この配信、時間が溶けます
あまいこしあん
この配信、時間が溶けます
「いやさ~、聞いてよみんな。さっきね、コーヒー淹れようとしてお湯沸かしたまま、クリスマスの話してたら三十分経ってた」
画面の向こうで、彼女が手を振る。
コメント欄はすでに勢いよく流れていた。
〈草〉
〈それ去年も聞いた〉
〈もう一回クリスマス迎えられるな〉
コメント遅延は相変わらずだ。
五分、ひどい時は十分。
それでも誰も文句を言わない。
今の話題に対する反応が、ずいぶん後になって返ってくるのも、この配信では“味”だった。
「え、今“それ去年も聞いた”って言われた?
え、ほんと? じゃあ来年もするね!」
コメント欄が笑いで埋まる。
今夜の話題はクリスマスだ。
誰と過ごすか、何を食べるか、予定があるかないか。
「ぼくはね、イベントとしてのクリスマスより、
みんなの“それぞれの過ごし方”を聞くのが好きなんだよね」
〈ケーキだけ買う〉
〈チキン難民〉
〈普通に仕事〉
「仕事の人ほんと偉い!
サンタさん、残業代ちゃんと出してあげて!」
そんなやり取りの中に、ひとつ見慣れない名前が流れた。
〈初見です! おすすめに流れてきました〉
「おっ、初見さんいらっしゃい!
この時間まで起きてるってことは、もう仲間だね」
コメント欄がすぐに反応する。
〈逃げろ〉
〈まだ戻れる〉
〈長時間配信へようこそ〉
初見リスナーの名前は「しお」。
〈こんばんは! なんか雰囲気よさそうで来ました〉
「それは正解!
ただし、時間は溶けます!」
〈もう溶け始めてます(笑)〉
コメント欄がざわつく。
〈順応早い〉
〈初見適性高い〉
クリスマスの話題に、しおも自然に混ざってくる。
〈予定ないですけど、この配信あるならOKです〉
「それ最高の予定じゃん!
じゃあ今日のクリスマス会場、ここね!」
〈会場入りしました〉
やり取りは軽快で、明るい。
初見とは思えない馴染み方だった。
配信は三時間を超え、四時間に近づく。
リスナーは入れ替わっているのに、しおはずっといた。
〈え、もうこんな時間!?〉
「でしょ?
言ったじゃん、時間溶けるって」
〈でも楽しいから問題なしです〉
そのコメントが届く頃、彼女はちょうど話をまとめに入っていた。
「そう言ってもらえると嬉しいな。
来てくれてありがとう」
コメント欄があたたかく流れる。
〈初見とは思えない〉
〈もう常連の顔〉
少し間を置いて、しおのコメントが流れた。
〈ちょっと真面目な話してもいいですか〉
〈今日、正直あんまり良くない一日で〉
〈でも、ここ来てめっちゃ元気出ました〉
遅延のあと、彼女は落ち着いた声で返す。
「そっか。
そういう日に、ここ選んでくれてありがとう」
そして、しおは続けた。
〈だからこそなんですけど〉
〈多分、ガチ恋ってやつです(笑)〉
笑いを含んだ文面に、コメント欄も空気を読む。
〈正直でよい〉
〈でも分かる〉
彼女は少し間を取ってから、はっきりと言った。
「……正直に言ってくれて、ありがとう」
「でもね、ぼくはね、
誰か一人の“特別”にはなれないんだ」
コメントは静かに流れる。
「この場所は、
みんなで一緒に過ごす場所だから」
そして、穏やかに続けた。
「ありがとう。
ぼくにとっては……
ぼくのガチ恋は、リスナーのみんなだよ」
コメント欄が一気に溢れる。
〈最高の返し〉
〈ちゃんとしてる〉
〈これが信頼〉
しおの返事が、少しして流れた。
〈ちゃんと伝えてくれてありがとうございます〉
〈振られたけど、嫌な気持ちゼロです〉
〈これからは一リスナーとして楽しみます!〉
「それ、すごく嬉しいよ。
これからも一緒に笑おうね」
〈はい! また来ます!〉
配信終了の画面が映る。
長いクリスマス雑談の夜は、
誰も傷つかず、誰も置いていかず、静かに終わった。
彼女の声は、
今日も誰かの夜を、少しだけ明るくしていた。
この配信、時間が溶けます あまいこしあん @amai_koshian
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