命を玩具にした

月兎耳

命を玩具にした


 私は蛇を飼っていた。


 コーンスネーク。


 モルフはブラッドレッドアメラニhetストライプ。女の子。

 名前は「とまと」


 同じくバブルガムスノー。男の子。

 名前は「さくら」

 他にも複数。


 とまとの話をしたいと思う。


 彼女は小指ほどの太さで、掌の窪みに収まってしまうほど小さな体でうちにやってきた。


 当時ブラレ系は身体が弱く育つのが遅いと言われていた。

 私も最初は細心の注意を払い、冷凍のピンマを半分に切って与えていた。

 勿論多少の抵抗はあった。

 だが活マウスを使っている訳ではない。既に相手は死んでいる。


 私たち人間が肉を食べるのと何も変わらない。

 餌を食べなければ蛇は死んでしまう。


 冷凍のままカットして、断面を上にして解凍すると、あまり汚れないことがわかった。

 吐き戻しも何度かあって、気を揉んだ。

 やがてまるまる一匹を呑めるようになり、アダルトマウスを呑めるようになった時には2年近く経っていたと思う。


 哺乳類の様に感情を交わし触れ合える生き物ではないが、大切にしていた。


 とまとが我が家に来て3年半。

 ちょうど今くらいの時期だったかもしれない。

 私の中に持ち上がったある好奇心がどんどん膨らんで行った。


 『交配してみたい。』『卵を孵してみたい』


 相手は生き物である。「やってみたい」で試みることではない。

 当時はそんなこともわからなかったらしい。

 運良く、卵を孵した時に小蛇を貰ってくれるという知人が見つかってしまった。


 お相手は冒頭で挙げたバブルガムスノーのさくらだ。

 彼は初めて私が飼った蛇で、小蛇の時から5年程飼い込んでいた。その名前の通り、ピンク色の美しい肌をしている。

 自分と知り合いの所で飼うだけの予定だから、子どものモルフについては気にしなかった。


 季節が春から初夏に移り変わって行く頃。

 さくらのケージにとまとを入れた。


 さくらよりもとまとは幾分細身だが、色の差もあって尚更そう見えるのかもしれない。充分成体と言えるだけ育っている。

 初めは警戒しているのか何か感じ取っているのか、2匹ともケージを忙しなく動き回っていた。

 やがて体の向きが揃い尻尾が絡み合う。

 交配は順調に進み、とまとは卵を宿した。


 ある日気がつくと、ケージの中に黄色く細い楕円形のものが落ちていた。

 硬く、生臭い気がする。これは恐らく無精卵だ。

 

 もう産卵の時期かと慌てて水苔を用意し始めた時、初産の彼女に大きな問題が起こった。

 最初の無精卵以降、卵が産まれないのである。

 お腹に入っているのはわかる。総排泄口近くまで来ている。

 

 卵詰まりだ。

 

 温浴をしたり、お腹をさすってみたり、自宅で出来る処置は試してみたが、産まれない。

 筋肉を収縮させ、いきんでいるのは素人目に見てもわかった。


 私は慌てて病院を探した。

 エキゾチックアニマルを診察してくれる病院は極端に少ない。


 最初に足を運んだ、エキゾチックアニマルを診察します、とHPに書いてあった病院で、蛇は初めてだと言われた。

 ただエキゾを診ると謳っている以上、引けないのだろう。

 「来週麻酔をして開腹手術をする。ただ麻酔はしてみないとわからないから、麻酔から醒めるかわからない」と言われた。

 そんなに待てない。

 それに、診たことがないのに手術だなんて。

 恐らくここの先生が思うエキゾチックアニマルはうさぎ、小鳥くらいだったのだろう。

 申し訳ないが2度と行かなかった。


 その後、自宅から1時間程度の場所に動物の専門家が開いている病院を見つけて駆け込む事ができた。

 卵詰まりの処置として、外側から注射器で卵の中身を吸い出し、萎んだ卵を産ませるという方法がある。


 卵はどうなってもいい。

 とにかくこの子を助けて欲しい。


 その時の私はどんな顔をしていただろうか。

 だがその病院のスタッフは笑った。

 その笑顔がどれほど頼もしかったか。

 注射を一本打ってもらった所、その日の夜に有精卵が3つ産まれた。

 

