第一章 アルカナⅠ『魔術師』は始まりを導く

第6話 路地裏の現実主義者と迷える見習い術師

 そっからの話は、まぁいいだろう。

 運だけの男の、運すら微妙な時期をちまちま語ったって仕方が無い。


 俺はうまくいったり、いかなかったり、運を過信して死にかけたりしながら、遺物を一つまた一つと増やし、戦闘に使えるものに置き換えていった。

 その度に俺は少しずつアルカナの導きを手の内にたぐり寄せ、同時に周囲が俺を見る目は険しくなっていった。


 ――そして、今に至る。

 

 俺は冒険者としてシルバーランクそこそこの地位となり、三十二個の遺物レリックをぶら下げ、己の運を感覚的に把握するまでに至った。

 今のLUKの単純加算?そういうのは意識したやつから死んでいくものだ。

 俺はただ、俺が最高に幸運な男であることだけを理解していればいい。


 現在の話をしよう。

 

          ◇

 

 帝都の一角。

 表通りから一本入った閑静な場所に、その店はある。

 看板には、流麗な筆致で『占星術・運命相談』。


 俺、ザラックは、磨き上げられたマホガニーのカウンターで、カップを傾けていた。

 香りの良い紅茶。適切な温度、適切な茶葉。

 生活はまともだ。いや、むしろ良い部類に入るだろう。

 占星術師という職業は、絶対数が圧倒的に少ない。

 ダンジョンで命を張らずとも、気まぐれな相談に乗るだけで、そこそこの金が転がり込んでくる。

 他の冒険者連中が金をばら撒いて余暇を過ごしている最中、俺はこうしてゆったりと別の仕事で稼いでいるのだ。


 ソロで毎日ダンジョンに潜ることは不可能ではない。

 だが、疲れる。それに、ソロでは怪我をした時のリカバリーが効かない。

 運の絡まない物理的な範疇において、俺は徹底した現実主義者リアリストだ。


 扉のベルが鳴る。

 俺はカップを置き、ゆっくりと顔を上げた。


 そこに立っていたのは、場違いなほどに上等なローブを纏った少女だった。

 歳は十五、六か。

 銀糸の刺繍が入った学院の制服。

 フードを目深に被っているが、そこから覗く燃えるような赤髪のロングヘアと、意志の強そうな碧眼は隠せていない。

 見るからに「いいところのお嬢様」だ。

 そして、張り詰めた糸のような緊張感を漂わせている。


「……ここが、占星術師の店?」


 鈴を転がすような声。

 俺は表情を変えずに応じる。


「いかにも。何の用だ」


 彼女は躊躇いながらも店の中へと足を踏み入れた。

 そして、俺の顔をまじまじと見つめ、確信したように呟く。


「やっぱり……本物だわ。噂通りの、人を食ったような顔」

「失礼な。これでも鏡を見るたびに、真面目な市民の顔だと安心しているんだが」

「学院の『ブラックリスト』には載っていたわよ。窓際学科の『文献保存科』をギリギリで卒業した、学院の汚点として」


 学院。

 懐かしい響きだ。そして、俺にとっては何一つ学びのなかった場所でもある。


「あんた、学院の生徒か。俺の後輩ってことか」

「……不本意ながら」


 少女はフードを払いのけた。

 豊かな赤髪が広がり、店内の空気が少しだけ華やぐ。

 整った顔立ち。だが、眉間のシワが台無しにしている。


「シルヴィア。シルヴィア・アークライトよ。……名前くらいは、聞いたことがあるでしょう?」


 アークライト家。

 代々優秀な魔導師を輩出している名門だ。


「知らんな」

「なっ……!?」

「俺は在学中、ほとんど講義に出ていなかったからな。優等生の名前なんぞ覚えてない」

「……サボっていたからでしょう?」

「違うな。教員がいなかったんだよ」


 俺は紅茶を一口啜る。


「文献保存科の埃っぽい書庫には、俺に『運命』を教えられる人間なんて一人もいなかった。だから外で実践を積んでいたのさ」


 半分はハッタリだが、半分は真実だ。

 シルヴィアは何か言い返そうとして、口をつぐんだ。

 今は議論をしに来たわけではない、と思い直したのだろう。

 彼女は深呼吸をし、縋るような、それでいて命令するような、複雑な眼差しを俺に向ける。


「……占ってほしいの。私の、家門の行く末を」


 ほう。

 名門アークライト家の行く末。

 俺は興味なさげにカップを置く。


「他を当たれ。俺の占いは高いぞ」

「お金なら払うわ。……これで足りる?」


 彼女が革袋から取り出したのは、煌めくような魔石マナストーンだった。

 純度が高い。市場価格にして、俺の今の生活費半年分といったところか。

 悪くない提示だ。

 俺は小さく息を吐き、掌を返した。


「交渉成立だ。掛けなさい、シルヴィア殿」


 俺は芝居がかった台詞で慇懃無礼に礼をした。

 シルヴィアは強張った表情のまま、丸椅子に腰を下ろした。


「で? 具体的に何が知りたい? 家門の行く末といっても漠然としすぎている」

「……父様が、失踪したの」

「ほほう」

「昨夜、書斎から忽然と姿を消したわ。争った形跡もなし。ただ、机の上に『星が呼んでいる』という書き置きだけを残して」

「ロマンチストな親父さんだな」

「父様は宮廷魔導師よ! そんなふざけた理由で職務放棄するような人じゃないわ!」


 彼女は膝の上で拳を握りしめる。


「騎士団も動いてくれない。証拠がないからって。……私の知識と魔術で追跡を試みたけれど、どうしても痕跡が掴めない。論理的に考えられる場所は全て探したわ。でも、いないの」

