第5話 ランチ
夏目先生が救急車に同乗してしまい診療所に一人残された俺。
カッコいいなぁ、夏目先生。俺が医者を目指したのはこの人の仕事ぶりを見た影響もある。
俺は身体の中が透視できてしまう。痛みは筋肉だけが原因ではない。
例えば今の患者さんは上腕部に痛みが出ていたが、心筋梗塞の関連痛というものだ。原因は心臓にあるのに、脳が神経が交差している腕が痛いと誤認してしまうのだ。
俺は患者の訴えに関係なくあらゆるものを見てしまう。そして、それは鍼灸師が治せるものとは限らない。
医者でなくてはならないのだ。手の届く全ての人を救うには。
さて、誰もいない診療所に一人取り残されてしまった。スタッフは全員昼ご飯に行ってしまってる様子。
この先生の診療所は何度も来ているので割と勝手が分かる。
暇なので待合室の掃除でもすることにした。
飯に行ってた医療事務の女性が戻って来た。
「あらヒノくん、どうしたの?」
「先生が救急車に同乗しちゃって留守番頼まれたんです」
「あら、そうなの。お菓子でも食べる?」
事務員さんとお茶しているとタクシーで夏目先生が帰って来た。
「おっ、楽しそうだね。僕も混ぜてよ」
いやー、疲れた。と笑う先生。
実は夏目先生とは結構仲がいい。商店街の集まりで相談したのがきっかけで患者を送り出す仲になっただけでなく、ごくたまに整骨院にも来てくれるのだ。
「まさか整骨院から心筋梗塞の患者の紹介が来るとは思わなかったなぁ。流石ヒノくん。意味わからないくらい優秀だねぇ」
「あの方は大丈夫でしたか?」
「今カテーテル室で手術しているよ。発見されるまでの時間が短いからそこまで壊死が広がってない……といいけどねぇ」
心筋梗塞の怖いところはそこだ。時間との勝負。
早く見つけないと心臓の心筋がどんどん壊死していき、ポンプ機能を果たせなくなる。
壊死した心筋は再生することはない。
そして、胸以外に痛みが出ることが多い。
腕の痛みで誰が循環器内科や心臓外科を受診するだろうか。
「ヒノくん、この後暇? ご飯でも行こうか」
「あ、行きます! 近くの居酒屋がランチ始めたらしいんですよー」
整骨院に電話をして休憩することを伝えて、夏目先生と飯を食いに行った。
夏目先生とは仲良くしておかないと。
俺は医師免許を持ってないから総合病院に患者を紹介できないからな。
この前も痛風の患者、閉塞性動脈硬化症の患者を紹介したし、Win-Winの関係だと思う。
先生が医学生だった頃の思い出を聞いたり楽しく食事ができた。
先生は40代。大阪大学の卒業だ。医者というのは医学部に入ってから六年間は勉強する。その後、2年間は研修が必要なのだ。
若い頃は医局に入り教授の命令に従って飛び回ったそうだ。
同じく医者を目指している俺としてはすごく参考になる。
医師というのは下積み時代が長いんだよなぁ。
特に今は医局に入らない医者なんて珍しくもないが、昔はそういう選択肢などなかった。
特に夏目先生の出身校である大阪大学はかつて医局が強かった。なにせ、小説『白い巨塔』の舞台になった大学だ。
「医局は給料安いからねぇ。バイトして食い繋いでいたんだよ」
開業医になってもなかなか苦労をしているらしい。
職員間の人間関係。事務手続き、いつもニコニコしている夏目先生にも苦労している所があるんだなぁ。
夕方に家に帰ると、不機嫌なファシアに迎えられた。今日は心筋梗塞患者の対応や後始末をしていたので普段より帰ってくるのがかなり遅くなってしまった。
ファシアは玄関に立ち塞がって飯を早くよこせとお怒りの様子。撫でようとしても逃げてしまう。
キャットフードを食べさせた後もソッポを向いている。でもチラチラこちらを見ているので俺の挙動を気にしているのはわかる。かわいい。
「ファシアちゃん、機嫌直して。チュールあげるから」
「……」
無言で差し出したチュールを加えて隣の仕事部屋に逃げていくファシアちゃん。
愛猫の機嫌を取るのは大変だ。
玄関から出て、仕事場に入る。ファシアは施術室の奥の作業スペースにある俺の机の上にチュールをぶちまけてペロペロ舐めていた。俺の姿を見ると気まずそうにしながらも舐めるのをやめない。
「まったく、机の上を汚しちゃって……」
「……」
撫でてあげると尻尾立ててユラユラ振っている。顔は顰めっ面なままなのに尻尾は感情に正直なようだ。
チュールを食べ終えると壁の穴を通って居室に戻っていった。
全く、猫は気まぐれだ。ツンデレお姫様の後を追いながらも不思議と悪い気はしないのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ちなみにこの話には後日談がある。
後日、心筋梗塞を起こしていたお客さんが退院後に整骨院までお礼を言いに来てくれた。
一度平日に来てくれたらしいんだけど、わざわざ俺が居なかったので再度訪ねてきてくれた。
早期に見つかったので心筋の壊死は大きくなくて、日常生活にはほぼ影響しないんだとか。
手を両手で握られたながら何度もお礼を言われた。
「日野さんに発見してもらったおかげです。あと数時間遅かったら命が危なかったと聞きました」
そして誰かから聞いたのか高級な猫のオヤツをたくさん貰った。
この人は有名な料理研究家だったらしくその人の体験談が雑誌に載った。
記事の中で、俺のことを『心筋梗塞を見抜くことが出来る神業の鍼灸師』だとか絶賛していて少し恥ずかしい。
そのおかげで土曜昼の鍼の仕事がかなり増えた。
まぁ、もちろんお世話になってる院長の利益も俺の給料も増えるからいいことだけどね。
次の更新予定
服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか? メモ帳パンダ @harilos
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます