第3話
教室を出た高橋雪夜は、そのまま校門へと向かった。
夕方の空気は少し冷たく、日が落ちかけた校舎が長い影を落としている。
校門の前には、すでに二人の姿があった。
幼馴染の新井元気と、小山唯である。
「おっ、来たようだよ、唯ちゃん」
元気がそう言って手を振る。
「悪い、待たせたかな」
「そんなことないよ」
唯が笑って首を振った。
「元ちゃんと話してたから、そんなに待ってないよ」
三人はそのまま並んで歩き出し、他愛のない話をしながら帰路についた。
「ねえ、雪夜」
しばらくして、唯がふと思い出したように聞いてきた。
「また、夏目さんに勧誘されてたの?」
「うん……だから、少し遅くなった」
「へぇ……」
元気が、面白そうに声を上げる。
「雪夜って、モテてるんだな」
「そんなんじゃないよ」
雪夜はすぐに否定した。
「野球部に入ってくれって言われただけだよ」
「でも、断ったんだろ?」
「……うん」
「へぇ〜」
元気はニヤニヤしながら言った。
「あんな可愛い子のお願いを断るなんて、雪夜って変わっているね」
次の瞬間、元気の頬が引っ張られた。
「いててっ……痛いよ、唯ちゃん!」
「私という彼女がいるのに、他の子を可愛いなんて言うなんて……酷いよ」
「オイラは唯ちゃん一筋だから、引っ張るのはやめてほしいでやんす……」
「……なら、いいけど」
ようやく解放され、元気は頬をさすりながら苦笑した。
「いやぁ、痛かった。でもさ、雪夜も断らないで野球部に入ればいいのに」
その言葉に、雪夜は足を止めずに答えた。
「僕は……捕手がしたいんだ。肩が弱いと、コンバートされるから。だから、野球をしたくないだけだよ」
「だから、野球部に入らないの?」
唯の問いに、雪夜は一瞬だけ間を置いた。
「……うん、そうだよ」
だが、唯は納得していない様子だった。
「……嘘だよね」
「なんで、そう思うの」
「だって……」
唯は、雪夜の横顔を見つめて言った。
「帰る時、雪夜、野球部の方を見てたよ。無意識かもしれないけど」
「そんなこと……」
雪夜は言葉を失った。
図星だったからだ。
「雪夜……野球が好きなんでしょう?」
「野球は好きだよ」
少しだけ声を落として、続ける。
「でも、僕は捕手がしたいから……」
「ねえ、雪夜」
唯は、静かに問いかけた。
「雪夜は、捕手が好きなの? それとも、野球が好きなの?」
「……」
一瞬の沈黙のあと、雪夜は正直に答えた。
「どちらかと言われたら……野球、かな」
「なら、それが答えだよ」
その言葉に、胸が小さく揺れた。
「オイラはさ」
元気が、少し照れくさそうに言った。
「唯ちゃんとしか二遊間を組みたくないから、野球部には入らないけど……雪夜には、野球をしてほしいかな」
「……元気、唯……」
「雪夜は、野球が好きなんだろ」
「……うん……」
やがて三人は分かれ道に差しかかり、雪夜は一人になった。
歩きながら、雪夜は考える。
――自分は、捕手がしたいのか。
それとも、野球をしたいのか。
その答えは、まだ出なかった。
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