第7話 致死量の荷物を抱えて
さて、道中はスキップ、といきたいところだがそうはいかなかった。
「……はぁ、はぁ、少し……休憩を……!」
シルヴィアが悲鳴のような声を上げ、道端の岩にへたり込んだ。
帝都を出て半日。
俺たちは『星降る廃坑』へと続く山道を登っていた。
整備された街道ではない。獣道に近い、険しい山道だ。
だが、今の遅れの原因は地形ではない。
「おい、後輩。その背中の山は何だ」
俺は冷めた目で見下ろす。
シルヴィアの背中には、彼女の華奢な体躯よりも巨大な革製のリュックサックが鎮座していた。
パンパンに膨れ上がり、留め具が悲鳴を上げている。
歩くたびに、中からガチャガチャと陶器が触れ合うような音が響いていた。
「……野営の準備よ。常識でしょう?」
「常識? 俺の知る限り、危険地帯攻略の常識に『ティーセット一式』は含まれていないはずだが」
「!!」
図星だったらしい。
シルヴィアは顔を赤くして反論する。
「アークライト家の人間たるもの、いかなる状況でも品位を保たなければならないの! それに、これはただの茶器じゃないわ。魔力を回復させるハーブティーを淹れるための、専用の魔道具で……」
「へえ。で、その下にある分厚い本は?」
「……予備の魔導書と、父様の論文集。現地で照合するために必要かと思って」
「そのまた下にある、やけに嵩張る布の塊は?」
「……替えのローブと、正装用のドレス。万が一、父様と感動の再会を果たした時に、泥だらけでは失礼だから」
俺は天を仰いだ。
頭が痛い。
こいつは遠足気分か?
それとも舞踏会にでも行くつもりか?
学院は実戦に耐えうる魔術師の養成所では無かったのか?
「いいか、よく聞け。俺たちはピクニックに行くわけじゃない。死地に向かうんだ。そんな重りを背負っていたら、魔物に遭った瞬間に逃げ遅れて死ぬぞ」
「魔術で身体強化を掛けているから平気よ! ……これしきの重量、計算の範囲内だわ」
「計算違いでへばってるのがわからないのか?」
俺はリュックに手をかけ、強引に剥ぎ取ろうとした。
「捨てろ。茶器もドレスも、論文集もだ。水と食料、最低限の触媒以外は全部置いていけ」
「嫌よ! これは私の矜持なの! 貴方みたいな野良魔術師には分からないでしょうけど、形式と品位は魔術の精度に直結するのよ!」
「品位でロックワームの牙が止まるものか」
「離して! 私の荷物よ!」
山道で取っ組み合いになる。
レベルの低い争いだ。
だが、シルヴィアの握力は意外と強かった。憎らしいことに、優等生として基礎的な身体強化はそれなりらしい。
その時だ。
ズズズ……と、足元から不穏な振動が伝わってきたのは。
「……あ」
シルヴィアが動きを止める。
俺たちの足元。
昨夜の雨で緩んでいた地盤が、二人の重み――というか主に荷物の重み――に耐えきれず、音もなく崩れ去った。
「うわあああああッ!?」
「きゃあああああッ!?」
視界が回転する。
俺たちは絡まり合ったまま、急斜面を滑落していった。
岩にぶつかり、木の根に引っかかり、土煙を上げて転がり落ちる。
終わった。
滑落先には、岩場が待ち構えていたからだ。
あんなものに生身で突っ込めば、ミンチになるのは確実だ。
運ゲー以前の問題だ。
自分から岩にぶつかっていく馬鹿をどうにかするような
だが――。
激しい衝撃音と共に、俺たちの体は止まった。
痛みはある。だが、死んではいない。
俺の下敷きになっているのは、シルヴィア……の背負っていた巨大リュックだった。
それがクッションとなり、鋭利な岩場との衝突から俺たちを守っていたのだ。
中に入っていたであろう高級ティーセットは、粉々に砕け散り、哀れな音を立てていたが。
「……い、生きてる……?」
シルヴィアが震える声で呟く。
俺は彼女の上から退き、粉砕されたリュックの中身を見下ろした。
ぐしゃぐしゃになったドレス。紙屑と化した論文集。そして破片となったティーカップ。
それらが、見事に衝撃吸収材の役割を果たしていた。
「……驚いたな」
俺は率直な感想を漏らす。
「貴族の嗜みってのは、クッションの代わりにもなるらしい」
「……私の……ロイヤル・コペンハーゲン特注の……カップが……」
シルヴィアは涙目で破片を拾い上げている。
俺は肩をすくめ、立ち上がった。
滑落したおかげで、皮肉にも目的地のすぐ近くまでショートカットできていた。
目の前には、ぽっかりと口を開けた巨大な洞窟。
『星降る廃坑』の入り口だ。
「俺がいると運がいいんだ、よかったな、後輩。荷物は軽くなったし、目的地には着いた。一石二鳥だ」
「……最悪よ。貴方のせいだからね」
「命の恩人に感謝してほしいもんだが。しかし、荷物を捨てさせようとした俺の判断は誤りだった。撤回しよう」
俺は洞窟の奥を睨む。
ここから先は、本当に死地だ。
「さあ、行こうか。……身軽になった体でな」
シルヴィアは鼻をすすりながら立ち上がる。
背中には、ぺしゃんこになったリュック。
中身はゴミだが、彼女はそれを捨てようとはしなかった。
「……弁償してもらうから。高いんだからね」
「はいよ。親父さんが見つかったら請求書に上乗せしておきますとも」
俺たちは泥だらけのまま、廃坑の闇へと足を踏み入れた。
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