逃亡の山間部

白川津 中々

◾️

 クリスマスである。


 予定はない。恋人も友人もいないからだ。近年ではこの状態をクリボッチとかいう隠語みたいな呼称で揶揄している。言語センスが終わっている。


 ともあれ、する事がない。仕事も休み。なぜこんな日に休みなのか。消化義務有給を使えと会社がうるさく、「じゃあ年末進行のクソ忙しい日に使ってやるよ(バーン)」と届を出して脅威の13連休となっているためだ。


 自棄になるんじゃなかった。


 そんな風に考えてももう遅い。煌びやかなイルミネーションと他者の幸せに満ちた空気の中孤独で陰気なオーラを消さなくてはならないのである。仕事をしていた方がまだマシだったと悔やんでも悔やみきれないが後悔はいつだって先に立つものではなく、現実としてこの惨めなホリデーのソリューションを生み出さなくてはならない。さぁ、PDCAをサイクルさせていこう。『クリスマス 一人 寂しい 対策』心の検索エンジンに単語を打ち込み浅慮浅考。よし、外に出よう。ともかく気を紛らわす算段。お気楽ムードの中それは自殺行為では? 馬鹿め。我に策あり。目指すは山。人気のない場所へ赴きシーズンセンスを鈍化させるのだ。クリスマスなど所詮は後付け文化。大自然の前では無力。アルプスが俺を呼んでいる。ダッシュで入山。遭難。即、遭難。考えが甘かった。冬の雪山を舐めていた。行き先不安。五里霧中。しかし進まねば死ぬ。一にも二にも生存戦略。生きねば……! 水、温度、飯ぃ! 確保、確保、確保ぉ!  


 ……


 ……出られない。

なんとか生きる術を得たが、あれから山を降りる事ができない。

 何度も、どんなルートを試しても麓が見えず、幾日も夜を明かす。そして今夜、遠方よりゴーン、ゴーンと音が届いた。きっと除夜の鐘だろう。クリスマスどころか年末年始。PDCAではなく輪廻をサイクルしてしまいそうだ。


 ……しかし、それも悪くはないかもしれない。どうせクリスマスに一人きりの人生なのだ。今更命に縋る事もない。せめて最後は、潔く……


 あ、ヘリコプターだ!


「おーい! 助けてくれー! 俺はここだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

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