第2話 鑑定不能の「運」を求めて
ダンジョンからの帰り道は、いつも憂鬱だ。行きはよいよい、帰りは怖い。
死線を超え、極限まで張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、脳内を駆け巡っていたアドレナリンが潮が引くように消えていくと、誤魔化していた全身の疲労が一気に押し寄せてくる。
「……あー、髪が焦げ臭せえ」
俺は静電気で爆発した頭をガシガシと掻きながら、石畳の道を歩く。
擦れ違う街の人々が、俺を見てギョッとした顔をし、慌てて道を空ける。
無理もない。全身煤だらけで、髪は爆発。その上、体中にジャラジャラと薄汚れた
不審者以外の何物でもない。
器の許容量を超えて装備すれば、精神が摩耗し、やがては自我が破綻して廃人となる。身の丈に合わない力を欲する愚か者の代償だ。
だからこそ、一流の冒険者であっても、厳選に厳選を重ねた強力な遺物を二つ、三つと、低級の補助的なものをいくつかを身につけるのが限界とされる。
強力な
だが、俺を見てくれ。
脚絆に杖、剣の鞘、手甲、指輪、腕輪、ネックレス、腰飾り、アンクレット……全身合わせて三十二個。狂気の沙汰だ。
なぜ俺がこれほどの数を装備して、平然としていられるのか。
俺が神に愛されたクソチート野郎で、魂の器が神代の英雄並みに大きいからか?
違う。断じて違う。
単純な話だ。俺が装備している遺物が、誰も見向きもしないような「ガラクタ」ばかりだからだ。
効果が限定的すぎたり、基礎発動確率が低すぎたり、あるいは発動に手間がかかるような、
資源として回収はされるが、店に並べても二束三文の値しかつかないゴミ。
だが、ゴミでも集めれば山となる。一つ一つは頼りなくとも、数さえ揃えれば、それは幾重にも重なる「確率の網」となり、俺の命を守る盾となる。
俺は街の中心部にある冒険者ギルドへと足を向けた。
重厚な石造りの建物。その一角に、冒険者が持ち帰った戦利品を買い取る換金所がある。
扉を開けると、むっとするような熱気と、喧騒が押し寄せてきた。
「よう、ザラック。生きてたか」
カウンターの向こうで、顔馴染みの鑑定士、ガンツが呆れ顔で出迎える。
ドワーフ特有の頑固そうな顔に、精緻な細工が施された
「……またその格好か。お前が歩くと、金属音がうるさくて敵わん。店の品位に関わる」
「ギルドの店に品位もクソもあるかよ。生存報告代わりのノイズだと思ってくれ。ほらよ、今日の戦利品だ」
俺は
ガンツは無言で指輪を拾い上げ、片眼鏡越しに睨むように視線を注ぐ。指先から淡い魔力が流れ込み、遺物の構造を解析していく。
鑑定士の技だ。遺物に秘められた現象の型を読み解く、職人の仕事。
「……ふむ。こいつは『衝撃の指輪』だな。拳に力を込めた瞬間、魔力の衝撃波を発生させて打撃を補助する効果がある。
金貨二枚。
一般の冒険者なら、晩飯のグレードを一週間上げてもお釣りが来る金額だ。駆け出しなら小躍りして喜ぶだろう。
攻撃を補助する現象を伴う遺物は、常に需要がある。
4分に一度も放てるなら戦闘中に何度か、あるいは連続戦闘でも火力の底上げができるし、意表を突く手札にもなる。
前衛職なら喉から手が出るほど欲しいだろう。間違いなく有用な遺物だ。
だが。
「……やっぱりな。俺には必要ねえ。換金してくれ」
俺はため息混じりに言った。期待していなかったと言えば嘘になるが、予想通りの結果だ。
「やっぱりって事は無いだろう。このランクの遺物にしちゃ上等だ。後衛にだって近接補助の遺物の需要が無いわけじゃない。それともまた例のわけのわからん基準か?」
「俺は魔法使いだぞ。鋭いパンチを放ってどうする。目当ての品なら、予備として持ってたっていいが、それは違う。」
「