「だから、論理の通じない俺のところに来たと?」


 シルヴィアは答えず、ただ唇を噛んだ。

 肯定と受け取っておこう。


 俺は立ち上がり、カウンターの奥から古びた木箱を取り出した。

 蓋を開けると、そこには無数の傷が入った水晶……ではなく、真鍮で作られた複雑な機構――『天測儀スフィア』が収められている。


「……何、それ?」

「天測儀だ。マイナーな領域でも行使具ぐらいは知っておいた方がいい。星の位置と運命の座標を重ね合わせる」


 俺は天測儀をテーブルの中央に置く。

 そして、右手をかざした。


「――起動スタンバイ


 短く告げると、天測儀のリングが独りでに回転を始めた。

 チチチチ、と微細な音を立てて真鍮の輪が回り、中心部から青白い燐光が漏れ出す。

 その光は空中に投影され、ホログラムのように輝く星座図を描き出した。


 俺は低く声を落とす。

 遊びではない。仕事の時間だ。


「親父さんの名前は?」

「……ギルバート。ギルバート・アークライトよ」


 俺は頷き、天測儀に魔力を通す。

 この世界の占星術は、元いた現実リアルのものよりもかなり簡素だ。

 複雑なスプレッドを展開せずとも、強力な神秘による導きがあるからな。


「ギルバート・アークライト……その星の軌跡を追う」


 俺は一つ目の詠唱を紡ぐ。


「――星々よ、彼方の灯火を映せ。失われし羊の鼓動を探れ」


 光の星座図が収束し、一枚のカードが実体化してテーブルの左下に落ちる。

 カードは『隠者The Hermit』の逆位置。


「隠者、逆位置か。……孤独、閉鎖、あるいは地下への没入」

「どういうこと?」

「生きているが、外界との接触を断っている。それも、かなり深い場所でな。誰かに囚われているわけじゃない。自ら潜ったんだ」


「自ら……? じゃあ、やっぱり書き置きは本物?」

「焦るな。……闇が深いな」


 天測儀の回転速度が上がる。俺は二つ目の詠唱を重ねる。


「――星々よ、深淵の霧を払え。視界を遮るベールを裂け」


 二枚目のカードが右下に落ちる。

 『The Moon』。


「月だ。不安、幻影、そして見えざる危険。……場所の特定を阻んでいるのは、物理的な遮蔽だけじゃない。そこには強力な磁場か、魔力の嵐が吹き荒れている」

「そんな場所、帝都の近くにあるはずが……」

「あるさ。灯台下暗しってやつだ」


 俺は最後の詠唱へと移る。

 全ての問いに対する答え。


「――星々よ、運命の道標を示せ。導きの光を此処に」


 天測儀が激しく明滅し、最後の一枚が頂点に舞い降りた。

 描かれていたのは、崖のふちに立つ若者。


 『愚者The Fool』。


「……何よ、これ。私を馬鹿にしてるの?」

 シルヴィアが眉を吊り上げる。

「解決策が『愚か者』ってこと?」

「いいや。これは『始まり』だ。自由、冒険、常識からの逸脱。……そして、前人未到の地への挑戦」


 俺はカードを指先で弾いた。

 星の巡りが、三枚のカードの意味を現実の座標へと収束させていく。

 地下深くへの没入。魔力の嵐。そして、常識外れの場所。

 脳裏に浮かぶ映像。座標。


「親父さんは『星降る廃坑』にいる」

「星降る廃坑……!?」


 シルヴィアが息を呑んだ。

 そこは帝都から遠く離れた山岳地帯。かつては魔石の採掘場だったが、今は強力な魔物が徘徊する危険地帯として封鎖されている場所だ。


「そんなところに……どうして?」

「『星が呼んでいる』と言ったんだろう? あそこはかつて、星の魔力が最も強く降り注ぐ場所と言われていた。宮廷魔導師なら、その力の源泉に興味を持っても不思議じゃない」


 俺は天測儀の回転を止めた。

 場所は割れた。これで依頼は完了だ。


「……ありがとう。すぐに向かうわ」

「死ぬ気か?」


 立ち上がろうとしたシルヴィアを、俺の言葉が引き留めた。


「あそこはソロで潜れるような場所じゃない。ましてや、実戦経験の乏しい学生一人じゃ、入り口でロックワームの餌になるのがオチだ」

「でも……! 父様を助けないと!」

「騎士団を呼べ。場所が分かれば動くだろう」

「間に合わないわ! 手続きに何日かかると思ってるの!? 今すぐにでも行かないと……!」


 シルヴィアは悲痛な叫びを上げた。

 その目には涙が滲んでいる。

 

 俺は少し考え込む。

 『星降る廃坑』。

 危険な場所だ。本来なら関わりたくない。

 だが、俺の視線はカウンターの上に置かれた高純度の魔石に向けられていた。

 

 これだけでも十分な価値がある。

 加えて、宮廷魔導師を救助したとなれば、その謝礼は計り知れない。

 危険手当としては、悪くないレートだ。

 

 俺は口元を歪め、愉悦に似た笑みを浮かべた。


「いいだろう。俺が同行してやる」

「……え?」

「勘違いするなよ。あの廃坑にはレアな鉱石が眠っているらしいからな。ついでにお前の護衛をしてやるだけだ。追加料金は、親父さんからふんだくることにする」

「あ……」

「行くぞ、後輩。稼ぎ時だ」


 俺はコートを翻し、店を出る。

 呆然としていたシルヴィアも、慌ててその後を追ってきた。


「……言っておくけど、足手まといになったら見捨てるから!」

「そいつはこっちの台詞だ」


 『愚者The Fool』は俺にも向けられているような気がしていた。

 直感だ。だが占い師の、まして俺の直感はよく当たる。


「始まりか。……丁度いい」


 退屈な成功には、そろそろ飽きていたところだ。


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