第2話

 エレベーターを降りてすぐの、真っ白なドアの前。

 部屋番号のプレートを見て、「本当に来ちゃったんだな」って、今さら思った。


「どーぞ。靴、そこに並べといてください」

「……お邪魔します」


 

 ぱたん、とドアが閉まった瞬間。空気が変わった。


 柔軟剤の匂い。ベッドに置かれたたたまれた洗濯物。散らかってるって言ってたのに、全然そんなことなかった。


「散らかってますけど、どうぞ。スリッパそこです」

「……ありがと」


 ちょっと緊張してるのがバレないように、声を落とした。

 玄関からすぐリビングで、ソファとベッドとローテーブル。あとは本棚と、ゲームのコントローラーがひとつ。

 物は少ないのに、なんだか居心地がいい。男の子の一人暮らし、ってもっと雑なイメージだったのに。


「お茶でいいですか? 麦茶、冷えてます」

「うん、それで」


 マグを手渡されたとき、彼の指先が一瞬だけ触れて、私はなぜか息を止めた。

 ……やばい。気のせいであってほしい。


「部屋着、貸しましょうか。パーカーとスウェットしかないですけど」

「あ、うん……助かる」

「シャワーも使っていいですよ」

「……は?」


 聞き返した声がちょっと裏返った。本人はまったく気にしてないらしく、さらにこう言った。


「レディファーストってやつです。だから、先どうぞ」

「いや、そういう意味で“レディファースト”使う!?」

「……あ、違いました?」


 心臓止まるかと思った。

 でも、彼の顔は真面目そのもので、変な下心とかは一切なかった。

 それが逆に困る。


「……じゃあ、借りる。服も、シャワーも」

「了解っす。タオルは洗面所の棚にあるんで、適当にどうぞ」

「わかった」

 

タオルと着替えを抱えて脱衣所に向かう途中、彼がぼそっとつぶやく。


「ボディソープ、レモンのやつです」

「だからそういう情報いらないってば!」

「えっ、女子って香りとか好きかなって……」

「……うん、ありがとう。もう黙ってて」

 

 口ではそう言いながら、顔が熱くなるのを止められなかった。

 ──たぶん、自分の言動がどういう破壊力を持ってるか、この人は一生気づかない。

 浴室のドアを閉めて、私は深くため息をついた。


「……いや、これは試練だな。試されてる……絶対」


 タオルを棚に置きながら、部屋着をフックにかける。

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