第10話 魔女は堕天使と共に
「はあっ、はあっ……」
最悪だ!
なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!?
走るのがキツい……でも立ち止まると、あいつらが来ちまう。
ミラルの奴……おかしいだろっ! なんであんなヤバい堕天使とか連れてるんだ! 村人にも好かれてさ! 僕が追い詰められるなんて、あり得ない……!
がむしゃらに走っていると――
洞窟の奥にあった溶岩の溜まりの前で、僕は立ち止まってしまった。
「行き止まりっ――!?」
「愚かね。洞窟の中に逃げるなんて、なんでわざわざ自滅したのよ」
私は、臆病にも逃げた魔法使いの背に向け、凍り付いた言葉を発した。
ロストは口をパクパクさせながら、静かに後退していく。見ているだけで惨めだった。私が復讐しようと誓った相手は、こんなにも脆いのか?
だがもちろん、躊躇するわけがない。
私は一歩踏み出し、彼の顔を見据えた。
「ちゃんとあなたの口で言いなさい。私に謝るのよ? それで許しやしないけど、誠意くらいは見てあげる」
「……嫌だ、そんなの! 僕を誰だと思ってるんだ!」
それはこっちの台詞。私を誰だと思ってるんだか。
人一倍プライドの高いロストは、そう簡単に負けを認めようとしなかった。
「くそっ。こうなったらやけくそに暴れまわってやるよ!!」
ロストが両手を上げると、地面から尖った岩々が突き出た。
彼が使う土魔法の威力は、私だってよく理解してる。地を操る強力な魔法だ。死ぬ気で魔力を放出すれば、地震だって起こせるかもしれない。
「うらぁ! まずはお前からだ、天使モドキめっ!」
リタの足元に、亀裂が入った。
まずい、突き出る岩にやられる!
――という心配は、無用でしたね。
リタは狭い洞窟の天井まで飛び上がると、魔法陣から雷の槍を生み出した。
あれっ、ロストには雷魔法が効かないんじゃ――
「こんなやつの土魔法、俺の雷魔法で砕いてやる」
「何を言って――」
「お前がミラルを追放まで追いやらなければ、俺はミラルと出会えなかったかもしれない。それは感謝してやろう。だが――」
リタは槍を構え、大きく言い放った。
「俺の主を侮辱したこと、それは絶対に許さない。俺の鉄槌を喰らえ!!」
リタは空中から落下し、鋭い槍の先端をロストに向けた。
ロストは慌てて土の壁を作るが――リタの強大な魔力にとって、そんなものは紙に等しい。
稲妻が貫通し、その衝撃はロストへ――
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!!!」
雷鳴が鳴り、火花がはじけ飛ぶ。
洞窟が振動するような悲鳴が響き渡った。
美しいローブに炭の煤が付き、地面に倒れこむ魔法使いロスト。
私は彼の前に立ち、静かに言った。
「何か言うことはある?」
「……」
彼は弱々しく顔を上げた。
もはや、抵抗する意思すら残っていない瞳だ。
「ごめんなさい……」
「誰に?」
「お前……じゃなくて、あなたに……」
違う。私もそうだけど、私だけじゃないでしょ?
「リタにも謝りなさいよ」
「は……?」
「天使モドキなんて言って。彼は天使よ。私だけの天使」
リタは背を向けてどこかを見つめている。
ロストは困惑した顔をしたまま、静かにうなだれた。
――ミラルを追放したりなんか、しなきゃよかった。
その後悔がたっぷりと伝わってきて、私は満足したのだった。
「……やったあああああああああああああ!!」
失礼、嬉しさのあまり、発狂してしまった。
追放された私、ミラルはついに、王城へと戻ってきた!
だって当然だ。あれはもうロストの敗北だった。彼は死人みたいな顔をしながら私の被害届にサインをし、私はそれを速攻で提出した。
そもそも城にたどり着くことがかなり困難だったが、邪魔をする頑固な兵士はリタの圧力で押しとどめた。リタ君、最後まで強すぎました。
その後、無事に私の無罪は認められた。ロストがどうなるかというと、私も詳しくは知らないのだが……おそらく立場逆転で、彼が追放されるのかな? サディとも離れることになるらしい。
哀れな結末? とんでもない。彼は私とおんなじ目に遭うだけだ。銅貨5枚でのやりくり、せいぜい頑張るんだね!
