第8話 駆け出し火炎術師の暴発

 廃坑の空気は澱んでいた。

 カビと錆、そして砕けた石の臭い。

 俺たちはランタンの灯りを頼りに、薄暗い坑道を進んでいた。


「そういや、聞いていなかったな」


 俺は歩きながら口を開く。


「何を?」

「お前の魔術領域だ。アークライト家といえば多芸で知られるが、お前の専門は?」

「『火炎術師バーニング・オーダー』よ。攻撃特化のね」


 シルヴィアは腰に差した短杖ワンドを軽く叩いた。

 術師の行使具といえば、基本的には杖だ。魔力を収束させ、術式を安定させるための最も普及した触媒。

 わざわざ天測儀などという専用の玩具をジャラジャラ持ち歩かなければならない占星術師の方がおかしいんだ。


「……それにしても、臭いわね」


 シルヴィアがハンカチで鼻を覆いながら呟く。

 背中のリュックはぺしゃんこだが、彼女のプライドだけは未だパンパンに膨らんでいるらしい。


「我慢しろ。ここは社交界じゃない。魔物の巣窟だ」

「分かってるわよ。でも、生理的な不快感はどうしようもないでしょう?」

「文句を言う元気があるなら、周囲を警戒しろ。来るぞ」


 俺は足を止めた。

 前方の闇から、ズズズ……という重苦しい音が響いてくる。岩盤を削る音だ。

 一つや二つではない。群れだ。


 ランタンの光が、闇の中に浮かぶ巨大な影を照らし出す。

 『ロックワーム』。

 岩をも砕く回転鋸のような牙と、分厚い皮膚を持つ巨大ミミズだ。

 やり過ごすのは簡単だが、通常、物理攻撃の通りにくい戦士泣かせの魔物として知られている。


「……ひッ」


 シルヴィアが短く息を呑む。

 虫が苦手だと言っていたな。数が多いのも精神衛生上よろしくない。

 俺は、起動を済ませてある天測儀に意識を向ける。

 どの札が出たらどう立ち回るのがいいか、まずはお試しと行くか――。


「下がってて」


 俺の思考を遮り、シルヴィアが一歩前に出た。

 その表情から、先ほどの怯えは消えている。

 戦う者の目だ。精神面はきちんと鍛えてあるらしい。学院の正規カリキュラムが気になってきたな。


「……おい、まさかやる気か?」

「汚らわしい虫けらども。私の視界に入ったことを後悔させてあげる」


 彼女は短杖ワンドを掲げる。

 その先端に、紅蓮の魔力が収束していく。

 周囲の気温が一気に跳ね上がった。


「――繙くは『赤の教典』。大気よ、古き盟約に従いその理を明け渡せ。燻る熱は大気を侵食し、静寂を焦熱へと変えよ……」


 詠唱。

 それも、かなり高位の術式だ。

 美しい発音。完璧なリズム。まるで詩を読み上げるような、しかし冷徹で論理的な儀式プロセス。


「風を捕縛し、紅蓮を凝縮し、焦熱を解放せよ……」


 対集団への回答としては百点満点だ。

 その場の「風」を集めて逃げ場をなくし、炎を極限まで圧縮して解き放つ広範囲殲滅。教科書通りの正解と言える。

 だが――ここは坑道だ。

 俺は嫌な予感がした。


「おい待て! ここでそれはマズい!」

「黙ってて! ――示されたることわりは、絶対なる灰燼! 炸裂せよ、紅蓮の爆砕プロミネンス・ブラスト!」


 俺の制止は、爆音にかき消された。

 シルヴィアの杖から放たれたのは、小さな火球ではない。

 坑道の幅いっぱいに広がる、巨大な炎の津波だった。


 ドゴォォォォォォォォン!!


 轟音。

 熱波。

 そして、眩い閃光。

 俺は咄嗟に地面に伏せ、コートで頭を覆った。

 俺の髪は戦闘の度にチリチリにならなければいけないのか?


