ始まったばかりだった。


そして、その卵は今、ゆっくりと、確実に、孵化しようとしていた。


fin.


「建築は、人生と同じだ。完成することはない。常に変容し続ける」

— 審査員 山藤氏の言葉より

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