第9話 ミラル、堕天使と追い詰める


 3日後。

 村に泊まらせてもらっていた私ミラルは、手に入れた金で必要なものをすべて手に入れた。

 これで復讐の準備が整った。一部、村の人々にも協力してもらうつもりだ。


 私は村の出口に立った。

 外では、木の下で子どもたちと遊んでいるリタがいる。

 彼は私がやって来たことに気づくと、表情を変え、真面目な顔つきで私の前に立った。


「……やりましょう。私たちなら、余裕よ」


 さぁ始めよう。

 私を侮った魔法使いに、最高の逆転劇を。





 その頃、ミラルを蹴落とした魔法使いロストは、王城で国王と話をしていた。


「国王様! 僕はさらに、魔法の探求を進めました。前回の成功例に重ね、新たな発見と理解、そして何より国王様への貢献を胸に、これからも研究を続けていきます」


 大袈裟に飾られた言葉。成功例というのも、もとはミラルのものだ。

 国王はロストの大胆な態度に首を傾げつつも、頷いた。


「……り、了解した。これからも頑張り給え」

「ははっ!」

「しかも、あのミラルがいない状況下なのだ。彼女は良い才能を持った魔女だったのに、重大な失敗を隠していたのが残念だ……」


 ロストの心臓がドキッと鳴る。


「……えぇ、そうですね……でも、ご安心ください。僕は彼女の分……いや、それ以上の成果を上げていく予定です!」

「なんだかお前、ミラルがいなくなってから張り切っているような……」

「気のせいですよ! ミラルの努力も無駄にしないようにしないとって思ってるだけです!」

(だーれがあんな女を認めるかよーだ)


 ロストは心の中であざ笑いながら、自室へと戻って行った。




 すっかりプライドを打ち砕かれたサディは、ここ最近、城へと通ってきていない。

 ロストは一人で魔法の研究を続けていた。

 小鳥が鳴き、白い綿菓子のような雲が浮かぶ。今日も良い朝だ。

 貴族である彼は、豪華な部屋の中で私服を着用し、紅茶を飲みながらノートを開く。


「えーと、高度な土魔法を扱うには……っと」


 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、ノートを読んでいた時――



 扉の外からノックが聞こえ、メイドが一人、頭を下げた。


「ロスト様。外で、あなたにお会いしたいという方が……」





 いつものローブ姿に整えたロストは、うきうき気分で城の外に出ていた。


「僕を呼び出すだなんて、誰だろうなぁ? さてはサディ? いや、あの子は来てない。くそっ、許さないぞミラル……。他の誰かかな?」


 楽観的な思考を浮かべ、表情がとろけているロスト。

 すると彼のもとに、一人の男が現れた。

 マントとフードをとにかく深く被った男だ。彼はロストの前に立つと、低い声で言った。


「お前がロストか?」

「……は? えぇ……そうだけれども」


 突然お前呼びだと!? 失礼だなこいつ!

 しかも可愛い子ではないことに腹を立て、ロストは尖った態度を取り続ける。


「で、僕に何のようだい? 忙しいから、要件は早めに済ませて……」

「お前には来てもらうところがある」

「は? 何を――」


 ロストが怪訝そうな表情を向けた途端。

 ――突然、ロストの長身の体がふわりと浮き上がった。


「ちょ、えっ! なにっ!?」

「黙ってついてこい」


 次の瞬間、男が羽織っていたマントやフードがすべて剥がれる。

 出てきたのは、紫紺の翼を折りたたんでいたリタだった。

 その容姿を目に入れた途端、ロストは目を大きく見開く。地面に足がつかなくなり、彼はパニックに陥った。


「やめろ! お前は……まさか、噂の堕天使か!?」

「お前と無駄話はしたくない」

「ふざけるな! 僕を下ろせ! 誰に頼まれたんだ、ミラルか!? くそっ」


 ロストは掴まれた腕を振りほどこうとするが、リタの力は強く、そのまま彼はロストを背中に乗せた。

 ぐんぐんと上昇していくリタ。もしロストが暴れれば、彼は落下し、誰にも受け止めてもらえずに命を落とすだろう。

 それをわかっていたから、ロストはそれ以上動くことができなかった。





 やがて、リタはとある洞窟の入り口付近へと下降していった。

 背負っていたロストの身体を、ごつごつした地面へと雑に放り投げる。


「うっ……」


 ロストは背中を押さえて呻く。

 だがすぐに顔を上げ、静かに羽ばたいているリタを睨みつけた。


「ここはどこだ……僕をどうする気だ! これは紛れもない誘拐だぞ!? わかった……ミラルが僕を恨んで、身代金を城に請求しようとしてるんだな!」

「あなたの身代金なんて、誰も払ってくれないわよ」


 突然、頭上から声が聞こえた。

 ロストが思わず顔を上げると――洞窟の上に、氷のような瞳を向けたミラルが立っていた。





(リタは無事にこいつを連れてきてくれたわけね……)