改めて天才魔女として復帰できた私だが――
唯一の心残りは、リタの存在だった。
「ミラル……」
城の外で待ってくれていたリタが、私を見て声を漏らす。
そう、これ以上、私とリタが一緒にいることはできないのだ。
だってリタは堕天使。まだまだ人類にとって未知が多い存在で、王城にいる私にかかわっていると、いつか危険な輩に会ってしまうかもしれない。
最初に決めた通り、リタは静かな森で暮らすか、自力で天の国に戻る方法を探す。つまり、私たちはこれでお別れだ。
少し……悲しい、のかな。
涙が出そうになったけれど、私は精一杯の笑みを浮かべる。
「ありがとね、リタ。ここまで私のために尽くしてくれて」
「……ミラル」
「もうあなたは奴隷なんかじゃないよ。一人の青年としてさ、自由に生きるべきなの。堕天使だと、いろいろ大変かもしれないけど……」
「話を聞いてくれ、ミラル!」
急にリタが大きな声を出したので、私はびくりと肩を震わせてしまった。
リタは少し恥ずかしそうに赤面し、それでもまっすぐに言う。
「……俺、ミラルと離れたくないんだ」
「……え?」
「俺は奴隷でも何でもいい。お前がいなかったら、この世界で独りになってしまう気がする。お願いだ……俺は、お前と一緒にいることはできないのか」
一瞬、現実で起きていることなのかわからなくなった。
リタが、私と一緒にいたいと言った。
彼自身の意思で。私はその事実が驚きで、信じられなくて――
同時に、ものすごく嬉しいと感じている自分がいた。
「……本当にいいの?」
「あたりまえだ」
「……実は私も、本当はリタと一緒にいたいと思ってた」
私はリタの手に触れた。
そうだ。彼がそう言ってくれるのなら。
城での仕事と、魔法と、堕天使と。
私の心の中で、大切なものの天秤が揺れ動く。
私が決めた答えは――
突然だが私、ミラルは旅に出た。
……うん。あまりにも急すぎる。
でも事実だ。私は王様に許可を取り、しばしの旅に出ることにしたのだ。ロストの不正を見破った成績を得たのだから、これくらいの要望は通ってくれた。
その目的は2つ。
一つは、リタと一緒にいるため。私の旅には常に、あの物静かな堕天使が同行している。
そして二つ目は、リタが天の国へ戻る方法を研究するためだ。世界中の教会や研究所を回って、実在するかも怪しい天界を調べ尽くす。
実際、リタがいるのだから、天の国があることは事実だ。
できることなら、彼が天使として天の国に戻れるようにしてあげたい。
「リタって、天使だったころはどんな見た目だったの?」
「そうだな……。羽は真っ白だったし、この黒い頭の輪っかも金色だった」
「えっ、すごく綺麗な予感! 天使姿のリタも見てみたいなぁ。でもまぁ私は堕天使のリタがお気に入りだけど」
草原に続く道を歩きながら、私はつぶやく。
リタが空を飛ぶ小鳥を見つめている間に、私は懐にしまっていたあの一本の羽根を取り出した。
紫紺に染まった美しい羽根。
いつか純白に染まるまで、私とリタの旅は途切れることはないだろう。
私は主人の魔女として。リタは奴隷の堕天使……いや、私の天使として。
どんな困難があろうとも、私とリタなら乗り越えられる。
そよ風が吹く中、ミラルとリタは、果てのない二人だけの旅路を歩んでいった。
最終話まで読んでくださり、ありがとうございました!
ぜひ☆マークの評価等をくれると嬉しいです。
また次回作で会えることを楽しみにしています。
追放された魔女の私、奴隷の堕天使を買ったら無双し放題だった 紫煌 みこと @boll
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