第3話 『愚者』は崖っぷちで踊る

 ジャラ、ジャラ……。

 静寂な夜の街に、俺の足音が、いや、遺物の衝突音が響く。

 その不規則なリズムは、どこか遠い記憶の扉を叩く音に似ていた。


 俺の前世の名は、神崎かんざき らく

 日本の、しがないゲーマーだ。

 死因は……まあ、深夜にカフェインをキメすぎたか、あるいはガチャの爆死によるショック死か。そんな下らない理由だろう。なんだっていい。死は死だ。

 気づけば俺は、この世界にいた。

 片田舎の農家の三男坊、ザラックとして、オギャアと泣いていたのだ。


 そこからの俺の人生は、いわゆる「イージーモード」だった。

 転生特典なんてものが在るのかは知らないが、単に大人の知能によって俺は「神童」と呼ばれた。

 五歳で書物の文字を読み解き、八歳で初級魔術を習得した。

 村の大人たちは腰を抜かし、両親は「伝説の魔術師の再来だ!」と狂喜乱舞した。


 そうして俺は、トントン拍子に王都へと召し上げられ、大陸随一の魔術師養成機関である『王立魔術学院』へ特待生として入学することになる。


 詳細はいいだろう。

 ローグライクの周回要素解放の稼ぎパートなんて見たってしょうがない、それと同じだ。

 俺がどれだけ効率的に魔力制御を覚え、どれだけ最短で筆記試験を満点で通過したか。そんな過程に面白味はない。

 重要なのは、その先だ。


 運命の分岐点は、学院の大図書館で訪れた。


 その日、俺は王道のエリートコースである「元素魔法科」の予習のため、参考書を探していた。

 だが、俺の足は吸い寄せられるように、誰も立ち寄らない地下倉庫の奥へと向かった。

 埃っぽいカビの匂い。静寂。

 そこで俺は、一冊の古びた書物と、奇妙な真鍮の輪に出会った。


天測儀スフィア』。

 そして、実戦魔術としては廃れ、今は学術と統計の分野にのみ残る『占星術』。


 俺は書物のページを捲った。

 そこに書かれていたのは、魔術師にとっての禁忌とも言える言葉の羅列だった。


『制御不能』

『術者の意図を介さない』

『星辰の導きによる事象の具現化』


 普通の魔術師なら、鼻で笑って本を閉じるだろう。

 魔術とは、計算と理論によって事象を「制御」するものだからだ。制御できない力など、欠陥品でしかない。


 だが、俺の脳髄は震えた。

 ゲーマーとしての本能が、歓喜の産声を上げたのだ。


「……毎ターン、星々の力を借りてランダムな現象を引き起こす?」


 俺は埃まみれのページを貪るように読んだ。


「デッキ編集不可。ドロー枚数は固定で1枚。……なんだそのクソゲーは」


 そのときの俺はきっと気色の悪い笑みを浮かべていたことだろう。

 確実な詠唱で、確実な火球を出す? そんな作業のどこにカタルシスがある?

 不確定な未来を、己の引きだけでねじ伏せる。どうせ二度目の人生だ。安定など求めて何になる。それこそが、俺の求めていた「生」の手触りだった。


 そして、進路希望調査の日。

 面談室には、担任の教師と、学年主任が並んでいた。彼らは期待に満ちた目で俺を見ていた。


「ザラック君、君の成績なら宮廷魔術師も夢じゃない。希望は破壊力のある『火炎術師バーニング・オーダー』か? それとも汎用性の高い『水霊術師アクア・コマンダー』か?」

「『占星術師タロット・オーダー』でお願いします」


 俺の言葉に、教師の笑顔が凍りついた。


「……は? 占星術師だと?」

「はい。タロットを使いたいんです」

「な、何を言っているんだ? あれは……確かに、政府の統計局や大商会の顧問になら需要はあるが……」


 教師は困惑したように眉をひそめた。

 そう、占星術師という魔術領域自体に価値がないわけではない。

 魔術的な精度の高い「予報」を行う専門職として、国家機関や大企業からは一定の需要がある。天候予測、相場変動、あるいは国家事業の吉凶占い。そういった裏方のコンサルタントとしては優秀だ。


「だが、君は『神童』だぞ? 宮廷魔導師として歴史に名を残せる才覚があるんだ。それを棒に振って、薄暗い部屋で水晶玉を磨くような仕事に就くつもりか?」

「ええ。不確定な未来の方が、性に合ってますから」


 学院中がひっくり返る騒ぎになった。

 「神童が乱心した」「悪魔に憑かれた」「勉強のしすぎで頭がおかしくなった」と噂された。

 教師たちは説得し、親は泣きつき、友人は離れていった。


 だが、俺は止まらなかった。

 周囲の期待という名の「確定演出」をドブに捨て、俺は自ら茨の道を選んだ。

 最高の気分だった。


 しかし、問題があった。

 占星術を教えられる人間が、学院には一人もいなかったのだ。

 占星術師タロット・オーダーは、予言や助言を行う文官職であり、まともな戦闘職としては体系化されていない。

 学院は戦闘魔術師の養成所だ。教えられる人間などいるはずもない。

 そして、市井の占星術師に「戦闘がしたい」などと言えば、鼻で笑われるか、門前払いされるのがオチだ。


 だから俺は、猫を被ることにした。


 休日のたびに街へ降り、怪しげな占いの館や、引退した宮廷顧問の隠居先を訪ね歩いた。

 いかにも真面目な優等生の仮面を被り、殊勝な顔で頭を下げる。


「星の導きに……学術的な興味がありまして。歴史ある占星術の叡智を、ぜひご教授いただきたいのです」


 本心では、「早くそのデッキをよこせ。俺にドローさせろ」と叫び出しそうになるのを必死で堪えながら。

 老婆の長話に付き合い、好々爺の自慢話に相槌を打ち、俺は少しずつ、だが着実に「運命」の扱い方を学んでいった。


 そうして俺は、望み通り占星術師タロット・オーダーになった。

 神童ザラックの名は地に落ち、代わりに一人の「物好きな変人」が誕生した。


 ……ジャラッ。


 足元の石畳につまずき、遺物が大きな音を立てる。

 俺は現実に引き戻された。


 望み通りのジョブに就き、俺は冒険者になった。

 だが、現実は甘くなかった。

 ローグライクゲームならば、死は終わりではない。次なる周回ランへの糧だ。知識を引き継ぎ、要素を解放し、初期デッキからやり直せばいい。

 だが、現実は1度きりだ。

 「運ゲー」は、勝てるから面白いのだ。負け続ける運ゲーはただのクソゲーだ。


 最初のダンジョン探索で、俺はそのことを骨の髄まで理解させられた。

 あれは、俺が「確率」に支配される側から、支配する側へと足掻き始めた、本当の地獄の入り口だった。

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