 そう、リタへ城に行くよう命じたのは私だ。

 ロストに制裁を加えるには、こいつを城から離れさせなくてはいけなかった。リタの魔法で城が崩壊するかもしれないし、他の誰かに見られても面倒ですからね。

 もちろん、私が罪に問われるほどのことはしない。あくまで私はこいつに、やられた分をそのまま跳ね返すだけだ。


 私は静かに、彼を指さした。


「あなたはまず、私にしたことを理解しているかしら」

「……っ!」


 ロストは悔しそうに唇を噛んでいる。まるで吠える犬みたいに、私に向かって叫んだ。


「うるさいっ! 僕は何も悪くない。お前が僕より目立つのが悪いんだろ!」

「そうやって被害者じみた言い方するのはやめて。あなたの罪を明かす方法はいくらでもあるわ」

「なっ……証拠もないのに、どうやるっていうんだよ!?」

「簡単よ。あなたが白状すればいいんだから」


 私はそう言って、白い紙を見せた。

 これは私が作った被害届。城を追放される前、ロストにされたことをすべて書いた。

 あとはこれに、本人のサインがあれば完璧だ。


「僕が認めるはずないだろ……! 追放された魔女め。馬鹿げたことなんて考えず、孤独に生きるのがお前の残された生き方だろうがっ!」

「孤独? 何を言っているのかわからないな」


 すると、ロストの背後に立っていたリタが、全魔力を解き放った。


「ひっ……!?」


 ロストは凍り付いたように動けなくなる。魔法使いである彼も、リタの魔力量がどれだけ異常なのかを理解できてしまうのだ。


「彼は私のどれ――いや、私の仲間。だけど、私の命令には絶対服従の忠実さがあるわ。私は、心から大切な仲間を得た。一人なんかじゃない」

「……そ、その堕天使は雷の魔法を使うんだろ!? 僕は土魔法を使える。雷を無効かできるんだ! 今から堕天使を倒して、今度こそお前を一人に――」

「何言ってんだこいつ。俺はあらゆる魔法が使えるんだぞ」


 するとリタは手のひらから火球を生み出し、近くの岩に向けて放った。

 ……岩は無機物のはずなのに、轟々と音を立てて燃え尽きた。


「…………」


 ロストは顔面蒼白でリタの顔を見上げた。

 リタは静かにロストを見下ろす。その顔には――今まで見せたことのない殺意を煮えたぎらせていた。


「今までの言葉は、主の侮辱ということで合ってるな?」

「ち……ちがっ……」

「それにね、ロスト。私には堕天使だけじゃない。この人たちもいるの」


 すると現れたのは、険しい顔つきをした村人たち。私がスタンバイさせていたのだ。

 彼らはロストを囲むと、寄ってたかって言いたい放題騒ぎ出した。


「堕天使様はわれらの村をお救いになられたのだぞ!」

「ミラルさんは優しい人だったわ!」

「この嘘つき野郎が!」


 大勢に迫られ、ロストはついに恐怖の色を見せ始めた。

 よし、いいぞ。私は追い打ちをかけるように告げる。


「あなた、一人になるとこんなにも脆いのね。私にはあなたの方が孤独に見える」

「……」

「今からあなたをボコボコにして、この紙にサインさせる。そうしたら裁判を開こう。そして……あなたにはどんな目に遭わせてやろうかな」


 するとロストは激しく取り乱した。

 普段の冷静さなど放り投げ、見苦しく喚きながら叫ぶ。


「うわああああああああああああっ!!!」


 彼は村人たちを乱暴に押しのけると、洞窟の奥へと逃げて行った。


「……あーぁ、無様だね」

「……」


 こうなったのも、ロストの自業自得だ。私はリタに出会わなければ、お金も生きる力もなくて死んでいたかもしれない。つまり彼は殺人に近いことをしたのだ。これくらいの精神攻撃じゃまだ足りない。


「ほら、リタ。あいつを追いかけましょう?」


 私とリタは二人並んでゆっくりと、悲鳴がこだまする洞窟の中へ入っていった。

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