幻の『ホワイトクリスマス』
銀狼
お題:キャロル、風車、霜焼け
12月6日土曜日、午後3時30分。
とあるファミレスの片隅が、異様な空気に包まれていた。
大学生くらいの男女数名が、ドリンクバーとスイーツを嗜みながら、眉根を寄せてタブレットパソコンとにらめっこをしている。
彼らは文芸サークルのメンバーであった。クリスマスから年末までの時期に行われる、同人誌即売会に参加が決まっていたものの、この時点で脱稿できていない。このままでは原稿を落とすことになると、尻に火が付き、必死のパッチで原稿を仕上げようとしていた。
外の気温は日中でも一桁。手袋を忘れたため、指先がすっかり冷たくなってしまった。かと思えば、店内はしっかり暖房が効いている。その寒暖差で血行が乱れ、
何とか状況を改善しようと、ホットコーヒーのマグカップで指先を温める。一息つくと気が抜けて、何とはなしに天井を見やる。
風車のような回転する羽が、くるくると回っている。あれは換気扇なのだろうかと、どうでもいい疑問が頭をよぎった。
そうして動きを止めていると、今まで聞こえていなかった周囲の音が耳に入ってくる。
クリスマスが近いこともあって、BGMで流れているのは、冬や雪やクリスマスにちなんだ曲ばかりだ。
「――お、冒涜的なキャロルだ」
流れている曲に覚えがあったらしく、対面にいた男子、
「それは替え歌の方でしょ。これは『鐘のキャロル』」
「そうか。原曲からしてなかなか不安を煽ってくる感じだな」
「まぁ暗いように聞こえるのは分かるけど。歌詞を調べてみるといいわ。『わーいクリスマスだよ! お祝いしましょう!』としか言ってないわよ。というか、あんたも原稿できてないんでしょ。何余裕ぶっこいてんのよ」
「ふっふっふ、実はひとつ思いついたことがあってな。斬新で面白いネタだから、これでいこうと考えてる」
「それは良かったわね。でもどんなにいいネタも、書かなきゃないのと一緒よ」
「問題ない。もうできてる」
自信満々に言い切る明崎に、佐倉は驚く。
「い、いつの間に」
「ついさっきの間に。見て驚け、これが今回の作品だ」
意気揚々とパソコンの画面を見せてくる。
そこには『ホワイトクリスマス』というタイトルがあった。
……ただ、それだけだった。
「タイトルしかないじゃない。これのどこが作品なのよ?」
「見てのとおりだ。クリスマスの日に雪が降って白く染まってるのがホワイトクリスマスだろ? その雪景色を表現したのさ」
「……なるほど。確かに斬新で面白いわね。小説じゃないってことに目を
言いながら素早く明崎の端末を操作し、容赦なくファイルを削除しておく。
「あっ、この野郎、
「大人しく普通に作品を書きなさい。話はそれからよ」
「普通に書いたっておもしろくないじゃんかよー」
「だったら文章が書けるネタを出すとこからね。お題メーカーでもなんでも使って、文章を書きなさい」
渋々といった様子で、端末に向かう明崎。その様子を見て、自分の原稿が途中であることに気付き、慌てて端末に指を伸ばす。
それ以降は何事もなく、午後5時のチャイムが鳴り響く頃には、集まった
なお、明崎のネタ自体は相当なインパクトを残しており、卒業してからも数年は、白紙のページが見つかるたびにイジられていた。
幻の『ホワイトクリスマス』 銀狼 @ginrou
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