第2話 公爵家令嬢ノアーユ

 人間に転生して五年目。

 私の魔王軍復活計画には大幅な遅れが発生したものの、同時に収穫もあった。


 まず何より人間という生命体に対する理解が深まった。


 私が生まれたのは伯爵の爵位を持つアズリート家。

 人間社会の地位でいえば、大体真ん中くらいらしい。

位置としてはだいぶぼんやりしているが、まあ大体その辺だろう。



 彼らの成長速度は魔人族に比べて遥かに遅い。

 半年ほどで成し、魔王軍の戦力となるわけだが、人間の場合は一年経ってもまともに会話すらできない状況だった。


 この事実を知った当初、私は成長速度こそ魔王軍が誇れる人間に勝る点だと思っていた――が、次第にその認識は改めてられていく。


 幼い時期が長いほど、学ぶ機会も多いのだ。


 私が生まれたのは人間の中でも貴族と呼ばれる一部の上流階級だったらしく、彼らは一般的な、いわゆる平民と比べて特にその環境が整っており、私も進んで学習に取り組めた。


 おまけにこちらの知りたいことを解説してくれる家庭教師つき……至れり尽くせりとはまさにこのことだろう。


 ただ、人間の中にはこの恵まれた環境下でも勉学に励めない者もいるという。

 実にもったいない。

 人間とは存外贅沢な生き物なのだな、という新たな発見を得られた。


 しかしこうして考えてみると、魔界にいた頃と比べて人間の見方が大きく変わってくる。

 魔人族の成長の速さは戦力の補充という意味では利点だと考えていたが……学ぶ機会がほとんどないため、心身の成長を阻害しているとさえ感じてくる。


 これは今後の大きな改善点のひとつとなるだろう。


 もちろん、座学ばかりに熱を入れていたわけではない。

 魔力の扱いについても密かに進めていった。


 私の生まれたフィンゼン王国では、十歳になると魔法属性を属性診断する儀式へ参加することになっている。

その間は使いたくても使えないという方が正しいか。

何せ、魔力の練り方などの基礎基本さえ教わっていないのだから無理もない。


 魔法属性の診断を終えてから、専門家に依頼して扱えるよう鍛錬を開始すると父親は言っていた。


 ――そうそう。


 両親に対する態度にも注意が必要だ。

 今の私は五歳の人間。

 そこを無視して突飛な発言をすれば疑われてしまう。

 認めるのは癪だが、人間たちの持つ魔法技術はかなりのもの。


 前世の――魔王軍に属していた頃の記憶を持っているとバレたら、いろいろと厄介だ。そいつを勘繰られないためにも、年相応の態度で臨まなければならない……私からすればかなり難易度の高い挑戦だが。


 これもすべては魔王軍復活のため。


「……そういえば、魔王様はあれからどうなったのだろうか」

「うん? 何か言ったか、ライアン」

「い、いえ、何でもありません、父上」

「ふふっ、さては緊張しているな?」

「無理もありませんよ。何せこれから公爵家のご令嬢とお会いになるのですから」

「母上、僕は緊張などしていませんよ」


 思考にふけるあまり、移動中の馬車の中であるというのをすっかり忘れてしまったため思わず魔王様の名前が出てしまった。


 なんとか誤魔化せてよかった。

今は目の前のことに集中しよう。

 

何せこれから私が挑むのはある意味――魔王軍復活よりも難しい案件だからな。


「おぉ、見えてきたぞ」


 父上が窓の外を指さす。

 その先にあるのは大きな屋敷。


 私の住むアズリートの屋敷もかなり広くて大きいと思うのだが、ここはそれ以上だな。

 さすがは王家とのつながりも深い公爵家。

 

