闇の作戦とハニートラップ

軍議が終わるや否や、カイトは聖都の迎賓館に連れ戻された。


もはや一歩も外に出られない実質的な監禁状態。精神をすり減らしたカイトが椅子に沈み込んでいると、背後から冷たい、だがひどく甘い声が聞こえてきた。


「……カイトさん、最近グランさんや汚いおじさんたちとばかりお話ししていますね」


カナだった。

彼女はカイトの背もたれに手を置き、その首元に顔を近づける。その瞳には、かつての弱々しさはなく、昏い欲望の火が灯っていた。


「俺は、俺たちの身を守るために……」


「わかっています。でも、そのせいでカイトさんの時間が削られるのは嫌なんです。……ねえ、名案があるんです。いっそ、この三国の王様を全員消しちゃえば、世界は平和になりますよね?」


(……発想が完全に魔王なんだよ!!)


「そうすれば、カイトさんは軍議なんて出なくていいし、私と一緒にずっとこの廃校……あ、今は聖都でしたっけ。そこにいられます。……ね、今夜から始めましょうか?」


カナの手がカイトの喉元を愛おしそうになぞる。本気だ。彼女はカイトとの時間を取り戻すためなら、大陸の地図を書き換えることに一切の躊躇がない。


「待て、カナ! それは下策だ。王を消せば秩序が崩壊して、もっと危ない……」


俺が必死に説得しようとしたその時。

窓のカーテンが揺れ、同時に天井から微かな衣擦れの音がした。


「――おしゃべりはそこまでよ。その男、私たちの国へ招待させてもらうわ」


「あら、東(うち)が先に目を付けていたのだけれど? 悪いわね、西の野蛮な方」


二人の美女が、音もなく部屋に侵入していた。

一人は、東の帝国から送られた、露出度の高い忍装束に身を包んだ妖艶な美女。


もう一人は、西の連合から送られた、軍服をタイトに着こなしたクールな女スパイ。


彼女たちはカイトの「予言」の噂を聞きつけ、自国を勝利に導く「至宝」として彼を強奪しに来たのだ。


「カイト様、帝国の皇帝陛下は貴方を熱烈に歓迎しております。……夜の『お世話』も、この私、レンが直々に……」


「ふん。連合の大統領閣下は、貴方に最高権力者の座を約束しているわ。私と共に来なさい、カイト」


美女二人による、露骨なハニートラップと引き抜き工作。


本来のシリアス系世界観なら、ここで複雑なスパイ合戦が始まる熱いシーンなのだが、カイトは絶望に顔を伏せた。


なぜなら、隣に立つカナの周囲から、窓ガラスがビリビリと震えるほどの「漆黒の殺気」が溢れ出したからだ。


「……泥棒。私のカイトさんに、変な匂いをつけて、触ろうとするなんて」


カナの手元に、どろりとした闇が収束し、鎌のような形を成していく。


「ヒナさん!! 外で聞き耳立ててないで入ってきてください! 害虫駆除です!!」


カナの声に応じるように、扉を蹴り破ってヒナが乱入してきた。彼女もまた、刺客の美女たちを見て、聖女らしからぬ般若のような形相で剣を抜く。


「……ちょうどよかったわ。私も教会の腐敗に嫌気がさしていたところよ。この国の外に、カイトを連れ去ろうとする不届き者は、ここで聖なる炎に焼かれなさい!」


(やめろ! 殺すな! 国際問題になる!!)


東の刺客、西のスパイ、そして独占欲が暴走した主人公(カナ)と、信仰が愛に変わった聖女(ヒナ)

カイトを巡る「三国間+α」の奪い合いは、もはや戦争の勝敗を超えた、血で血を洗うラブコメ・バトルロイヤルへと発展しようとしていた。


(神様、誰でもいい……! 俺をただの村人Aに戻してくれ!!)


カイトの悲鳴は、少女たちの武器が激突する轟音にかき消されていった。

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偽りの予言者と逆転の聖勇者 〜原作主人公が女だったせいで、俺の生存戦略が崩壊する!? 南賀 赤井 @black0655

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