「……だがな、お前の求めているのは身体能力の変化でさえない。そんな不確かなものに命を預けるのは、冒険者としてどうかと思うぞ」
ガンツは呆れ顔で首を振り、金庫から金貨を取り出してカウンターに並べる。
俺はそれを受け取り、懐にしまった。
遺物の効果は、発動する能力だけではない。筋力や敏捷性、スタミナ回復率、魔力回復率、つまり基礎ステータスのバフがある。
発動効果ではない身体能力の上昇は、鑑定では見抜けない「
筋力や敏捷性なら、装備した瞬間に力が湧いてきたり、身体が軽くなったりと変化を感じられるかもしれない。だが、特に「運」に至っては実感することすら難しい。
だからこそ、冒険者は経験則でそれを知るしかない。
「これを着けているとなぜか矢が当たらない」
「これを拾ってから良いこと続きだ」
そんなジンクスめいた噂や、生死の境で拾った幸運の記憶の中にこそ、真実がある。
俺がこの『衝撃の指輪』を装備しても、俺の奥底にある「運」の器は微動だにしなかった。さざ波ひとつ立たなかった。
だから、これは俺にとってはただの金貨二枚だ。
「おい見ろよ、あれ」
「うわ、またあいつか……全身遺物男」
「よくあんなジャラジャラつけてて呪われないな」
「噂じゃ、全部効果のないガラクタらしいぜ? ただのファッションだろ」
「趣味悪すぎだろ……」
背後から、冒険者たちのひそひそ話が聞こえてくる。
嘲笑、困惑、そして僅かな忌避感。
彼らにとって、俺は理解不能な異物だ。
効率を求め、確実に強くなる道を捨て、不確実な確率に全てを賭ける狂人。あるいは、ただの目立ちたがり屋の変人。
だが、それでいい。
理解される必要はない。
俺の命を守るのは、彼らの常識ではなく、俺自身の確率論だ。
「……つくづく、変わった野郎だ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ガンツに背を向け、俺はギルドを出た。
腹が減った。
思考を巡らせるにも、何をするにもエネルギーが必要だ。生きている限り、腹は減る。
俺は近くの大衆酒場『赤竜の髭亭』の扉を開けた。
店内は夕食時の冒険者たちでごった返していた。肉の焼ける香ばしい匂い、紫煙、そして男たちの汗臭さが混じり合った、むせ返るような酒場の空気。
俺は空いているカウンター席に滑り込み、馴染みの店員に注文を通す。
「いつもの。それとエールだ。一番冷えてるやつを頼む」
ほどなくして運ばれてきたのは、厚切りベーコンのハニーマスタード焼きと、ジョッキから泡が溢れるエール。
簡単な料理だが、今の俺には王侯貴族の晩餐よりも価値があるご馳走だ。
俺は一人、黙々とエールを飲む。
周りの冒険者たちは、明日の確実な成果を夢見て語り合っている。どこのダンジョンが稼げるか、有効な術式はどうか、新たな遺物の効果はどうか。
俺にあるのは、不確実な未来を手繰り寄せるための、わずかな「運」だけだ。
なぜ、こんなことになったのか。
なぜ、俺は「運」に縋るようになったのか。
酔いが回ってきたせいか、昔のことが脳裏をよぎる。
まだ俺が、タロットなど持たず、ただの平凡な魔術師見習いだった頃のこと。
さらに言えば、この世界に転生し、占星術師というロマン溢れる魔術領域を志し、そこそこの冒険者になるまでのこと。
俺はジョッキの底に残ったエールを一気に飲み干し、ふぅと長く息を吐いた。
「……思い出すと、酒が不味くなるな」
俺は代金をテーブルに置き、席を立った。
店を出ると、夜風が火照った頬に心地よい。
空を見上げると、満天の星が出ていた。
俺の運命を決める星々。俺はその星の巡りすら、味方に付けてみせよう。
俺はジャラジャラと、派手な金属音を周囲に撒き散らしながら、深く沈んだ闇夜へと歩き出した。
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