第3話 属性診断
公爵家での騒動から数日後。
私は父上に連れられて王都内にある大聖堂を訪れていた。
目的は一切聞かされていない。
現地で説明するとは言われているが……少し不安が残るな。
あと、場所が大聖堂というのもちょっと気にかかる。
魔人族の頃なら苦手意識で拒絶していたかもしれないが、人間に転生した影響からかそれほど脅威は感じなかった。
大聖堂へ到着すると、すでに多くの関係者が我々を待ち構えていた。
その数はザッと見積もって三十はいるか。
……随分と仰々しいな。
いくら相手が貴族でも、さすがに多すぎる気がする。
少し動揺していると、大聖堂の前に建てられた石像に目がとまった。
この顔……見覚えがあるぞ。
「父上、この方は?」
「うん? ――あぁ、勇者ケネス殿だ」
「ゆ、勇者!?」
やはりそうか。
あの時――魔王城で私と戦った赤い髪の男。
……そうか。
ケネスという名前だったのか。
「……父上」
「なんだ?」
「勇者ケネスは魔王を倒したんですね?」
「いや、まだ魔王は生きている」
「さすがは勇者――えっ?」
まさか……魔王ザルーガはまだ生きているのか?
「魔王軍はケネス殿率いる勇者パーティーがほとんど壊滅させたが、全滅とまではいかなかったと聞いている。もっとも、あれから百年以上経過しているが、その間に一度も魔人族は人間界へ姿を現していない。恐らくはもうこちらに手を出してこないだろう」
――違う。
あの強かな魔王ザルーガが、負けっぱなしでいるはずがない。
本当に生きているとするなら、今も魔界で虎視眈々と復讐の機会を狙っているはずだ。
しかし、人間たちには危機感をまったく感じない。
勇者ケネスは魔王を倒しきれなかったと警告をしたが、他の人間たちは魔界からの侵攻が止んだことで油断しきっているようだ。
私が中心となって、新たな魔王軍の復活を目指していたが……状況によってはまた大きく計画を変更する必要がありそうだ。
魔王を信じて戦い、裏切られて散っていった同胞たちの仇。
この私が、死してなお雄々しく世界を見守っているこの勇者ケネスのように……打倒ザルーガを果たそう。
決意を新たにしていると、ひとりの男が近づいてきた。
身なりからして神官だろう。
「ようこそおいでくださいました」
「今日はよろしく頼むよ」
「すでに属性診断の儀の準備は整っております」
「属性診断の儀?」
なんだ、それは。
疑問が脳裏をよぎったが、すぐに自己解決した。
人間はそれぞれ得意とする属性が異なる。
炎属性の魔法が得意な者は水魔法が苦手でほとんど繰り出せないなど、得手不得手というのが存在しているのだ。
恐らく、父上は鑑定の儀を通して私の得意とする属性を把握しようというのだろう。
――だが、なぜだ?