 視界が真っ赤に染まる。

 鼓膜が破れそうな衝撃波が通り過ぎていく。

 ロックワームたちの断末魔など聞こえない。奴らは悲鳴を上げる間もなく、瞬時に炭化しただろう。


 問題は、その後だ。


 炎の嵐が収まった後、坑道には静寂が戻った。

 いや、静寂ではない。

 パチパチと何かが爆ぜる音と、もうもうと立ち込める黒煙。

 そして、圧倒的な大気の欠乏。


「……けほっ、けほっ! ……ど、どう? 一網打尽よ……!」


 シルヴィアが得意げに振り返る。

 その顔は煤で真っ黒だ。

 俺はフラフラと立ち上がり、彼女の肩を掴んだ。


「……馬鹿野郎」

「え?」

「お前は馬鹿か! 閉鎖空間で爆発系を使う奴があるか!」


 俺は叫んだ。いや、叫ぼうとしたが、喉が焼けて声が出ない。

 空気が薄い。

 急激な燃焼で、坑道内の空気が食い尽くされたのだ。

 それに、この振動。

 天井を見上げると、パラパラと土砂が落ちてきている。


「あ……」


 シルヴィアもようやく事態に気づいたらしい。

 顔色が青ざめていく。


「く、崩れる……!?」

「走れッ!!」


 俺は彼女の手を引き、全力で駆け出した。

 背後で、ガラガラと天井が崩落する音が響く。

 生き埋めコースだ。

 魔物は全滅させたが、自分たちも全滅しかけている。

 これだから、実戦経験のないお嬢様は!


 数十メートルほど走り、少し開けた空間に滑り込む。

 崩落は、俺たちが元いた通路を完全に埋め尽くして止まった。

 もう戻れない。

 退路は断たれた。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺は大の字になって地面に転がる。

 肺が空気を求めて喘いでいる。

 隣では、シルヴィアが膝をついて咳き込んでいた。


「……死ぬかと……思った……」

「殺す気か、てめえは……」


 俺は上半身を起こし、彼女を睨みつけた。


「なるほど、威力は認めてやる。ロックワームの分厚い皮を一瞬で溶解させる火力だ。大したもんだよ」

「そ、そうでしょう? 私の魔法は……」

「だが、戦術眼は赤点だ。落第どころか退学レベルだ」


 俺は指を突きつける。


「狭い坑道であんな特大の爆炎魔術をぶっ放せばどうなるか、想像がつかなかったのか? 酸欠、崩落、有毒な排気。魔物に殺される前に、自分の魔法で死ぬところだったぞ」

「う……」

「それに、あの熱量だ。もしここに可燃性のガスでも溜まっていたら、今頃俺たちは消し炭だ。骨も残らん」


 シルヴィアは反論できずにシュンと縮こまった。

 

 まあ、知識としては知っていても、実戦の興奮状態では頭から吹き飛んでいたのだろう。


「……ごめんなさい」

「反省してるならいい。俺も初めての実戦ではボロボロにされたものだ」


 俺は溜息をつき、立ち上がる。

 後ろの道は塞がれた。

 前へ進むしかない。

 これは強制的な進行イベントだ。まったく、運命というやつはいい性格をしている。


「行くぞ。……言っておくが、今の崩落で他の魔物も刺激されたかもしれん。次はもっと慎重にいけよ」

「……はい」


 シルヴィアは大人しく頷き、俺の後ろをついてくる。

 その背中が少し小さく見えた。

 だが、このまま彼女に任せていてはこちらの命がいくつあっても足りない。


「次は俺がやる」


 俺はコートの埃を払いながら告げた。

 シルヴィアが顔を上げる。


「え? でも、占星術師は戦えないって……」


 彼女の常識ではそうだろう。

 天測儀を回し、カードをめくり、運命を語るだけの非戦闘員。

 俺は天測儀のリングを指で弾き、口の端を吊り上げてみせた。


「常識は捨てろと言ったはずだぜ、後輩」


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