 卵が詰まった原因はとまとの体に対して、出来た卵が大きかった事かもしれない。

 自分の安易な思いつきで無理をさせた事を後悔した。


 数日後、とまとが無事にご飯を食べた時は本当に嬉しかった。

 卵も無事に孵す事ができて、一山乗り越えた。そう思っていた。


 私の手元に残った小蛇が、ピンマをSSからSにサイズアップした頃。

 冬の入り口だった。

 突然とまとが餌を吐き戻した。

 動きがぎこちなくなり、脱皮をした。

 寒くなったからかと思っていたら、その数日後、ゼリー状の緑色のフンをした。

 

 明らかにおかしい。

 温めるとか、ストレスを減らすなんて方法で対処出来る域を超えている気がする。

 病院に行っても原因はわからなかった。

 栄養剤を打ってもらい、消化管の炎症を抑える薬を出して貰った。


 だが、数日後、とまとは死んでしまった。

 あっという間だった。


 餌を吐くなんて、これまでもあった、

 極端に痩せている訳でもない。

 ランプとパネルヒーターで、温度を保っている。


 本やネットで調べても原因がわからない。

 エキゾチックは、特に両爬はそうなのだ。

 私は、お世話になった病院に電話をかけた。

 とまとが亡くなったことを伝え、解剖を依頼した。

 蛇に対する医療の発展の為に。

 何より私が納得する為に。


 死因として考えられる、と伝えられたのは「代謝異常」だった。

 とまとの体の中に石灰の壁のような物が複数出来ていて、それが内蔵の働きを妨げていた。

 特に心臓の周りを石灰の膜がぐるりと覆っている。それに圧迫されたのではないか。

 白く包まれた心臓の写真も見せて貰った。


 初めて聞いた。

 先生も、見た事が無いと言っていた。


 今まで元気だったのに、どうしていきなりそんな事に?

 医師の答えは納得できる物だった。

 

 品種改良と交配を繰り返した過程で、生まれつきそのような要素がある子が産まれた。

 

 だが、私の頭に過ったのは卵だった。

 彼女が体内で卵の殻を作ろうとした時、関係のないトリガーを引いてしまったのではないか。

 ならば、安易に卵を産ませた私が殺したのではないか。

 

 コーンスネークの卵は石灰質ではない。

 柔らかく、丈夫な帆布のような手触りをしている。孵ったあともぺらぺらしていて、鶏卵とは全くちがう。

 それでもその時頭に浮かんだイメージは、今でも振り払えない。


 生き物は玩具ではないのだ。

 命は進み続ける。

 間違えたってリセットできない。

 

 ペットを可愛がることも、可愛いペットの子どもを見たいと思うことも、悪いことでは無いはずだ。

 だが、命を繋ぐと言うことは命懸けで、好奇心で安易に手を伸ばすものではない。

 こんな事があるということを覚えておきたい。

 そして同じように蛇を飼っている方に、このような経過の病気があったことを伝えておきたいと思った。

 

 とまとの産んだ卵から孵った子どもたちはそれぞれの家で元気に暮らしている。それだけが救いだ。

 だが彼らもまた、同じ病を抱えているのかもしれない。

  AとBを混ぜたらCが生まれる、なんて、絵の具ではないのだ。

 もちろん辛いことばかりではなかった。

 とまとが卵詰まりから回復し、小蛇の孵化を待つ時間は楽しく幸せだった。

 卵に切れ目が入り、水苔に蹲る生まれたての子蛇はとんでもなく可愛かった。

 それでも私はもう自分の所で交配はしないと思う。

 

 

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命を玩具にした 月兎耳 @tukitoji0526

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