第5話 『運命の輪』を三千回回せ

 冒険者としての初陣でボロボロにされた俺は、その翌日から奇妙な行動を開始した。


 向かったのはダンジョンではない。

 王都の裏通り、古道具屋や廃棄物処理場が並ぶ「ガラクタ通り」だ。


「おい坊主、また来たのか。うちは慈善事業じゃないんだぞ」


 店主の親父が、ハエを追い払うような仕草で俺を見る。

 俺は構わず、カウンターに銀貨を数枚積み上げた。


「慈善事業? とんでもない。俺は『優良顧客』だろ? そこの木箱に入ってる『鑑定済みのガラクタ』を全部くれ」


 俺が指差したのは、冒険者たちが鑑定所に持ち込み、そのあまりにくだらない効果に落胆して二束三文で売り払った、欠けたナイフや曇った水晶玉の山だ。

 一度は鑑定され、無価値の烙印を押された哀れなガラクタたち。

 親父は呆れ果てた顔で、木箱ごと俺に押し付けた。


「……好きにしな。返品は不可だぞ」


 俺は木箱を抱え、逃げるように宿へ戻った。

 狭い安宿の部屋は、すでにガラクタで埋め尽くされている。

 足の踏み場もない。異臭すら漂うこの部屋こそが、俺の『検証室ラボ』だ。


 俺は木箱をひっくり返し、中身を床にぶちまけた。

 一つ一つの遺物を手に取り、魔力を通す。

 当然、反応は微弱。効果もゴミのようなものばかりだ。

 『30秒間指先が温かくなる指輪』

 『3日に一度赤と白を入れ替えられるハンカチ』

 『水に浸けると5分間だけ微弱に振動するナイフ』


 普通なら、窓から投げ捨てるレベルだ。

 だが、俺が求めているのは「表面上の効果」ではない。

 こんなゴミのような遺物レリックにも秘匿効果はある。

 俺は震える手で、一枚のコインを取り出した。

 何の変哲もない、銅貨だ。重心の偏りもないことは確認済み。


 検証開始スタート


 俺は『指先が少し温かくなる指輪』を装備し、コインを弾く。


 チンッ。

 表。


 チンッ。

 裏。


 チンッ。

 表。


 記録用紙に正の字を書き込んでいく。

 十回や二十回じゃない。

 一千回だ。

 いや、信頼区間を考えれば、最低でも三千回は試行しなければデータとして価値がない。


 親指の皮が擦り切れ、爪が割れる。

 目は充血し、意識が朦朧とする。

 端から見れば、完全に狂人だ。薄暗い部屋で、ブツブツと呟きながらコインを弾き続ける男。


 ――二千五百回、終了。

 表:1248回。裏:1252回。

 誤差の範囲だ。

 この指輪に、俺が求める「運」への干渉力はない。


「……次」


 俺は無感情に指輪を外し、「廃棄」の箱へ投げ入れる。

 そして次の遺物、『水に浸けると5分間だけ微弱に振動するナイフ』を腰に差す。


 再び、コインを弾く。

 チンッ。チンッ。チンッ。


 終わりのない単純作業。

 だが、俺は一切の手を抜かない。

 これだ。これこそが「攻略」だ。

 見えないマスクデータを暴き、開発者が隠した仕様の穴を見つけ出す。

 この地道で泥臭い作業を積み重ねた先にしか、最強への道は拓かれない。


 そして、その時は訪れた。


 五つ目の遺物。

 ダンジョンの奥深くで拾われたという、錆びついた小さな『鈴』。

 振っても音は鳴らない。鑑定結果は「5%の確率で意識外からの攻撃を警告する」。終わっている効果だ。


 だが、俺の「確率の感覚」が、僅かにざわついた。


 検証開始。

 百回。二百回。五百回……。


 ――表が、多い。


 明らかに、偏っている。

 俺の手が震えだす。

 一千回終了時点。

 表:520回。裏:480回。


 誤差かもしれない。 いや、違う。

 三千回まで回す。

 結果――表の出現率、約52%。


「…………来た」


 俺は掠れた声で呟いた。

 たった2%。

 普通に考えれば、2%の確率変動など誤差だと思うかもしれない。

 だが、俺の直感が告げている。

 アルカナの利用で有用な札が出る確率が上がっている、気がする。


 デッキの中身は変えられない。引くカードは運任せだ。

 だが、ドローする瞬間の引き《右手》を、この2%が俺に有利な方へ傾けてくれる。

 致命的なハズレを回避し、起死回生の当たりを引き寄せる。

 そんな確信めいた予感が、この鈴からは伝わってくる。


「当たりだ……!」


 俺は音の鳴らない鈴を握りしめ、歓喜に打ち震えた。

 他の誰が見てもゴミだ。金貨一枚の価値もない。

 だが俺にとっては、伝説の聖剣よりも価値がある。


 魂への負荷コストはどうだ?

 ……軽い。羽のように軽い。

 これなら、あと十個……いや、二十個はいける。


 計算しろ。

 2%の上昇を積み重ねればどうなる?

 加算か、乗算か。重複制限はあるか。

 検証だ。もっとサンプルが必要だ。

 世界中のガラクタを買い占めてでも、検証する必要がある。


 俺は狂ったように笑いながら、次の遺物を手に取った。


 こうして俺は、街中のガラクタを買い漁る「変人」となり、

 同時に、誰にも理解されない最強の「運」を手に入れた。


 数週間。数ヶ月。

 雨の日も、風の日も、俺はダンジョンへ潜り、木の杖を振り回し、僅かに稼いだ金を全てガラクタにつぎ込み、コインを弾き続けた。

 一つ、また一つと「当たり」を見つけ出し、俺の体にはガラクタが増えていった。


 俺の体には、選び抜かれた7個の「ゴミ」が巻き付いている。戦闘の役には立つものは僅かで、それも微妙な効果だ。だが、単純加算で19%、俺を幸運にしてくれているはずだ。

 その全てが、膨大な検証の末に勝ち取った「奇跡」の集合体だ。


 俺は天測儀スフィアを撫でた。


「最低限の準備ビルドは完了だ。そろそろ、本番といこうか」


 俺の視線の先には、俺を打ち負かしたダンジョンの入り口があった。

 今度はこのLUKを検証する時間だ。

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