ふ化できないパン屋さんの卵達~スーパーのパン屋さんがひとりごと

風波野ナオ

これは、どこでもありえる話でございます


 仕事が合う、合わないの話はどこにでもありふれております。

 これは、お読みいただいている貴殿の職場でもありえる話でございます。




 街は一気に年末色に変わろうとしております。平年並みに寒い今日この頃。

 風邪など、お召になっておられませんでしょうか。




 わたくしはとある田舎にあるスーパーでパンを作って販売する仕事をしております。

 スーパーのパン屋さん。少々格好を付けて、インストアベーカリーと呼ぶそうで。




 申し遅れましたが、わたくしは笠岡怜子(かさおかれいこ)と申します。

 仮名でございますが、お見知り置きを。




 ただのパン屋さんですが、皆様の食生活を下から支え、なおかつ単調となりがちな日々のお買い物に彩りを与える。そんな仕事をしていると、自負しております。




 クリスマスが終わり、まもなく年末となってまいります。

 この時期、とっても売れる物がございます。




 もったいぶらずに申し上げますと、それは「ピザ」でございます。

 クリスマスから年末にかけて、さまざまな種類のピザが店頭に並びます。




 折角ですので、ピザ屋さんで買われた方が美味しいとわたくしは思うのですが。

 そうすればわたくしの七面倒臭い仕事が減る、というものでございます。




 聞く所では、小学生のなりたい職業ランキングでパン屋は2位だそうです。

 時々、子どもの頃の夢を職になさったのですねと言われることがございます。




 焼くだけだから簡単なお仕事だろうと言われることもございます。

 そのようなことはございません。どちらもフ××キンでございます。




 ……いけません。つい調子に乗って焦がしてしまいました。




 わたくし、わりと歯に衣着せず感じたことを口に出すタイプです。

 よく『口から強火を吐いて周りを焦がす』と言われます。その通りとは思います。




 さて、割と人気な職業のパン屋さんですので、この人材不足の中でも意外と応募がありまして。




 ですが、パン屋さんは過酷なお仕事でございます。ささやかな夢を抱くパン屋さんの卵達は、理想と現実の差に苦しみ、やがては去っていく。

 その繰り返しでございます。




 さて、クリスマスイブの事でございます。この日店頭に並べたピザは、順調に売れておりました。ですが、その中に、おかしな品を見つけてしまいました。




 当店のベーカリーで作っているピザは、ホール(丸ごと一枚)だと六等分です。

 一枚一枚がだいたい同じ大きさとなっています。




 明らかに円の中心からずれた場所からカットされた商品が置かれていました。

 しかも、角度がどう見ても変(目測で90度、60度、30度)でございます。




 一枚一枚の大きさが、かなり違います。不揃いのピザ達です。

 とてもお客様に出せる品物とは言えません。すぐに撤去いたしました。




 下手をするとクレームとなる品物を作った犯人は既にわかっております。

 なぜなら本日の勤務はわたくしと、もう一人しかいないからでございます。




 仮にY女史といたします。

 この方はおよそ三ヶ月前に入ったばかりですが、なんと申しましょうか……。




 できると言いながらできないので失敗してしまう。方法をお教え差し上げても聞かない。反省しないから成長しない。Y女史はそんな方でございました。




 ございました。と言ったのは、『その日限りで辞めてしまった』からでございます。

 あまりにも仕事が性に合わない。あるいは人間関係が辛くなったのでしょうか。




 三ヶ月前は彼女もやる気に胸を膨らませてこちらへいらしたのでございます。

 他の方には炎を吐いて焦がすわたくしも、この方は慎重に扱っていました。




 本当でございますわよ?




 世の中には「三等分できない人」の本がございます。もしかすると彼女は、そこで語られるような悩みを抱えた人だったのかもしれません。




 あるいは、単純に仕事が合わなかっただけなのかもしれません。

 もっと長い時間関わり合えば、わかり合えたかもしれません。




 ですが、確かめることも、わかり合うことも、永遠にできなくなりました。




 いずれにせよ今回もまた、パン屋さんの卵はふ化することなく、どこかへ去って行きました。苦い物が込み上げる。そんな思いがしております。




 先の不揃いなピザは、わたくしが購入いたしました。

 しょっぱく感じたのは、味付けを間違えたからではございません。




 せめて別のところでふ化して立派な鶏になるよう、祈るばかりでございます。




 □ ■ □ ■


 あとがき


 お読みいただき、ありがとうございました。積もる話はたくさんございますので、機会があればまたお目にかかりたく存じます。


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ふ化できないパン屋さんの卵達~スーパーのパン屋さんがひとりごと 風波野ナオ @nao-kazahano

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