自分はとても無責任な人間なので、とてもじゃないですがペットを飼育する事ができません。
何せ、自分ひとり食わせるのがやっとですからね。
そんな人間に自分以外の命の面倒など、とてもじゃないですが手に余るというものです。
それだけに、しっかりと命と向き合い、その世話をされている方々には、本当に頭が下がります。
しかもこちらの筆者様、よくあるペットの代表格である犬猫の類ではなく、蛇という少し珍しいペットをパートナーにしてらっしゃるというのですから、なおのこと頭が下がります。
マイナーなペットというのは、それだけで飼育難易度が跳ね上がります。
食べる餌は勿論のこと、飼育環境の整備やもしもの時の医療体制、飼育のための正しい知識、そして何よりそれらをすべてカバーできるほどの時間とお金が求められます。
メジャーな犬猫の類と違って、飼育のために求められるものの難易度が高いんです。
私じゃ到底無理です。
「好き」とか「愛情」なんて生易しいものだけではどうにもできませんから。
ただ、傍から見れば大変な事でも、お世話している間は本当に愛らしく思えるというのがペットというものです。
だからこそ、その子に自然の摂理としての営み……子を産ませてみたい、と思うのは、親心として当然の気持ちではあるわけです。
果たしてそれは、人間という上位存在の持つ「エゴ」でしょうか。
それとも、純粋な愛情の気持ちから生まれた「その子のための幸せ」でしょうか。
命と真剣に向き合い、それでも「玩具にした」と後悔の言葉を連ねる筆者様の、沈痛なる心境をお読みください。
最初は、とても強いタイトルに惹かれて読みました。
この物語には、作者である月兎耳さんがヘビを飼育したときの事柄が記されています。
そこには、私のまったく知らないことがたくさん並んでいました。
ヘビの種類。
模様の分類。
飼育下で与えられる餌の名前。
ヘビに、対応できる病院の種類。
数え切れない程です。
特定の情報の組み上がる果てにある愛育。
私が、まったく関わって来なかった世界でした。
生き物の飼育なのです。
自分自身を飼育することすらままならない私では、至難の向こう側にある行為です。
でも読むうちに理解出来ることが浮かびます。
〝好きなんだな〟という感慨です。
その対象に関わりたいという気持ちは、ひしひしと伝わりました。
こんなものは、生き物と関わる方には普遍的な情感なのかもしれません。
ただ、私には新鮮な感情でした。
本作は悔悟録、なのでしょう。
悔悟や懺悔は、自分がしでかした過ちがいつかまた形を変えて繰り返される。
そう案じる心の働きだとも言います。
ことに命を損なうことは、心にあまる。
記憶に残る。たぶん幾つも積み重なる。
記憶に残る命からの伝言は、その人の心を作っていくのだろう。
そう思えました。
様々な感情に触れられる、考えさせられるエッセイです。
そして、とても興味深い。
おすすめできるエッセイです。