 どうやら、同じ貴族でも爵位とやらでその者の立場がまた細かく分けられているようだ。 

 そこまで分ける必要があるのか甚だ疑問ではあるが、こういった魔人族にはない決まりごとのひとつひとつが積み重なり、人間との力の差となって表れるのかもしれない。


 そんな爵位の中でも上位に位置する公爵家……一体どのような人間なのだろう。

 もしかしたら、魔王城での決戦で我らを苦しめたあの勇者パーティーも公爵家の一員かもしれないな。


 屋敷へ到着すると、ここから大人と子どもで移動場所が分けられた。


 父上も母上も「あとは若い物同士で」と言い残して去っていく。


 ――で、私と一緒にその場へ残った者がもうひとり。


「はじめまして、ライアンさん」

「ど、どうも、ノアーユ様」


 公爵家令嬢――ノアーユ・シャンタル。


 金髪碧眼で年齢は私と同じ五歳。

 落ち着いた雰囲気を醸し出しており、あまり子どもらしいとは言えない。


 これもまた公爵家だからか?


 私としては大人たちの会話に混ざりたいところだが、強引に入り込んだとしても子どもの前で本音は語らないだろう。


 この五年の間に、私は人間たちで言う処世術とやらを学んだ。

 本音と建て前を駆使して会話を組み立てる……ご苦労なことだな。


 推測だが、私と彼女の出会いもそういった処世術の一環だろう。

 

 そして――彼女もまた、そういった自分の立場を弁えている。

 

「この先に中庭がありますの。御覧になられます?」

「えっ?」

「その方がお父様もお母様も……何よりあなたのご両親もお喜びになると思いますわ」


 淡々と、まるで事前に用意されていたセリフを読み上げていくように語るノアーユ・シャンタル。


 ふぅむ……徹底しているな。

 己の役目を忠実にこなす高い任務遂行能力――将来、彼女は有望な戦士に育つのは間違いない。


 ――と、その時、強烈な殺意を感じて振り返る。


「どうかしましたか?」


 ノアーユ様は気づいていないようだが……明らかに何者かが我々を殺すつもりでいる。

 周りには使用人しかいない。


 ならば、あの中に賊が紛れているのか?


 そんな疑いを抱いた直後、メイドのひとりが突然駆け出してノアーユへと近づく。その手にはどこに隠し持っていたのか、短剣が握られていた。


「「「「「ノアーユ様!!」」」」」


 他の使用人たちが気づいて止めに向かうが、あのままでは間に合わない。


 ――まあ、爵位が上の者に貸しを作っておくのはこれから何かと好都合だろう。 


 そう判断した俺はすぐさま炎魔法を発動。

 なぜか人間に転生しても魔人族時代の魔力は健在のままだったため、体への反動を考慮して抑え気味に使っても、相手に甚大なダメージを与えることは可能だ。


「あああああああああああっ!?」


 ノアーユ様に襲いかかろうとしたメイドに対して威嚇のつもりだったが、彼女の服に引火して大パニックに。そのまま近くの噴水へダイブしたところを駆けつけた護衛たちによって拘束された。


 まさか向こうも使用人の中に刺客を紛れ込ませているとは思ってみなかったようだ。


 その後、お互いの両親が飛んできて何やらこの日は解散となった。


 何を話していたのかはよく分からなかったが……どうも俺が魔法を使ったことが問題視されているようだ。


 五歳になって、ある程度の動きができるようになったから屋敷にあった本で人間界における魔法の認識について自主的に学んでおいたのだが、今の私の年齢でも魔法を使える者はいるらしいので問題ないはず。


 もしかしたら、ノアーユ様の件で何かあったのだろうか。

 ……いずれにせよ、父上と母上が望んでいた結果にはなりそうもないな。


 結局、そのまま帰ることになったのだが――


「待って!」


 馬車に乗り込む直前、ノアーユ様に呼び止められた。


「ノアーユ様?」

「その……今日はどうもありがとう。あなたのおかげで助かったわ」


 そう告げる彼女の瞳には、確かな光が宿っている。

 初めて顔を合わせた時とは明らかに異なる表情だ。


 それから彼女は我々の乗る馬車が見えなくなるまでずっと手を振り続けてくれた。







※次は18時に投稿予定!

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