魔法について調べている際に知ったのだが、この国では十歳となった時に国民は属性診断の儀式を受ける。
しかし、今の私の年齢は五歳。
半分しか到達していないのにわざわざ属性診断の儀式を行う理由はなんだろうか。
その謎は父上がすぐに教えてくれた。
「ライアン」
「はい」
「魔法で炎を出してみなさい」
「えっ? ここで、ですか?」
「そうだ」
意図がよく理解できなかったが、周囲に集まっている人々もそれを待ち望んでいるかのように見えた。
「では……」
期待に応えようと、私は炎魔法を披露する。
魔力の制御や発動はお手の物。
これくらいなら、今の年齢でもやれる者はやれる。
特段珍しいことではない――はずだったのだが、どうも周囲の反応がおかしい。
ざわついている。
しかも……あまりよくない雰囲気だな。
「ち、父上……?」
状況がサッパリ呑み込めず、父上へ視線を送る。
父上はいつもと変わらぬ顔でこちらを見つめていた――が、その横に立つ神官は青ざめた表情をしている。
「非常に申し上げにくいのですが……ご子息は間違いなく闇属性です」
まだ属性診断をしていないというのに、神官は私の属性を言い当てた。
その理由もすぐに説明してくれる。
「ご覧ください、あの緑色の炎を。あんな炎を出せるのは魔人族くらいです」
緑色をした炎――どうやら、これが決定的な証拠らしい。
言われてみれば、私が魔界で使用した炎は緑色をしていたが、こっちだと赤色になるんだったな。
神官が属性を言い放った直後、周囲のざわめきが一層強くなる。
「闇属性だと!?」
「人間で闇属性など聞いたことがないぞ!?」
「あれは魔人族特有の属性ではなかったのか!?」
大聖堂は騒然となる。
どうやら、人間で闇属性というのは過去に例がないらしい。
「この者には魔人族の血が流れているのではないか?」
「もしや魔王の生まれ変わりやもしれぬ!」
惜しい――って、そんなことを言っている場合じゃないな。
周りの者たちは次第に殺気立ち、今にも武器を手にして襲いかかってきそうな気配さえ漂っている。
……どうする?
さすがにここで殺されるわけにはいかない。
今の体で私の持つ魔力を全開放すれば体はもたないが……うまくコントロールすれば殲滅も可能か。
そんな考えが脳裏をよぎった直後だった。
「静まれい!」
力強くそう叫んだのは父上だった。
「我が息子は確かに闇属性かもしれぬ! だがそれでも人間だ! 私と妻の間に生まれたれっきとした人間なのだ!」
「し、しかし、人間で闇属性というのは過去に例がなく――」
「例がないからなんだというのだ! 闇属性に生まれた者が魔王の生まれ変わりであるという確たる証拠があるのか!」
「い、いえ、それは……」
「現に我が息子は公爵家ご令嬢のノアーユ様をこの魔法で救っているのだ!」
「おっしゃる通りですわ」
突如聞こえてきた少女の声に、先ほどとは質の違ったどよめきが起きる。
それもそのはず。
現れたのはついさっき父上が話題に出した、公爵家令嬢のノアーユ様だった。
「わたくしは彼に命を助けられました。咄嗟の事態で誰もが唖然とする中、彼は勇敢に闇属性の魔法で立ち向かったのです」
とても幼い少女とは思えない堂々とした態度と口ぶりに、周りの大人たちは唖然としつつも納得し始めた。
一瞬にして空気を変えたノアーユ様。
その視線がこちらへと向けられる。
「またお会いしましたね」
「は、はい」
「ふふっ、もっと気楽にしてください。家柄に違いはあっても、あなたと私は同い年――もっと気楽にいきましょう」
「はあ……」
なんだか、この前よりもずっと雰囲気が柔らかいな。
「あの、ノアーユ様はどうしてここに?」
「あなたが属性診断をされるとうかがいましたので、見学に」
「見学?」
「いずれはわたくしもしますからね。それ以外に特段理由はありませんわよ?」
そのためにわざわざここまで……ご苦労なことだ。
ともかく、ノアーユ様のひと言で状況は一変。
私の属性は正式に闇と診断されたわけだが……どうもこのまますんなりと終わりを迎える感じではなさそうだ。
集まった大聖堂関係者の中には未だに疑惑の眼差しを向けてくる者もいる。
それでも、俺は特に気にしていなかった。
きっと、ノアーユ様に父上という力強い味方がふたりもいたからだろう。
いつか必ず恩返しをしなくちゃな。
そんなことを思いながら、私は帰路へと就くのだった。
ちなみに、ノアーユ様は我々についてきてアズリート家の屋敷で一泊過ごされていった。
※明日は正午と午後6時に投稿予定!
次の更新予定
魔王に裏切られた魔界宰相、第二の《人生》で英雄の道を征く 鈴木竜一 @ddd777
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